第37話「失ったもの、託されたもの」:A1
目覚めたアヴィナを最初に迎えたのは、全身の痛みだった。
何もしなくても強張り、打撲が腫れ、ちょっとした動きですら擦り傷に障りうざったいことこの上ない。
ただ、それが教えてくれた。
自分がまだ生きていることを。
(……日本支部の、医務室?)
カーテンに仕切られたベッドの上で寝ている。
普段利用することがないのでわからなかったが、たぶん合っている筈だ。
というのも、自分が今どこにいるのかを確かめる術がなくなっている。
契約していたエイグとの接続がなくなり、そこから得られていた機能がやはり、消えてしまっていた。
自分の感覚と記憶を頼りに生きていくしかなくなったらしい。
その難しさの程は今すぐには分からないが、ともあれ。
(イーくんが連れて帰って来たんだ)
本当に何事もなかったのか、どこにもアクセスすることができないので確認もできない。
誰かに尋ねることができたとして、依然としてテュポーンズの混乱のさなかにあるはずだ。ケガ人は静かにしておいた方がいい。
試しにAGアーマーの展開を念じてはみるものの――力んだ身体が痛むだけで、何事も起きる気配はなかった。
(……なんにも、なくなっちゃった)
諦念を自覚し脱力する。
エイグのことはわからないが、エイグ乗りにとって多少の傷は無いも同然だった。
こうした部分からも、自分がその力を失ったのだと認めざるを得ない。
痛みを耐えながら寝返りを打つと、カーテンの外にいた誰かが中を覗き込んできた。
親しい誰かを期待して、しかし誰と顔を合わせても気まずい気がした。
そう思い、痛みを言い訳にして確かめずにいると。
「気分はどうだい?」
聞こえてきたのは、あまり聞いたことのなかった声。
しかし知っていた。
この医務室を任されている――ツルギだったか?
「……あんまし、です」
「何度も宙に放り出されて、爆発の余波も受けて、抱えられて高速飛行。子供の体でどこも折れてないのが不思議なくらいさ」
言われて、当時の事を思い出す。
結局、あのシアスを動かしていたのがAIだったのか、幽霊として憑りついたアルフレッド本人だったのか。
どちらも非現実すぎて深く考えるのも馬鹿馬鹿しくなるが、彼と話すチャンスはもうなくなってしまった。
そして、本来の『シアス』――ブリルグのことも、詳しく知ることはできないままだった。
あの研究所に行けばその一端に触れることはできるかもしれないが、進んで見たいようなものではない。
謎は残るが、無理に明かすようなものではないと、アヴィナは自分の中で片付けた。
「……イーくんは、どうなったんですか」
窓側のカーテンを開放し、新鮮な風を送り込もうとするツルギに小さく問う。
すると、彼の手が一瞬だけ止まったのを、アヴィナは見逃さなかった。
「彼自身は無事だけど、大変そうだよ。君を医療班に任せて格納庫に残っていると聞いた」
実際そうなのだろう。しかし、それ以上に何か苦難が降りかかっているように視えた。
自分も何か手伝えれば。そんな考えがよぎるものの、エイグとの契約が残っていようとできることはない。
自分はこの戦場において、本当に無力なのだから。
イナも、こんなものを救うべきではなかった。
「おおかた、わざわざ自分を助ける必要はなかったとか考えてるんだろう」
なんでわかる、と聞くことはしなかった。
此方の顔色を見たわけでもなく推測交じりではあるが、彼の見立ては間違いではない。
そして、この沈黙自体が既に肯定を示しているようなものだった。
「まあ、その是非も自分の中で議論してるんだろうし、長々と説教したいわけでもないけども……彼は何がどうあれ、君を失いたくなかった。それだけの価値が君にあると思われていたことは、胸に留めておいた方がいいかもしれない」
それは、どこかでわかっている。
終わりを阻止したのを恨みたい気持ちと、彼の気持ちを無碍にしたくないという気持ちが反発しながら混ぜ合わされ、胸が苦しくなる。
――苦しさを忘れるまで遊んでやる! 一緒に飯を食ってやる! 今までもこれからも、ずっと苦しいわけじゃねえはずだろ! お前の明るさに俺だって救われたんだ!
(……じゃあ、ちゃんと、無事に帰ってきてよ)
希望を見せたのなら、その責任を取るべきだ。
というのは建前で。
イナと同様に、自分もイナを失いたくないのだ。
なのに、自分の方があなたを大事にしたいと思うあまり。自分は蔑ろにしてもいいと無意識に思っているせいで。
齟齬が生まれ、歪みが大きくなる。
なら、それを解消するものはなんだ?
相手の思考を想像するのもいいが、やはり限界はある。
……相手と同じ立場になることで、その意中を図るしかないのかもしれない。




