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絶響機動シャウティア-Over the Universe- 【A】  作者: 七々八夕
V《差し伸べられた》その手
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第37話「失ったもの、託されたもの」:A2

 PLACE日本支部、格納庫。

 未知の巨大兵器を撃破したとあって、帰還したエイグ部隊を中心に沸き立っているようだった。

 その時のことを知らない上、黒龍の出現にそれを妨害するべく自立稼働したシャウティア――この場の雰囲気とのズレによる居心地の悪さで隅に座り込んでいたわけだが、それでも彼はここで愛機を迎えなければならなかった。


 ひとまず、あれを動かしていたのはチカではないらしい。帰還して落ち着いたのち、彼女の所在を確認している。

 現実味のある可能性ではなかったとはいえ、解消できたのは大きかった。


 矢先、先だって現れたのはイアルだった。

 屈むようにしてイナを覗き込むと、彼女は一瞬、気まずそうに目を逸らした。


「……帰還中、あなたのエイグからの救援信号を受け、回収しました」


 その言葉に安心と共に嬉しくなるが、すぐに疑問が湧く。

 救援信号を出す必要があったというのか?

 自立稼働で無理をしたという可能性もあるが。

 その答えを示すかのように、格納庫の上部――地上から、ソレは運び込まれてきた。


「な……ッ」


 イナは目を疑い、言葉を失った。

 愛機がかつてない程ボロボロになっていた、そんな言葉では足りない。


 左腕を失い、右腕を半分無くし、小さな翼のような推進器は折れてしまっていた。

 装甲の端々が焦げ、噛み砕かれたように割れ、黒いインナーボディが露になり、原形をとどめているのがやっとという風に見える。


(動……く、のか? あれで……)


 背筋に冷たい不快感が侵食してくる。

 あの見た目ではかなり絶望的だ。

 稼働ができたとして、今まで通りに戦闘できるとは、思えない。


 戦えなくなる。

 自分の価値が、役割が無くなる。ただの子供に。

 負ける?

 せっかくアヴィナが勝ったばかりなのに。


 そこでふと、イナは思い出す。

 この戦いにおいて、戦いから離れたくなるような大きな挫折を、自分は味わったことがなかったと。

 親しい誰かを失ったわけでもない。世界に挑むための力を失ったわけでもない。

 それらを乗り越えて新たな力を得る物語を見て、好んできた。

 だが、いざその状況に自分が陥った時。

 暗闇に放り出されたような虚無感が、自分を包み込んでいくのが確かめられた。


(俺が、アヴィナを助けたから?) 


 そんなわけがあるか、と怒鳴るものはいない。

 しかも、その考えが正しさの一面を見せてきている。

 せっかく、イナの調子を取り戻す成功体験になりうるはずだったのに。

 韓国支部で手を差し伸べられなかった怨嗟の声に対して、僅かにでも贖罪できたと思ったのに。


「緊急で問い合わせてはみたものの、胴と頭部が無事ならば改修は可能とのことで……」


 彼女自身も納得はできていないらしい。

 イナも同様だ。

 焦って試してみたが――辛うじて通信はできる。完全に機能を停止したわけではないようだが。


(シャウティアッ!)

《……大丈夫だよ。イナは心配性だなあ》


 やはり、何かおかしい。

 AIが発生させているだけのはずの声が、どうしてこうも人間臭く聞こえるのか。


《すぐに作業が始まるから、少し待ってて》

(でも、そんな身体で!)

《……後のことは、『私』に聞いて》


 そう言ってシャウティアに通信を切られると、近づいてくる足音があることに気付いた。

 顔を見て確認する必要はない。

 チカが、此方に向かってきていた。


「……私は報告に向かいます。お疲れさまでした」


 入り込む余地がなくなると思ってか、イアルは軽く会釈をしてこの場を去っていく。

 残されたチカが何を語るのかと身構えていたところ、ふと前髪の間から彼女の瞳が覗いた。

 その時分かった。やはり顔を確かめる必要があった。

 人の表情を見慣れていないイナでもわかる。

 チカの目の周りは、赤く泣き腫らしていた。


「チカ……?」

「ごめん、頑張ってきたのに、迎えてあげられなくて」

「そんなの、いいんだよ」


 彼女を安心させるにはとても足りないほど、イナの声は震えていた。

 それよりも、その表情の理由を問いたかった。

 しかし、答えを得ても何もできないかもしれない、そもそも拒まれるかもしれない。

 そんな不安が今になってもよぎり、言葉にできない。


「それより、その……えっと」

「シャウティアなら大丈夫。作業が終わったらちゃんと教えるから」

「……そっか」


 相変わらず具体的なことを語ってはくれないが、それが今もっとも重要なことではないから、簡潔に済ませているだけなのだろう。

 少しずつ彼女の意図も分かるようになってきた気がする。

 であれば、それよりも語らねばならない何か、とは?


