4.ドライフラワー
「本当に美しい薔薇ですね。」
ナディアが、食堂から持って私の部屋へと持って帰った薔薇が飾られた花瓶を窓際のテーブルの上にゆっくりと置きながら笑いかけてきた。
「そうね。…………ねぇ、ナディア。その中から一輪選んでドライフラワーにして貰える?」
「勿論です。」
ナディアはそう答えると、早速どの薔薇にしようか物色し始めた。
(またひとつ、ここから持ち出せる思い出が増えたわね……。)
リーデックから花が贈られた時は、いつも一輪だけドライフラワーにして貰っている。菓子を贈られた時は、その箱を。
いつか離れなければならない日がくることを考えると、彼からのプレゼントはどんなものでも、何かしら形に残しておきたかった。彼と夫婦でいられた時間の証が欲しかったのだ。
一輪選び終えたナディアが、その一輪を私の手にそっと握らせた。
「……シャルルローズ様。今朝のご様子を見ても、私にはリーデック様はシャルルローズ様をとても大切に思われているように見えました。」
「…………ナディア。」
…………そう。大切にはしてくれている。
でも、彼が白い結婚を貫く以上、それは夫婦としての愛情ではないし、最低限の礼儀のようなものなのだ。
けれどこんなにも私のことを思い遣ってくれるナディアの気持ちが嬉しくて、思わず涙が目に浮かぶ。
「心配してくれて、ありがとう。」
そう伝えると、ナディアは寂しそうな目で微笑んだ。
◇◇◇
その日の午後は、リンジー公爵夫人のお茶会にリーデックの母であるジャンドール侯爵夫人、スザンナと共に招かれていた。
リーデックと私たち夫婦は侯爵家別邸に住んでいて、本邸に住んでいるスザンヌと顔を合わせるのは1ヶ月ぶりだった。お茶会に共に招かれる機会は実はそんなに多くないので、公爵邸に向かうまでの馬車の中ではお互いの近況報告をしながら穏やかな時間を過ごした。
お茶会では、繰り広げられる社交界の噂話に適当に愛想笑いと相槌を打ちながら、お茶に口をつける。
(つまらない話しばかりね……。)
たまに有益な情報も得ることがあるのだが、今日のお茶会は残念ながらハズレのようだ。
早く時間が過ぎればいいのに……と思っていると、向かいの席に座るセーヌ伯爵夫人から話しかけられた。
「そういえばジャンドール小侯爵夫人、ご存知?ディケンズ小公爵夫人がご懐妊されたそうよ。」
ドキッとする。
(またこの話題ね……。)
ディケンズ小公爵夫妻は、私たち夫婦よりも後に結婚した。
きっとこの後に言われる言葉を想像して、憂鬱な気持ちになる。
「そうなのですか。存じ上げませんでした。それはとてもおめでたいことですね。」
伯爵夫人がフッと唇の端を上げた。
「ジャンドール小侯爵夫人も……そろそろかしら?」
「いえ、残念ながら私はまだ。」
「まぁ!そうなのですね。私としたことが、失礼なことを……。夫人とリーデック小侯爵は色々と……結婚からして複雑な事情がございますものね。」
わざとらしく伯爵夫人が眉を八の字に下げる。
(本当に嫌なおばさん!!!!)
顔は笑顔で心の中で悪態をついた。
(そうよね、あなたの娘もずっとリーデック様に思いを寄せてましたものね。)
だから、姉と婚約破棄になった時にきっと望みを持ったのだろう。
それなのに元婚約者の妹というだけで、私が代わりの結婚相手に選ばれて。さぞかし納得いかなかったことだろう。
最初の頃こそこういった嫌味にいちいち傷ついていたけれど、今では憂鬱ではあるけど、もう慣れてしまった。
にっこりと笑って返事を返そうとした時、バサッと隣に座るお義母様が扇を開いた。
「セーヌ夫人、心配くださってありがとう。ですが、主人も私もシャルルローズという可愛い娘ができたことが嬉しくて嬉しくて、まだ孫のことまで気持ちが追いついていませんの。リーデックも結婚してからとても幸せそうで、親として心から安心してますわ。それに、後継のことを心配なさってくれているのならば、うちには次男も三男もおりますしね。」
「そ……そうでございますわね。これからも侯爵家の未来は安泰で、羨ましい限りですわ。」
まさか侯爵夫人から反撃されると思っていなかったのか、セーヌ伯爵夫人が慌てたように媚びへつらう笑みを浮かべた。
「ええ。ですので、まずはご自身の心配をなさったら?ご主人が新たに始めた事業、あまり良い噂を聞きませんよ。」
にっこりと笑うスザンヌの言葉に、セーヌ伯爵夫人の顔は真っ赤になった。
(お義母様……。)
こんなの慣れっこだと思っていたのに、スザンヌが守ってくれたことが思いの外嬉しくて、何だか胸がいっぱいになって泣きそうになってしまった。




