EP 4
死の商人、黄金の猫
グゥゥゥゥ……
硝煙の匂いが漂うレオンハート軍・陣地の塹壕に、誰かの腹の虫が情けなく鳴り響いた。
最前線に身を潜めるSEALsの獣人兵士たちは、憎々しげに敵陣――ルナミス軍の方向を睨みつけている。
風に乗って、出汁と醤油の暴力的なまでに美味そうな「牛丼の匂い」が漂ってきていた。
「……クソッ。敵の奴ら、あの眼帯の『運び屋』から美味そうな温かい飯を買ってやがる……」
「それに比べて俺たちの飯は、なんだコレ。黄色いスポンジじゃねぇか」
獣人兵士の視線の先にあるのは、ルナミス軍から鹵獲・横流しされた安物のMRE(戦闘糧食)――悪名高き『No.4(魔導合成オムレツ)』だった。ゴムのような食感と、魔力切れの味覚を再現した最悪のメニューである。
「文句を言うな。カロリーは足りている」
氷のような声が、兵士たちの泣き言を一刀両断した。
部隊を率いる米海軍SEALs大尉、エリアス・ソーンだ。
彼はスコープから目を離さず、懐から取り出した白いタブレット――『ラムネ』をボリボリと噛み砕いた。極限の狙撃集中によって枯渇した脳のブドウ糖を、即座に補うための彼なりの合理的なレーションだ。
「咀嚼し、嚥下しろ。お前たちはゴースト(肉の機械)だ。飯の味など必要ない」
「は、ハッ……!」
エリアスの冷徹な眼差しに、獣人たちは震え上がり、無言でスポンジ卵を喉に押し込んだ。
(……だが、状況は最悪に近いな)
エリアスはラムネを噛みながら、手元の魔導タブレットの『残高』を睨みつけた。
【レオンハート軍 残高:金貨3,200枚】
開戦からわずか数日で、初期資金1億円(金貨1万枚)の7割近くが消し飛んでいた。
原因は明確だ。
開戦のゴングが鳴った直後、エリアスは中立の闇市場に走り、ポポロ村の財務担当である商人・ニャングルの元へ向かった。
そこで彼は、敵の指揮官を確実に仕留めるため、初期資金の半分以上を叩きつけて超精密狙撃銃『McMillan TAC-338 “Wraith” Custom』と、近接用の『ストライダー・ナイフ』を買い叩いたのだ。
だが、あの黄金の猫耳商人の恐ろしさは、そこからだった。
『まいど! ……おや、今日は5.56ミリ弾と手榴弾のお買い上げでっか? ほな、1箱につき金貨10枚になりまっせ』
『……昨日の3倍の値段だな。どういうつもりだ』
『いやぁ、戦争特需っちゅうやつですわ! 昨日はルナミスはんがぎょうさん撃ちよったから、弾の在庫がカツカツでしてな。需要と供給のバランス……価格変動は経済の基本ですやろ?』
ニャングルは黄金の算盤を弾き、コテコテの関西弁で笑いながら、法外な値段をふっかけてきた。
撃てば撃つほど弾の値段が上がり、腹が減るほど食料の値段が上がる。
本国からの支援はゼロ。これが、ガオガオンの保証する『ポポロ・ウォー』の絶対ルールだ。
(あの黄金の吸血鬼め。戦争の長期化こそが奴の最大の利益……俺たちを借金漬けにして泥沼化させる気か)
だからこそ、エリアスは食費を極限まで削り、最も安い『No.4』のオムレツで部隊の胃袋を誤魔化しているのだ。浮いた資金は、夜襲のための対人地雷や、100万円かかる『GPS偽装』の費用に回さなければならない。
(……それに、いざとなれば俺には『最後の切り札』がある)
エリアスは微かに身をよじり、尻の谷間(パンツの中)に挟まっている冷たい鋼鉄の感触を確かめた。
『初期装備(M4と手榴弾)以外は持ち込み禁止』というルチアナの絶対ルールに対し、エリアスは祖父の代から受け継いできた愛銃『コルト・ガバメント M1911』を、己の強靭な括約筋で挟み込み、見事持ち物検査をすり抜けていた。
絶対にバレてはいけない反則アイテムだが、万が一資金が完全に尽き、弾薬が買えなくなった時の彼個人の命綱である。
「……隊長。通信傍受班から報告です」
部下が、気まずそうに声をかけてきた。
「敵陣のルナミス軍ですが……あの牛丼を食い過ぎて、向こうも資金が完全に底を突いた模様です。先ほど、敵将のサカガミが『オドレら牛丼食い過ぎじゃアホォ! 明日撃つ弾が買えんわ!』と絶叫している通信を傍受しました」
「……は?」
エリアスの冷徹な思考が、一瞬だけ停止した。
「牛丼で……破産寸前だと?」
「はい。1杯1000円の特盛を、部隊全員で1日2回も頼んでいたそうで……」
エリアスはこめかみを押さえた。
俺がこれほどまでに食費を削り、理不尽な商人と駆け引きをし、ラムネとスポンジ卵で飢えを凌ぎ、挙句の果てには尻にガバメントまで隠して必死に資金繰りをしているというのに。
敵は、美味しい牛丼をドカ食いして自滅しかけているのだ。
あまりのバカバカしさに、エリアスの殺意が別の方向へと向かいかけた。
「……サカガミ。武士道だなんだと吠える割には、随分と弛んだ部隊管理をしているようだな。だが、これは好機だ」
エリアスは立ち上がり、黒タバコ『ゴロワーズ』を口に咥えてZippoを鳴らした。
「敵は弾が買えない。ならば、ここで一気に押し潰す。総員、武器を取――」
『あー、あー。両軍の諸君、聞こえるかー?』
突然、全隊員の魔導通信石から、間の抜けた中二病チックな声――あの『運び屋』良樹の声が響き渡った。
『我は深淵の配達人。……えーと、物価高騰と戦場の危険手当のため、明日から牛丼と配送料を【時給換算で1.5倍】に値上げするッス! 払えない陣営には、弾も弁当も配達しないんで、そこんとこ夜露死苦! ククク……!』
「…………」
エリアスの口から、火のついていないゴロワーズがポトリと落ちた。
ストライキ(価格交渉)の宣告である。
死の商人・ニャングルに続き、物流を握る最強の運び屋までが牙を剥いてきたのだ。
「……隊長。うちの残高、明日からの配送料を払ったら、もう弾が買えません……」
部下の絶望的な声に、エリアスは深く、深く深呼吸をした。
「……銃を置け」
「え?」
「一時休戦だ。非番の者を50人集めろ。隣町のドワーフの地下自動車工場へ向かう。……日雇いの夜勤バイトで、資金を稼ぐぞ」
冷徹なる米海軍SEALs隊長は、ついに戦場に背を向け、時給1000円のタイムカードを押す決意を固めたのだった。