「……そうだよね、こんな顔してたら気になっちゃうよね。でも、イナは耐えられないかもしれない」


 表情に迷いが滲んでいるのがよくわかる。

 しかし、それを口にしたということは、もう戻れない。

 意を決した様子のチカは、おずおずと手を出した。

 それの意図するところは分からない。だが、握り返してほしいのだろうということは、辛うじて理解できた。

 イナもチカの緊張がうつったように震えた手で、ようやく応えた。

 自分よりも小さくしなやかな白い肌の手。

 イナには伝わっていない何かを抱え続けるには、あまりにも。


「でも、イナは知らなきゃいけないんだと思う」


 思う――その言葉が妙に引っかかった。

 大したことを知らないとはこれまで語っていたし、イナに知らせないことで不幸にさせない、とも。

 これまで、ある程度は判断の基準があったのだろうが、今から伝えることはそれに拠らない、チカ個人の判断ということになる。

 弱く手を引かれ歩き始めた先は、専用ハンガーで新装備――例の蒼い推進器・シンフォニアの装着を待つシャウティアの下だった。

 エイグの胸の高さに合わせられた通路から見下ろしてみれば、ヘルメットを着けたミュウが各所に指示を出しているのが見えた。


「あれをシャウティアにつけたらね、もっと速く動けるんだって」

「……そう、なのか」

「みんなが絶響現象って言ってるのは、時流速っていうのを操作してるみたいで。シンフォニアはその限界を引き上げる……とはちょっと違うみたいだけど。そんな感じみたい」


 自分がやってきたことであるし、理屈はさっぱりだが実感はある。

 それが本題でないとどこかで分かっており、話があまり入ってこないというのもあるが。


「壊れてるところは、ヒュレプレイヤーの力でなんとかできるんだって。すごいよね」


 ――本筋に入ろうとしていない。

 しかし、それを責めることはできなかった。

 彼女も早く語りたいのだろうが、それをためらわせる何かが、ある。

 とはいえ、彼女も限界だと感じたのだろう。

 少しだけ調子を整えるように深く呼吸すると、改めてシャウティアの頭部を見上げた。

 イナもそれにならう。


 他の部位とまではいかずとも傷を負った愛機の瞳には、依然として光が宿っている。

 生きている、ということなのだろうが。

 疑似人格AIとしての、チカの顔が浮かぶ。

 彼女は今何を感じているのだろうか?

 AIゆえに、本当は感情も何もないのかもしれない。

 それでも、チカが苦しんでいるというのならば、それはいま手を握っているチカと同一でなくとも、気分の良いものではない。


「イナ」

「……なんだ?」


 少しだけ、チカの手に力が込められた気がした。

 いくばくか汗ばんでいる気もする。


「シャウティアの中にはね、私がいるの」

「…………?」


 その言葉の意味がすぐに理解できず、眉根を寄せて愛機を見上げ直す。

 ちょうど、元あった推進器が取り外され、シンフォニアが接続されるところだった。

 リュックを背負うような形で、固定具が脇のあたりを回っている。


「AIって、ことじゃないのか」


 チカは静かに首を振った。


「別の世界の私の意識が、シャウティアに乗ってるの」

「……別の、世界?」


 それは、並行世界の事を指すのだろう。

 少なくとも、イナがこれまで伊奈として過ごしてきた世界とはまた違う場所らしい。

 そこからさらに分岐した世界、ということか。


「……その世界の私は、イナを導けなくて、ファイド・クラウドに負けちゃったんだって。けど、シャウティアを作った人は、今度は間違えないためにって、意識だけシャウティアに乗せたんだって」


 過程は、よく、わからない。

 けれど、イナの頭でも理解できることが一つ。


 今までチカを模した疑似人格AIだと思って接していたのは、チカ本人だった。


 そこまでは、百歩譲ってどうにか受け入れられた。

 問題は、それだけでは話が終わりそうにないこと。


「イナを導いて、私にアドバイスをして。……役割はそれだけじゃないの」


 嫌な予感がした。

 あのシンフォニアは、装着してはいけないのではないか?

