11 さようなら、セレスティーナ
「おはよう、エヴァ、今朝は背中も腰も痛いわ、なぜかしらね。エヴァ?」
私は背中が痛くて目が覚めた。
そして侍女のエヴァを呼んで思い出した。
ここは修道院だったわ。
もう侯爵令嬢ではない。
無事に逃げ切ったのに、胸の奥がぎゅうっとする。
この八年間の全ての努力はヴァレリアの王太子妃となり、いずれ王妃となるためのものだった。ぜーんぶ消えたわ。
あのアホ王太子の大馬鹿者!
それでも王家には逆らえない、逃げて正解。
軽く洗面を済ませ、昨日貰った修道院のお仕着せに着替える。
壁に貼り付いた小さな鏡を見る。髪が長すぎるわね、これではお貴族様にしか見えない。
コンコン。
「ティナ様、お目覚めかしら?セシリアよ。朝の礼拝とお食事に行きませんか」
副院長のセシリア様が声をかけてくださった。この方の物腰も、きっと貴族だった方。
返事をしてドアを開ける。
セシリア様が一瞬、私の髪に視線をやり笑った。
「お髪が」
「そうなのです、切ろうと思っています、これでは目立つので」
「私もここに来た翌日に切ったの」
「やっぱり」
「わかるかしら」
この全てを口にせず含んだ会話、まさしく貴族の会話。
それだけでわかる。
貴族の令嬢は色々と大変なのよ。セシリア様もご事情があってここにいらしたのね。
「礼拝とお食事の後で、お手伝いするわ、それまでは簡単にまとめましょう」
あっという間にセシリア様が髪を小さく纏めてくれる。
祈りの間で朝の礼拝を済ませて、質素な朝食。そこで私はみんなに紹介される。
でもなんとなく、ヴァレリアの孤児がたくさんいた修道院とは雰囲気が違う。サロンというか、みんな貴族令嬢に見えて来た。
何ここ?
まあいいか、どうでもいいことは詮索不要だわ。
でも、これがどうでもいい事ではなかったと、後でわかったのよ。
「いいのですね」
修道院長が確認してくれた。
「はい、もう、いいのです、お願いいたします」
セシリア様が私の髪をもう一度丁寧に綺麗に漉いて、絹の真っ白なリボンで二箇所を結んでくれる。
そして、その真ん中をハサミでブツリ、一瞬何故かジェド様の瞳が浮かぶ。
ブツリ、ブツン!
さようなら、セレスティーナ、私の十八年間。
「終わりましたよ」
院長の言葉と共に、セシリア様が、白いリボンで結ばれたハニーブロンドの髪の束を見せてくれた。
「っ」
泣いては駄目、駄目よティナ!今日から新しく生きるの。
「ティナ様、この髪は残されますか」
「皆様はどうされてらっしゃるの」
「ご生家に送られる方や、修道院の収益でお売りになる方もあるのだけれど」
「セシリア様は?」
「私は売っていただいて、そのお代金を修道院へ寄付したの」
「では私も、お役に立てれば」
ブライトン侯爵家に送ったら、お父様が悲しむわ。どこかで生きていると思ってくださった方がいい。
「では、ティナ、新しい人生が始まります」
院長の言葉に私は立ち上がった。
廊下を歩くと髪が軽い。後ろで束ねているけれど、まるで豚のしっぽ。髪が短いとこんなに軽いのね。
後ろ髪を引かれる、もうその髪もない。
◇
ヴェルディア公国
その頃、ティナが行方不明になり、一夜明けたヴェルド城は騒然としていた。
ティナの書き置きを見つけたジェラルドは、すぐに七色魔法の残渣を追いかけようとしたが、兄である第一公子の容体が急変したと知らせが入った。
ティナが残した全ての材料があれば、第一公子と公妃は助けられる。
アルベルト大公は、公妃と嫡子の治癒を優先する、と命じた。
「父上」
「妃とエドワルドの命が優先だ。今となっては、ヴェルディアだけの問題ではなく、ヴァレリア王国の命運もエドワルドとジェラルドお前にかかっている。セレスティーナ侯爵令嬢よりも、優先順位はエドワルドとジェラルドだ」
そうしてジェラルドは、ティナの手順書通りに指輪の七色魔法を使い、公妃と第一公子エドワルドは、原因不明の悪病から快癒した。
ジェラルドの手に残ったのは、ティナが残した侯爵家の紋章入りの指輪の残骸だけ。
二人の命を救ってその指輪は粉々に砕け散った。魔法の残渣も皆無だった。
◇
公子執務室
回復した第一公子エドワルドはジェラルドの助けを借りて公務に復帰しつつある。
「ジェラルド、どうした。浮かぬ顔をしているぞ」
「兄上、なんでもない」
「何でもないはずが無かろう、その顔は。それにお前の執務机に、どこぞの令嬢が落とした絹の靴を飾っているではないか」
「うっ!」
「図星だな。伯父上が必死になって捜索されておられるようだ」
「……でも探して連れ戻したところで、何になる」
「何にとは?」
「兄上がヴァレリアの王太子になられた暁にはティナは兄上の」
ジェラルドがぎゅうと両の拳を握った。
それを見てエドワルドは言う。
「ジェラルド聞け、まだ父上には言ってないが、私がヴァレリアの王太子を受けるなら、条件として妃にはブリタを推す」
「兄上?」
「なあジェラルド、私達は王族で責務ばかりだ。それは構わない、だが伴侶は選べる。ヴァレリアの王太子の醜聞の後始末を引き受けるのだ。伴侶くらい、自ら決めて何が悪い」
「兄上、私は」
「お前が唯一、連れてきた女性だ。このままでいいのか」
その時、公子執務室に扉がドンドンドン!と忙しなく叩かれた。
文官のピエールが足早に扉を開ける。
「帰還いたしました!幻の疾風一同!」
ブリタ、リリカ、ファニーが雪崩れ込んでくる。
「ブリタニアっ!」
エドワルドが立ち上がる。
ブリタがエドワルドに駆け寄った。
みんなが口々に言い出した。
「ひどいです、置いていくなんて」
「ティナが、ヴァレリアの王太子殿下の婚約者で」
「エドワルド殿下がお元気になってらっしゃるわ」
「ヴァレリアのラベル副魔法師団長殿とベン副騎士師団長殿をお連れいたしました」
パックこと、パトリックが告げた。
ジェラルドは立ち上がった。
「皆、帰還早々で悪いが、この靴の持ち主を探して欲しい」
また皆が口々に騒ぐ。
「あー、ティナが履いてた靴」
「セレスティーナ様の靴が揃っている」
「ティナはどこ?」
「セレスティーナ様は何処に」
「行方不明だ、手がかりがない」
ジェラルドが悔しそうに端正な顔を歪める。
その時、ファニーがマジックポーチから包み紙を出した。
「あのー」
「何だ!こんな時に」
ファニーがおずおずと包みを広げると、皆が絶句しそれに魅入る。
「こ、これをどこで」
「リムの市場で買いました。あまりに綺麗だったのと、ティナのハニーブロンドに似ているなって」
ジェラルドがその輝く髪の束に触れる。
「間違いない、ティナの七色魔法の魔力だ」
ラベル副魔法師団長も確認する。
「セレスティーナ様の魔力に間違いございません、幼き頃より、私がご指導しました故」
エドワルド第一公子が口を開く。
「ジェラルド、迎えに行け。セレスティーナ・ブライトンを」
次話で完結です。是非、読みに来てください。




