2.優しさは残酷
(離縁しましょう。)
夜、帰宅が遅いリーデックを思いながらひとり眠りにつく時にはそう決意するのに、朝、私が目覚めた時にまだ隣で眠っているリーデックの寝顔を見ていると、すぐにその決意は揺らいでしまう。
(好き……。好きなの……。大好きで、どうしようもないの。私じゃあなたを幸せに出来ないってわかってるのに、それでも好きなの。愛してるの。離れなきゃって思うのに、でもやっぱり離れたくないの……。)
あなたが私を好きになってくれたら……それだけでいいのに———
叶わぬ願いに、心が引き裂かれそうになる。
涙が溢れ落ちてきそうになる前に、彼を起こさぬよう静かにベッドをおりて、寝室とドアで繋がっている自分の部屋へと逃げ込んだ。
「シャルルローズ様、おはようございます。」
部屋に入ると、私の専属侍女のナディアが笑顔で出迎えてくれた。
実家にいる頃からずっとそばについてくれているナディアは、私が素直な気持ちを打ち明けられる大切な存在だ。
「……おはよう、ナディア。」
ポロポロと涙を流す私を、ナディアは何も言わずに涙が止まるまでぎゅっと抱きしめてくれた。
◇◇◇
涙が止まって少し落ち着くと、ナディアは手際良く、私の身支度をあっという間に整えてくれた。
「シャルルローズ様、今日も世界一可愛いです!」
「ふふ。ナディア、いつもありがとう。」
「本心ですよ。」と、ナディアがまたぎゅっと抱き締めてくれる。
しばらくその温もりに包まれた後、「よし!じゃあ行きましょうか!!」と気合を入れ直して、ナディアと共に食堂へと向かった。
リーデックはもう先に席について、新聞を読んでいた。
私が食堂に入ってきたことに気がつくと、新聞を畳んで「おはよう、シャルルローズ。」と微笑みかけてくれる。
「おはようございます、リーデック様。お待たせして申し訳ありません。」
「いや、私も今来たところだ。」
ナディアが引いた椅子に座ると、テーブルの真ん中にある花瓶に飾られたとても見事な薔薇にすぐ目がいった。
「こちらは……もしかして王宮の庭園でしか育てることを許されていない薔薇ではないですか?」
「さすがシャルルローズ。よく気がついたね。一昨日頃から咲き始めてね。殿下に特別な許可を頂いて、昨夜貰って帰ったんだ。本当はすぐに君に見せたかったんだが、もう夜遅くて君は既に寝てしまっていたから起こすのも可哀想だと思ってね。」
「まぁ!起こして下さって構いませんでしたのに。リーデック様のお出迎えもしたかったです。次は必ず起こして下さいね?」
リーデックがくくくっと笑った。
「わかった。次は起こそう。けれど寝ぼけて怒ったりしないでくれよ?」
「リーデック様にそんなこと致しません!!………………それにしても……なんて美しいんでしょう……。それにとても良い香り……。」
思わずうっとりとため息が溢れる。
食事することも忘れて、見惚れてずっと眺めてしまう。
そんな私を見て、リーデックが嬉しそうに笑った。
「シャルルローズなら絶対に喜ぶと思ったんだ。良かったよ。」
リーデックの笑顔と言葉に、胸がチクっとする。
リーデックの優しさに触れる度に、「いつか私を愛してくれる日が来るかもしれない」と期待に胸を膨らませて、そんな日を夢見て幸せに満たされていた頃もあったのに……。それも、今は……。
(……優しさって……時にとても残酷よね。)
期待したくないのに期待してしまう。
もう好きでいたくないのに、優しくされるとやっぱり嬉しくて、どんどん好きが積み重なっていく。
(けれど、そんな風に愛が募っていくのは私だけ。)
「シャルルローズ」と呼ばれるのも嬉しかったのは最初の頃だけだった。
姉の婚約者だった時に彼に呼ばれる時は、礼儀に則って「シャルルローズ嬢」だったから、結婚して「シャルルローズ」と呼ばれるようになると距離がぐんと近づいた気がして、呼ばれる度にドキドキそわそわしていたものだ。
だけどもう、それも今は……ただ辛いだけ。
姉のことを「ミュゼ」と呼んでいた優しい声が、ずっと耳に残って離れない。
(……どうして私のことは、結婚して一年経ってもまだ「ルル」と呼んで下さらないの?)
そんなこと、彼に問うたところでただ困らせてしまうだけで、そしてそんな彼の反応を見て、結局自分がただ勝手に傷つくだけだとわかっているから、絶対に口には出せない。
切なさをぎゅっと押し殺して、満面の笑みをリーデックに向ける。
「はい、とっても嬉しいです!素敵なプレゼントを本当にありがとうございます。」
「妃殿下が君に会いたがっているみたいだから、この薔薇が満開の頃に一緒に王宮へ行こう。庭園に咲き誇る様子また圧巻だと思うよ。」
「ええ、是非!楽しみにしています。」
(上手に笑えているかしら……?)
でもきっと、多少引き攣った笑顔を浮かべていたとしても、きっと彼は気づかない。




