8.変化(リーデック視点)
「リーデック卿、お疲れ様です!」
王宮の客室の一室の前で立っていた若い騎士が、俺を見るなり敬礼する。
「あぁ、ご苦労。変わりはないか?」
「はい!変わりありません!交代のお時間ですか?」
「あぁ。」
そう答えると、騎士は客室の扉をノックした。
「リーデック卿がいらっしゃいました。」
「入れ。」
中から返事したのは、隊長のユリウスだ。
扉が開かれ、部屋の中へと入る。
部屋の中にいたのは、先ほどの声の主、ユリウスと侍女が二人、そしてミューゼットだ。
ユリウスは俺よりも6歳上で、強面で近寄りがたい見た目をしているが、実際はとても面倒見の良い頼れる兄貴的存在だ。そして双子の男女の子を持つとても子煩悩なパパでもある。
そして侍女の方は二人ともミューゼットと同じ年頃の娘で、アスニア国の者だ。
ミューゼットがソファに座って読書をしているのをチラリと見てから、ユリウスに声をかける。
「交代の時間です。変わりはないですか?」
「あぁ、問題ない。」
「では、今日くらいは早く家に帰ってください。奥様のお誕生日なんでしょう?」
ユリウスが驚いた顔をする。
「なぜそれを?」
「忘れたんですか?前にプレゼントの相談を受けたのは俺ですよ。」
「あー……、そうだったか。」
ユリウスが照れたように笑った。
その眩しい笑顔に、相思相愛で、幸せそうで羨ましい、と思ってしまった。
いくつか引き継ぎをした後、ユリウスは姿勢を正してミューゼットの方を向き、騎士の礼をした。
「ミューゼット妃殿下。私は本日はこれで失礼します。」
「ユリウス様。ありがとうございました。奥様にどうぞよろしくお伝えくださいませ。素敵なお誕生日を。」
ミューゼットは朗らかに微笑んだ。
◇◇◇
「…………暇だわ。」
ユリウスが部屋を出た途端、ミューゼットがつまらなそうに大きくため息をついた。
「我慢してください。ミューゼット妃殿下。」
「わかってるわ。だからちゃんと大人しくしているでしょう。あなたに愚痴るくらいはいいじゃない。」
ミューゼットが王宮に到着してから一週間経つが、この部屋から出ることをまだ許されていない。王宮の庭園もダメだ。もちろん、王族、護衛、侍女以外の他の者との面会も。宰相である父親と、そして母親とは短い時間だが一度面会が許された。
「……ルルに会いたいわ。」
「もう少しお待ちください。周辺の安全が確認されれば、すぐに取り計いますので。」
(俺だって、しばらく会えてないんだ。)
許されるものなら、すぐにでもここにシャルルローズを連れてきたい。そうすればシャルルローズも姉に会えて喜ぶだろうし、俺もシャルルローズの顔を久しぶりに見ることが出来て幸せなのに……。
「ふふふ。」
突然、ミューゼットが笑い始めた。
「どうされたのですか?」
俺の顔をまじまじと見た後、ミューゼットが答える。
「リーデック様が珍しい表情をしていたから。今、ルルのこと考えてたでしょう?」
「え……っ、まぁ……そうですけど……。」
俺は一体どんな顔をしていたんだろう?慌てて表情を引き締める。
そんな俺を見て、ミューゼットはまた楽しそうに笑った。
「リーデック様は何だか変わったわね。前よりも表情が豊かになられたわ。」
「それを言えば、ミューゼット妃殿下の方こそ……。」
以前は「つまらない」とか「早くルルに会いたい」とか、そんな自分の個人的感情を表に出す人ではなかった。
そして笑う時だって、レディとしての品の良い微笑みばかりで、声を上げて笑うなどなかったと思う。少なくとも、俺の前では。
「そうね、私も変わったわ。」
ミューゼットはゆっくりと椅子から立ち上がると、窓辺へと近づいた。
「アスニア国での暮らしの影響ですか?」
「それもあるわね。異国での暮らしというのは、いい意味でも悪い意味でもたくさんの刺激があるわ。…………でも、それよりも大きかったのは……。」
窓が開けられて、心地よい風が部屋の中に吹き込んできた。
金に輝くミューゼットの髪が、さらさらと風に流れる。
外に目向けたまま、ミューゼットはそれ以上何も言わなかったが、彼女が何を思っているのかは、その寂しげな横顔が物語っていた。
(時間は……確実に流れているのだな。)
婚約してきた時は、確かにミューゼットのことを好いていたし大切だと思っていた。
そして別れるしかなかった時も、辛く悲しかった。理不尽さに憤りも感じていた。
だが、今はもうミューゼットのそばにいても何も感じない。
彼女が他の男のことを思っていると、感じても。
笑っていても、悲しそうにしていても。
俺の心は、もうシャルルローズ以外には、動かない。




