第37話「失ったもの、託されたもの」:A4
間もなくして、イナとチカは夜を迎えた。
そもそもが朝に帰還し、そこからイナが起きたのは昼過ぎだ。
チカ曰く、一晩くらい落ち着かせてから、シャウティアの修復作業に取り掛かった方がいいと、ミュウも言っていたらしいのだが。
いざそれを控えるとなると、そればかりがイナの頭の中を占めてしまい、食事すらまともに取れなくなってしまっていた。
これは、先延ばしにするべきではない。お互いにそう判断を下し、彼らは今再び格納庫に戻ってきていた。
背部に大型の推進器を備えたエイグなどいないから、改修作業を終えた仮固定の状態のまま、無残な姿のシャウティアと再び対峙する。
現在は修復作業のため、シンフォニアは取り外されているようだ。
おまけに装甲の全てが外され、真っ黒なインナーボディが露になっている。
インナーボディには自己修復機能があるらしく、既に修復が済んでいるようだが、あまりに人間的なフォルムをしているせいで、不気味にも思えてしまう。
というか、全身黒タイツの巨人だ。
解剖したら生物的な肉が見えるのではないかと思ってしまう。
「……ほんとに、できるんだよな?」
そんな異質なものを前に、イナは自信なさげに隣のチカに問う。
これからやることの核はイナなのに、なんとも頼りないことだ。
チカはそんなイナの心情も想定内というように、安心させるような笑みを浮かべた。
「大丈夫。エイグに乗ってる時に武器を作るのとそんなに変わらないみたいだから」
「それをどうやってるかちゃんと説明できないのが不安なんだけど……」
ハッキリ言って戦闘時は夢中で、あれこれ考えて武器を実体化させているわけではない。
というか、AIが大部分を補助しているものという認識だ。
「それと同じだよ。シャウティアも手伝ってくれるから」
「……でも俺、自分の姿を想像してって言われても自信ないんだけど」
「少しくらい曖昧でいいよ。失敗も何もないんだから」
「でもなあ……」
咄嗟にチカを抱きしめていた男と同じとは思えないほどの弱気ぶりだ。
チカも苦笑を漏らすほどだ。
「おじさまのこと、思い出してみて」
チカに手を取られると、脳裏に一瞬、ざらつくような電流が流れる。
そのあたりを探るようにすると――イナが元の世界から離別する前に読んだ、父の手紙が思い起こされた。
(失敗に、負けないように……)
「おじさまは、失敗を恐れるななんて言ってないんじゃないかな。失敗して、次の失敗を嫌って動かないままでいないようにって、言いたかったんじゃない?」
チカがシャウティアを見上げたのに合わせて、イナも同じくする。
今まで落ち着いてこれまでのことを整理する余裕もなく、気づくのが遅れてしまった。
確かにそうだ。
それに、装甲を作るのに失敗したとて、その場でシャウティアが破壊されるわけではない。
「それより、せっかく作り直すんだから、カッコよく作ろうって考えてみたら?」
「カッコよく……か」
俗らしく言わば、強化イベント。
性能の変化をもたらすのはシンフォニアの方であろうから、新しい装甲が大差を生むことはないだろうが。
それを象徴する意味でも、前とは違う――強く見えるようにすべきだ。
一対の角をつける?
胸に獣の顔?
各部を鋭利に?
ドリルでもつけるか?
分離して遠隔操作の子機に?
好きなフィクションの兵器を思い浮かべては、それは少し趣に欠けると思い至る。
どうあってもシャウティアは借りものの力だが、少なくともこれだけ付き合ってきた以上、今はイナとチカの物だ。
なるべく大部分は変えず、シャウティアらしく。
そうすべきだと、イナは結論付けた。
「決まった?」
「……なんとなく」
自然とつないだままになっていた手を握り直し、シャウティアに向き直る。
この角度で愛機を見上げたのは一度や二度ではない。
その機体と一体化して戦ったのも、同様に。
「思い浮かべて、一緒に叫んで。その一瞬のイメージを形にするよ。タイミングは任せるから」
「……わかった」
形を作るだけ。そこにシャウティアを再臨させるだけ。
難しいことはないはずだ。
自己暗示を重ねて、深呼吸する。
そして、その姿を思い浮かべ――叫んだ。
「「シャウトぉぉぉぉ――――――――――ッ!!!!」」
密閉された格納庫の中に、少年少女の絶叫がこだまする。
それに気を取られてか、格納庫内にいた人々の手や口が止まったせいで、時間が止まったかのように静まる。
むろん、実際に止まったわけではなく、現に実体化は発生し始めた。
無数の光がシャウティアの全身を包み、曖昧な形が鋭利な輪郭を得ていく。
叫び終えて酸素を補給しつつ、イナはその様子を見守る。
輪郭がはっきりすると、今度は質感と、色を伴う。
少しずつ出力されていく様子は、プリンターのそれに似ていた。
時間をかけて完成に近づき、AIやチカの補助がうまくいっているのか、歪な部分はみられない。
全身各部にわずかに仕込んだ追加のディティールは、思ったとおりに以前までとの違いを表している。
そうして――赤と白を基調とした絶響のエイグは、再誕を果たした。
成功したという実感はなかった。
それでも、シャウティアが再び自分の前に現れたという事実に、イナは言いようのない興奮を覚えていた。
「できたね」
「……ああ!」
チカへの返事も、上ずっている自覚があった。
