12 「どうでもよかった」けれど、どうにかなったわ
いよいよ最終話です。
◇
修道院に来て数日が平穏に過ぎていく中で、ここの女性たちと仲良しになれた。
ずっと王太子婚約者として、一人でコツコツと多くの義務を果たしてきた私には楽園に近かった。
そうしてわかったのは、この修道院は《駆け込み寺》だったこと。
多くは、理不尽な貴族の婚姻や、不条理な人身売買に近い庶民の嫁入りから女性を救う場所。
もう笑ってしまったのは、公子殿下たちの婚約者候補から逃げるためって聞いて、空いた口が塞がらないほど驚いたわ。
第一公子殿下は、真面目一筋で神経が細かくてお相手が大変だし、ヴァレリア王国の属国なので嫌だって。何が嫌か聞いたけれど、ヴァレリアの王太子に会ったら召し上げられるという理由だった。
更に第二公子殿下、つまりジェド様は、女嫌いで野蛮で戦さ好きで片手で女性を捻り潰す、らしい。
みんなお茶会で会うでしょう?と聞いたら、お茶会の招待状が来たら出奔し、ここに逃げ込むらしい。会ったこともない公子殿下たちの噂ってどうなってるの。
そしてセシリア様が教えてくださった内容に震撼した。
彼女は隣国の伯爵令嬢。
なのにあのアホ王太子の愛妾にするべくプシュー侯爵家が動いていたという話はさすがにありえないと思ったけれど、事はそんなに簡単ではなかった。
「プシュー家から次期王妃となるイザベラ様を支援してほしいと、お父様が持ちかけられて」
「でも、なぜ隣国のセシリアが愛妾に?」
「うちのお父様が投資に失敗して、その時にプシュー侯爵と出会ったのよ。支援の証として、私をイザベラ様の侍女にして、次の国王陛下、つまり今の王太子殿下のお側に仕えさせるために。話を聞けば聞くほど変だと思ったのよ。ヴァレリアへ向かう馬車にも、侍女を一人も乗せてもらえなかったわ」
私は腹が立ってきた、あのイザベラの最後の高笑い。引きちぎられた首飾り。その父親のプシュー侯爵は、腹黒い人物だと有名だった。だから王家側はプシューの扱いに苦慮していたのに、あのアホ王太子のせいで。
「それで逃げたの?」
「ええ。以前から、この修道院のことを調べていたの。ここなら女性を保護してくださると聞いていたから」
あれまあ、だわ。
「でもティナもここの事知って来たのでしょう?」
「え?私は冒険者ギルドから紹介してもらったの」
「じゃあ、ここの院長様が、ヴェルディアの公妃様の姉君なのは知らなかった?」
「?」
ちょっと偶然にしては、出来過ぎている。
ここで、皆さまの訳あり話を毎日聞いていると、ヒムシャム山が懐かしくなってきた。
みんなどうしているかしら?
ジェド様はお元気かしら?
◇
修道院院長室
院長は数奇な運命に思いを馳せる。
——あの娘はおそらく、セレスティーナ・ブライトン侯爵家令嬢。
ヴァレリア王国王太子の婚約者。才色兼備で七色魔法の使い手。
ひと月ほど前に入ってきた情報では、あの忌々しいプシュー侯爵家の娘イラベラと王太子殿下が懇ろになってしまい、婚約者が出奔したと聞いたけれど。
昔、妹が公妃になったとき、プシュー家は大公家と関わり持とうとして公妃の姉である私へ弟を婿入りさせようとした。プシュー侯爵家が悪どいやり口で他家を食い物にしていたのは有名だった。当時法務官だったお父様の機転で、領地を公国に返納までしてこの修道院を作って逃げ伸びた。
そして次はセシリアを王太子へ送り込み、愛妾にしようとして逃げられて、最後にセレスティーナを嵌めた。
なんとしても、ここであの子たちを守らなくては。
院長室から、庭園が見える。そこでは花の手入れをする愛しき娘たちが、笑顔で作業をしている。
◇
数日後、私は院長室に呼ばれた。
扉をノックして、入室する。
お客様?