 根拠のない不安の芽が顔を出していた。

 しかしチカは、静観しろと言うように手に力を籠める。


「別の世界のイナが負けたのは、あのシンフォニアに罠が仕掛けられていたから。それは、ファイド・クラウドの意識のパスを与えてしまう――要するに、考えていることがどこからでも筒抜けになっちゃったみたいで」

「……それで、負けた」


 であればやはりまずいのではないか。

 そう思うものの、分かったうえでやっていることであれば、対抗策なりを講じてあるのだろうが。

 それは、何だ?


「だから、あそこにいる私は、その罠を自分ごと封印しようとしてるの。既に私の中にあったものも、一緒に」


 実態はわからない。

 だがそれは、死と何が違うのか?

 既にシンフォニアはシャウティアへ接続されている。

 ならば、あそこにいるチカはあとどれほど残っている?


 居ても立ってもいられず、イナは再びシャウティアと通信しようとする。

 しかし、何か見えない壁に阻まれるようにして、失敗した。


「どうして……」

「……イナは、絶対に失っちゃいけないの。私もチカだから、わかる。大好きなイナに傷ついてほしくないから」

「だからって! お前が消えるのを黙って見てろって!?」

「私だって、イナが死ぬところなんて見たくないの!」


 互いに向き合って怒鳴り合う。

 自分の気持ちを身振り手振りで補足しようとして、今にも手が離れてしまいそうなほどに緩んでいる。

 しかし、それを自覚し、相手の事を想えば、どちらからでもなく握り直していた。

 互いに互いが好きなのだとわかった。

 本当はそれを確かめるための時間だった筈なのに。


「……やっぱり、イナならそう言うよね」

「……チカ?」


 少しだけ、チカの調子が変わった気がした。

 ただ落ち着いたというのには、人が変わりすぎている気がしたのだ。


「でも、あの私はね、本当は存在してないの。形もないような世界から、無理矢理形を貰って、ここにいたの」

「それって、どういう」

「別の世界って言うのは、想像の話でしかなくて。起こりえない、不可能の世界から『私』は来てる。元々存在なんかしてないんだよ」

「……だから、見捨てていいってことには――!」


 チカの妙な違和感も、唐突な高次元の話も今はいい。

 どんな理屈を並べられようと、納得しがたい。

 シャウティアのあ中にいるという『チカ』が消えることを受け入れるしかないこの現状を、受け入れたくない。


 一方で、改修作業を止めようとすることを、チカは望んでいないだろう。

 むろんチカとて、別の世界の住人であろうが、自分が消えるなんていうことに気分良く居るはずがないのは想像がつく。


(だけど――)

「――ありがとう、イナ。そんなに想ってくれて、私、嬉しい」


 不意に視線を向けてきたチカの言葉に、直感が囁いた。

 違う。

 今喋っているのは、シャウティアにいるチカだ。

 理屈はともかく、同じ存在を通してか、代弁させている。


 ただ、実体はチカの中にないらしい。

 シャウティアの頭部。脳に当たるであろう部分の辺りから、発信を感じる。


「私は、ただの情報だった。身体があって、生きてたっていう記憶があるだけ。私がそこにいたっていう証拠は、どこにもないの。それでも、こうしてシャウティアに入って、本物の私が来るまで、大好きなイナの傍で支えることができて――夢みたいだった」

「チカ…………」

「でもね、やっぱり違う。あなたは私の知ってるイナじゃないの。それに、同じ存在は同じ世界には一緒にいられない。BeAGシステムのおかげで、なんとか誤魔化してるだけなんだ」


 繋いでいない方のチカの手が、自分の胸に。

 次いで、イナの胸に触れる。

 最近はさして気にならなくなってきたが、未だに傷跡の輪郭にはわずかな凹凸がある。


 チカはそれに愛おしそうに触れて、目を伏せた。


「この傷は、私にも、私の知るイナにもない。この世界も、知ってるものと同じようで、違う。ずっと、寂しかった」

「それなら、俺が……」


 チカはかぶりを振った。


「イナは、この私を愛して。私は、シャウティアだから」


 駄目だ。

 言葉でどうにかできる様子はない。

 とは言え下手に介入すれば、ファイドへの勝ち筋が失われる。

 消えることを望んでいたアヴィナを助けたばかりなのに。


「大丈夫だよ、本当に跡形もなく消えるわけじゃないから。ずっと、シャウティアの中から、イナのことを見守ってる。イナがシャウティアをことを大事に思ってくれる限り、私の存在はここに楔を残してる」

