EP 6
100万円のGPS偽装と夜襲
「……数えろ。金貨100枚(100万円)ちょうどあるはずだ」
ドワーフの地下自動車工場での過酷な「夜勤」を終えた翌朝。
顔に煤と油をつけた米海軍SEALs隊長、エリアス・ソーンは、中立地帯の闇市場にあるニャングルのカウンターに、分厚い茶封筒を叩きつけた。
「ひぃぃ……隊長ぉ、そのお金は俺たちの朝飯代じゃ……! スポンジ卵じゃなくて、せめて塩むすびを……!」
後ろで獣人兵士たちが飢えに泣き崩れているが、エリアスは一瞥もくれない。
茶封筒の中身は、部隊50人が徹夜の重労働で稼ぎ出した、血と汗の結晶である。
黄金の算盤をパチパチと弾き、中身を確認したニャングルは、呆れたように目を丸くした。
「エリアスはん……アンタ、ホンマに血も涙もあらへんな。徹夜明けの部下の飯代を全額ブチ込んで、アレを買うんでっか?」
「カロリーなら夜勤の休憩中に『ラムネ』を配った。……俺が買うのは弾でも飯でもない。『情報』だ」
エリアスは氷のような瞳で、ニャングルの背後にある魔導端末を指差した。
「ルール①のオプション【GPS偽装権】を行使する。今日の正午に通知される我が軍の『覇権の旗』の位置情報を、西のEセクター……ポポロ村の緩衝地帯ギリギリの廃村に書き換えろ」
「……毎度あり。ホンマ、えげつない客将やで」
ニャングルはニヤリと笑い、端末の座標を書き換えた。
戦争において、兵士の命より重いのは「情報」だ。
空腹で震える部下たちに、エリアスは冷酷に告げた。
「泣き言は作戦が終わってから聞く。……今日、ルナミスの豚どもを狩るぞ」
正午。ルナミス軍・司令部テント。
『ピロリン♪』
坂上信長の胸ポケットで、魔導通信石が一斉に鳴った。
1日1回、10分間だけ両軍の全端末に通知される『相手の旗の現在位置(GPS)』の知らせだ。
「隊長! 敵の旗が動きました! 現在位置は西のEセクター……ポポロ村の境界線近くの廃村です!」
通信兵の報告に、信長は咥えていたメビウスの煙を細く吐き出した。
「Eセクターじゃと? あんな開けた場所に、あの冷血漢のエリアスが旗を置くか? ……十中八九、罠じゃ」
信長は昨夜の『Mod 40型(酒と焼き鳥)』で英気を養ったおかげで、頭が異様に冴えていた。
「どうしますか? 偽装なら無視しますか?」
「いや、無視はできん。万が一『本物の移動中』じゃったら、千載一遇のチャンスを逃すことになる。……それに、罠なら逆に食い破ってやればええ」
信長は愛刀『夕丸』を腰に差し、89式カスタムを手に取った。
「第1、第2分隊はワシに続け。夜陰に乗じてEセクターを強襲する。……オドレら、気ィ引き締めい! 相手は夜の殺し合い(CQC)のプロじゃぞ!」
深夜0時。西のEセクター・廃村。
月明かりが雲に隠れた漆黒の闇の中、信長率いるルナミス軍レンジャー部隊は、音もなく廃村の指定座標へと接近していた。
暗視スコープ越しに見える廃屋の中に、木箱のようなシルエットがある。
「……隊長、ありました。アレが旗の入ったコンテナです」
「待て、不用意に近づくな。周辺のクリアリングが先――」
信長が制止の指示を出そうとした、その瞬間だった。
シュガッ!!
くぐもった、嫌な破裂音。
サプレッサー(減音器)を装着したM4カービンからの銃弾が、先頭を歩いていたレンジャー隊員のヘルメットを弾き飛ばした。
「アンブッシュ(待ち伏せ)じゃ! 散開しろォッ!!」
信長の怒声と同時に、四方の暗闇から凄まじい十字砲火が浴びせられた。
暗視ゴーグルを無効化する閃光弾が炸裂し、視界が白く染まる。
「……息を止めろ。獲物が罠に掛かったぞ」
廃屋の屋根の上。闇に同化するように伏せていたエリアスは、狙撃銃『TAC-338』のスコープに信長の眉間を捉えていた。
(心拍、毎分40……30……20。風速2メートル。……チェックメイトだ、サカガミ)
エリアスの指が、冷たいトリガーを絞り込む。
だが、その殺気を野生の勘で察知した信長が、常人離れした反応で首を捻った。
ヒュンッ!
放たれた.338口径の凶弾は、信長の耳を掠め、後方の廃屋の壁を粉砕した。
「チィッ……化け物じみた直感だ」
エリアスは即座に次弾を装填する。
「そこかァァッ! 灰色の幽霊!!」
信長が咆哮し、腰の『夕丸』を抜き放ちながら、屋根の上のエリアスに向かって89式をフルオートで掃射した。
激しい銃撃戦と、接近戦(CQC)の怒号が飛び交う。100万円の罠は完璧に機能し、ルナミス軍は完全に包囲網の中にいた。
「押し潰せ! RPG(対戦車擲弾)撃てェッ!!」
勢いづいたレオンハート軍の獣人兵士の一人が、勝利を確信して肩に担いだRPG-7の引き金を引いた。
「馬鹿ッ、やめろ! 射線がズレてる!!」
エリアスの冷ややかな制止は間に合わなかった。
夜勤明けの疲労と空腹で、手元が狂っていた獣人兵士の放ったロケット弾は、信長たちの頭上を大きく飛び越え――そのままポポロ村との『絶対不可侵の境界線』を越えて、暗闇の彼方へと飛んでいった。
数秒後。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
ポポロ村の緩衝地帯にあった、広大な『人参マンドラ畑』のど真ん中で、凄まじい爆発の火柱が上がった。
ピタッ、と。
戦場の時間が、凍りついた。
「「「「あ」」」」
ルナミス軍も、レオンハート軍も、銃を撃つのを忘れて爆発の方向を見た。
パラパラと、空から焦げた人参が降ってくる。
次の瞬間、畑の土の中から、爆発で叩き起こされた何百本もの『人参マンドラ』たちが、鼓膜を突き破るような世にも恐ろしい悲鳴を上げ始めた。
ギャァァァァァァァァァッッ!!!!!
「……おい。誰だ、今の撃ったの」
信長が、顔面を蒼白にして呟いた。
「……うちのバカ(獣人)だ。……終わったな」
エリアスもまた、愛用のZippoライターを取り落とし、絶望的な声で呻いた。
『ポポロ・ウォー』絶対ルール⑤。
【街の施設(民間人の家や畑)を破壊すると、損害賠償が強制天引きされる】。
ズズン……ズズン……!
地響きが鳴る。
悲鳴を上げる人参マンドラ畑の奥から、マッハの速度で放たれる圧倒的な闘気が、両軍のいる廃村に向かって急接近してくるのが見えた。
「あああ……来る……! 村長が来るぞォォッ!!」
精鋭部隊の兵士たちが、銃を投げ捨てて抱き合いながら震え始めた。
戦争どころではない。
ポポロ村の逆鱗に触れた両軍に、等しく「地獄のペナルティ」が下されようとしていた。