正装した騎士が一人立っていて、一人はソファーに掛けている。
「ただいま参りました」
「ティナ、あなたに会いたいという方が」
院長に手招きされてソファーの反対側へ回る。
あ。
まさか。
王族の正装、しかもサッシェが。高貴な身分を表すもの。
足が震える。
「この靴の持ち主を探している」
側に控えていた騎士が銀盆を差し出して、真っ赤な掛け布を外す。
あ。
「この髪色のご令嬢を探している」
この高貴なる人が上着の懐から、大切そうに包みを出して円卓に置き、包みを広げる。
あぁ。
透き通るような深緑の瞳が真っ直ぐに私を見る。
「ティナ、なぜ、髪を切った」
「……ティナになるために」
「髪を切る必要はあったのか」
「……生きるために」
「なぜ去った」
「……殺されると」
「あなたは、母上と兄上の命の恩人だ、殺す理由がない」
「……だってあなたは、あの、あのアホ王太子の従兄弟だからよ、ヴァレリアとヴェルディアは兄弟国、引き渡されるに決まっているわ、だから」
私は震えながら言葉を絞り出した。目の奥が痛くなってきて、唇を噛む。
「それが私を嫌う理由か」
「えっ?」
「私が嫌で、あんな書き置きを残して逃げたのかっ」
ジェド様が立ち上がる。
「あの馬鹿従弟と血が繋がっているから、逃げたのか」
「……っ待って、ジェド様、あなたを嫌いになんてなってないわ」
「なら何故」
「生きたかったのよ。婚姻破棄されただけで、王家への不敬で死ぬなんて嫌だった。頑張って生きてきたの。コツコツと妃教育も魔法も全て国を守る為だと思って努力してきた結果が、寝取られて殺されるなんて我慢ならなかったのよ」
ポロポロ涙が溢れてくる。
セレスティーナにサヨナラしたはずだった。なのに何故、涙が出るの。
「ティナ、俺は、この靴の持ち主を、この髪色の女性を探しているんだ」
「……なぜ」
「愛してしまった」
「………」
今、なんて?
深緑の瞳が揺れている。
私、この瞳が、忘れられなかった。
たった2週間ほど同じ旅をしただけだった。
山道で手を貸してくれて、薬草の買い物に付き合ってくれて、そして私を守って一緒に転移してくれた。
その上に落っこちても怒らずに受け止めてくれた。
「…あの、もう一度、言って」
ジェド様が少し苦笑いをし、居住まいを正される。
「セレスティーナ・ブライトン侯爵令嬢、私はあなたを愛している、この靴を履いて、共に歩いてほしい」
「……髪が短くなってしまいました」
「何か問題あるのか」
「……生きられますか」
「共に」
ジェド様が私に手を差し伸べる。
「その靴は、嫌です!婚約破棄された時に履いていました」
「わかった、靴は新しく作らせて何足でも贈ろう、それまでは私が抱き上げて運ぶ」
ジェド様が、もう一歩近づいてくる。
私は涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、ジェラルド第二公子殿下の胸に飛びこんだ。
◇
エピローグ
その後、私はヴェルド城に戻って、アルベルト大公殿下から、事の顛末をお聞きした。
その顛末とは、
ヴァレリア国王陛下、アルベルト大公殿下、政治の重鎮でもあるお父様つまりブライトン侯爵、魔法師団長も、騎士団長も、皆様が一丸となって王太子廃嫡を計画していた。
廃嫡後は、王位継承権があるヴェルディア公国のエドワルド様とジェラルド様が、ヴァレリアとヴェルディアを治める未来図があったらしい。
いずれは私が、お二人のどちらかと婚姻する予定だったことを聞いた時は、一瞬怯んだけれど。
今となっては、ジェラルド様が大切な方であることに変わりはない。
それに、エドワルド殿下はなんとブリタ、つまり辺境伯令嬢であるブリタニア様と相思相愛だったらしい。
もし前もって全てを知っていたら……。
でも、もう終わったことだわ。
お父様がおっしゃるには、最後の最後に王太子殿下は良い仕事をしてくれた、つまり件のプシュー侯爵家を道連れにしたということ。
プシュー侯爵家は爵位剥奪後断絶。近隣諸国への女性の人身売買に深く関与した罪で、海の向こうの遠い収容所へ送られた。
リム修道院で出会った女性たちは、優秀な貴族令嬢ばかりだったので、お願いして国の役職に就いてもらった。リムのフルテおばさんには、修道院のコック長になってもらった。
そして、アホ王太子とイザベラ断罪の日。
断罪の場は、白い塔の中。
魔法師団長が結界を張ってくれている。
「ねえ、セレスティーナ助けなさいよ」
「セレスティーナ、私を愛しているだろう、やり直そう」
二人ともうるさい。
「殿下、そしてイザベラ様、お二人は愛し合っておられるでしょう。一生一緒にいられる南の島に行っていただきます。暖かい島なので衣装も薄くてすみますし、その島の民は下着だけで暮らし、木の実がたくさんなっているので、取って食べるだけ。難しい政治も執務もありません、どうかお二人でお幸せになって」
「ちょっと待て!セレスティーナっ!」
私は白の塔の床に手を添える。
《この世の理を示せ、
森羅万象の世界より新しき扉を開け、
二度と開くことがない世界へ、
二人の愛を閉じ込めよ》
七色の光が舞い魔法陣が起動したが、全ての光が純白となり、二人は消えた。
立ち上がって振り返ると、ジェラルド様が、吸い込まれそうな深緑の瞳で笑みを浮かべ、手を差し伸べてくる。
「ティナ、私たちのヴェルディアへ帰ろう」
〜Fin〜
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
ブックマーク、評価、リアクションをくださった皆様に感謝を申し上げます。
9月11日日間ランキングに入りました。読んでくださった皆様のおかげです。
途中、投稿が滞った時期にもお待ちくださった方々には、重ねてお礼を申し上げます。
前作「復讐したいけどできない」も同じ世界観の空気で書いております。よろしければそちらも。
次作も準備中です。またお会いできましたら幸いです。(目次の下にリンクがございます)
澪