「でも、お前を諦めなきゃいけないんだろ!」

「人だって、助けてもいつか必ず死んじゃうよ。私が孤独でおかしくなっちゃう前に、イナの役に立って眠ることができるなら、そうしたいと思ったの」


 受け入れがたい。どうにかして別の道を見つけたい。

 しかしこの改修を経ずして、シオンやファイドを倒す算段をつけられる自信はない。

 その上、シャウティアのチカは苦しんでいるとまで来た。


 一瞬、その場凌ぎの嘘かとも思ったが――妙に納得できてしまう部分があった。

 囚われたチカを救い出したあたりから、シャウティアは口数を減らしていた。

 本来のチカが現れたことで、AIとの会話で混乱させないようにとは言っていたが、その実。

 自分がこのイナにとっては偽物でしかないと、どうしようもなく認めてしまったのだろう。

 そして、今までの間に、イナはそれを払拭させることはできなかった。

 知らなかったから仕方がなかったとはいえ、察するに余りある。


「……もう、そろそろ、みたい」


 チカの瞳に溢れた涙が、頬を伝う。

 予兆もない、こんな突然の別れに、何も用意できていない。

 結局見ているだけだった。

 せめて、せめて何か残せないものか。


「十分だよ。イナに大事にしてもらえたっていうだけで、いつまでだって夢を見ていられる」

「……そんな」

「ありがとう、イナ。その優しさを忘れないでいて。失敗したっていい。それに負けずに立ち向かえる人でいて」


 これで最後というように、握り合う手に力が込められた。

 そして、それはふっと風にさらわれるように、緩んだ。




「あとは、お願い」




 ――何かが、消えた感触がした。

 身を包んでいた外套のようなものが消え、温度と共に、自分を守るもの、あるいは重しになっていたものが。

 あのチカが消えた、という根拠のない感覚があった。

 どれだけ気を張ってみても、あのシャウティアから確かなチカは感じられなかった。


『接続は完了したわ! そっちは異常ないかしら!?』


 下の方から、ミュウが拡声器でこちらに呼びかけている。

 どうにか返事をしたかったが、いろいろなことを受け止めるのに精一杯でどうにもならない。

 隣にいるチカも、言葉にできない喪失感に声を失っていた。


(こんなことをしてまで、俺に何をさせようって言うんだ)


 iaであろう上位の存在を恨みたくもなったが、それよりも悲しさと理解できないという感情が勝る。

 イナが不甲斐ないから、こんな手段を取る必要があったのかもしれない。

 だが、それなら元々素質のある人間を使えばよかっただけの話だ。

 あのチカもそうだったというが、何故。


(なんで、俺なんだ)


 苦難を与えられるのが。

 失うのが。

 痛むのが。


 通信を要請しても、機械的な――本来のAIの応答しかない。

 シャウティアは、ただの兵器になってしまった。

 憂慮するような異常は発生していないようだが。


 呆然とするイナの手を握ったまま、ふいにチカはしゃがみ、ミュウに向かってOKのハンドサインを出していた。

 チカだって、他に気を遣っている余裕はないはずなのに。

 仮にも、自分が消えたのに。


 消えてほしくないと思った自分が、余計に混乱させたのか。

 そんな迷いすら生まれる。


「……イナ」


 立ち上がったチカが、再び泣き腫らした瞳を向けてくる。

 あのチカが消えることを先に伝えられていたから、それを伝えられない悲しみを背負っていたのだろうと思うと、責めることなどできない。

 むしろ、なるべくそれを避ける方法はないか検討していたはずだ。

 その上で、こうなったのなら。


 イナが一人で腐っている場合では、ないのでは?


 怖い。

 拒まれたら、失望させたら。

 この判断が間違いだったら。

 チカがそれを望んでいなかったら。


 それでも。

 心の中で短く唱え――




 ――チカの身体を、抱き締めた。


「あ……」


 握り合っていた手を放し、恐る恐る、背中と頭に添える。

 柔らかい。細い。力の入れ方を間違えれば、簡単に崩れてしまいそうなほど。

 それは単に身体だけではなく、心ですら。


 これで合っているのか、自分からやるのは初めてでよくわかっていない。

 だが、ゆっくりとチカの方からも、背中に手を回して抱き返してきてくれた。

 言葉はなかった。それでも、この時は互いに、不可思議な能力に頼らずとも思いを共有できていたように思う。

 

 失うことを避けられなかったのなら、せめて、それが無駄にならないように。


 二人の進展を確かめ、満足したように。

 シャウティアの瞳から、瞼を閉じるように光が消えた。





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