しかしやむないことだ。
新しい姿を得たという視覚的な情報だけでも、もう戦えないかもしれないという不安が破られ、希望が現実味を帯びてきている。
そして、既にシャウティアから異常がないことを伝えられている。
早く戦いたい。今まで後手に回るばかりだった相手を圧倒したい。
ここに来て間もなく、シエラがイナの印象として『戦いたがっている』と言っていたのはこういう意味ではないだろう。
今までに溜まっていたフラストレーションのせいでもありそうだ。
「ねえ、イナ」
子供のようにはしゃいでいるイナを諫めるように、チカはつないでいた手を引いて視線を自分に向けさせた。
「な……なんだ?」
「シャウティアには、私も乗る」
「なッ」
何を馬鹿な、と思ったが、彼女の目は真剣だった。
イナを落ち着かせるための嘘でもないようだ。
だが効果はあるようで、現にイナは焦りを取り戻しつつあった。
「……どうして」
「シンフォニアを使うのって、意識してないけど結構大変なんだって。シャウティアと合わせて、もっと複雑になるかもしれない」
「そんなの、どうにか――」
そこまで言って、彼女が言いたいのはそんなことではないと悟る。
イナが心配なのだ。
イナに置いて行かれたくないのだ。
それでもイナは、万が一の事を想えばやはり、そうしない道を選びたい。
大事な存在だと気付いたからこそ、余計に。
ただ、これに関しても同じだ。
何もかも。
ならば、落としどころはどこだ。
お互いが納得できる結論は。
悩むイナの頭は硬い。
すぐさま答えを出せない彼の耳元で――不意に、囁かれた。
『男を見せな、ボウズ』
突然のことで驚き、振り返る。
そこには既に何もいない。
しかし冷静になってみれば、その正体は探るまでもなかった。
そのことが妙に可笑しくなり、無駄な力が抜ける。
(……楽しんでるだろ、あの人?)
虚空に、面白がっている彼の笑顔が目に見える。
ともあれ、問題は。
それをどう伝えるべきか。
チカに向き直れば、先ほどのことが伝わっているのか、彼女の表情もいくらか柔らかくなっていた。
だがそれで解決したわけではない。
(『お前も守る』? ……いや、チカだって守りたいんだろうし)
ヒントを得て方向性は分かってきた。だがこれという言葉が浮かばない。
とはいえいつまでも黙ったままではいけない。
まったく形も決まっていないまま、イナは意を決した。
「……チカ!」
「うん」
呼びかけてなお、頭の中にはっきりとした言葉はない。
それでも直感を信じて、目を閉じながら口に出す。
「だったら、俺と一緒に――死んでくれ!」
上手く言った、という謎の自信が湧いてくる。
共に戦い、万が一死ぬ際には片方を残すことを良しとしない。
そして、そうならないように全力を尽くす。
端的に現したと思った。
そんな気分は一瞬だった。
チカの反応がない。
恐る恐る目を開けてみると、彼女は――呆けていた。
あまりに予想外で引いたのか?
一転してイナを不安が覆い始める。
チカの視線も一転に定まる様子がない。
このトンチキな発言をどうポジティブに捉えるべきかと――いや。
イナの意図が読めるはずであるから、捉え方を工夫する必要はない。
ならば別の要因が彼女を不安定にさせている。
それが何かを図ろうとして、補足することを忘れていたイナは。
突如動きを止め俯いた彼女の肩を抱く。
足に力は入っているようなので、気を失ったわけではなさそうだが。
不安が募っていくばかりのイナを、ふいにチカは微笑と共に見上げた。
安心したのも束の間。
チカの青い瞳は、何かに呑まれたように濁っていた。
この不気味さには覚えがあった。
本能だけになったチカの暴走。
確か、心の底で彼女は――イナと心中しようとしていた。
それを思い出した瞬間、背筋に冷たいものが走る。
理性で抑えるに至ったとはいえ、人の根底がそう簡単に変わるはずがない。
まずったのでは?
「……大丈夫、だよ」
わずかに震えた声で、チカは呟く。
どうにか理性で押さえているといった風だ。
イナのような思春期少年にわかりやすく解釈させるなら、セクシーな女性が一糸まとわぬ姿で迫ってきて、こちらの身体に触れ、思わせぶりな言葉を重ねているようなもの。
この場で襲われないのが不思議なくらいだ。
「でも、取り消しはダメだからね」
息が荒いのは、興奮しているからか、それとも抑え込もうと苦慮しているだけか、判別できない。
いずれにせよ。
イナも冗談で言ったつもりはなかった。
チカが死んでしまったとき、自分も死なねばならないのは正直、少し怖いが。
「…………はい」
弱弱しく、イナは頷いた。
そうならないように、戦い抜けばいい。
要するに、知らないところで死ぬなというだけの事。
なのに、異様なまでのプレッシャーを向けられている。
「じゃあ、これからは私も一緒だよ」
もっと緊迫するべき場面のはずなのに、別の意味で緊張が走っている。
覚悟を決めているのに違いはないだろうが。
辛うじて理性の残るチカを信じて、イナも腹を括る。
少なくともいきなり命を狙ってはこないはずだ。
架空のような劇的な展開でないことにどこか落胆する自分がいる。
その一方で、不思議と負けるビジョンが全く見えない。
これからの門出を飾るべく――二人は、シオンとの決戦に臨む。




