1.姉の婚約者
私、シャルルローズの二つ年上の姉、ミューゼットは輝くばかりの金髪とエメラルドのような瞳を持つとても可憐で美しい人だった。
性格も穏やかで優しくて、我が国の女神と呼ばれていた姉は、幼い頃に決められた同い年の婚約者、リーデックがいた。
リーデックはジャンドール侯爵家の嫡男であり、エリート揃いの王宮騎士団の中でも若手の筆頭株と名高い青年だ。そしてこちらも金髪にルビーのような瞳を持つ端正な顔立ちに、騎士団ならではの逞しい身体をもち、姉と彼がパーティーなどで並んで歩く姿はあまりにも美しく、まるで絵画のようだと社交界でも評判だった。
(…………いいなぁ、お姉様。)
そんなふたりを家族として間近で見続けていた私は、いつしかリーデックに淡い恋心を持つようになっていった。
けれどこれは育ててはいけない気持ちだとわかっていたから、必死に心に蓋をした。
何よりも、親から決められたとはいえども二人は大変仲睦まじく、側から見てもお互いに好き合っているのが伝わってきて、横恋慕したところで叶いっこないことはわかりきっていたから……。
それでも思いは勝手にどんどん膨らみ続けた。
切なくて、苦しくて、辛くて……。
そんな感情は私をどんどん負の方向へと引っ張っていって、ある日姉に醜く嫉妬している自分にはたと気がついて、愕然とした。
(このままじゃ、ダメだわ。私は……お姉様の幸せもリーデック様の幸せも願える自分でいたい。)
この気持ちは捨て去る。そして二人の幸せを、家族として見守り続けよう。
——そう固く決意したのに、二人の幸せはそこから長くは続かなかった。
暗雲が立ち込めたのは、隣国の第一王子が我が国を訪れた時。
歓迎の晩餐会の時に、第一王子が姉に一目惚れしたのだ。
我が国よりも大国である隣国に、逆らえるわけもなく、その後の話はあっという間に進み、姉はリーデックと婚約を解消して隣国に嫁ぐこととなった。そして、姉の代わりに私がリーデックの元に嫁ぐことも同時に決まった。
「ルル、こんなことになってしまってごめんね。」
「そんな……!お姉様が謝ることではありません!!お姉様もリーデック様もあんなに想い合ってたのに……っ、何でこんなことに……!!」
いちばん辛いのは姉のはずなのに、こんな時でも私のことを気遣ってくれる。次々と溢れ出てくる涙を止められない。姉は、毅然と涙ひとつ流してないのに、私は本当にどうしようもない。
姉は優しく微笑んで、私の涙をそっとハンカチで拭ってくれた。
「私のことは心配しないで。大丈夫だから。」
「でも……っ、お姉様にはリーデック様がいるのに…………っ」
「ルル。貴族に生まれた以上、これは仕方がないことなの。婚姻は自分の気持ちだけで決めることはできない。国の為になるのだから、私は喜んで嫁ぐわ。」
決意の強さを感じる姉の目に、私はそれ以上何も言えなかった。
ふわりと姉に抱きしめられる。
「大丈夫。リーデックはとても良い人よ。ルルを大事にしてくれるし、きっとルルもすぐに彼のことを好きになるわ。」
姉の言葉に、いよいよ涙が止まらなくなった。
(……ごめんなさい。お姉様。ごめんなさい。ごめんなさい。)
心の中に仕舞ったとはいえ、彼に恋心を抱いたことに、一時でもこんなにも優しい姉を妬んでしまったことに、とてつもない罪悪感が襲ってきた。
「幸せになってね、ルル。私もきっと幸せになるわ。」
「は……い。お姉様の幸せを…………ずっとずっと祈り続けます。」
「……ありがとう。」
せめてお姉さまにこれ以上心配かけないようにと、精一杯の力を込めて抱きしめ返した。
◇◇◇
リーデックと結婚して、あっという間に一年が過ぎた。
姉が言っていた通り、彼は私を大事にしてくれている。
どんなに忙しくても、朝食だけは一緒にとってくれるし、たまの休みの日は私の希望を聞いて色んな場所に連れて行ってくれる。そんな風に夫婦の時間を出来るだけとろうと努力してくれているのを感じるし、プレゼントも使用人任せではなくちゃんと自分で見繕ったものを度々贈ってくれるし、事情を何も知らぬ者から見れば私は理想的な夫に愛される幸せな妻に見えるだろう。
(……まだ本当の夫婦にはなっていないのにね。)
結婚式後の初夜、寝室に現れた彼は言った。
「気持ちの整理がつかぬまま、君を抱くのは君に対して失礼だと思うんだ。だから…………すまない。」
「いいえ。こんなことになって戸惑うのは当然だと思います。リーデック様のお気持ちを尊重いたします。」
どこかそうなる予想していたので、ショックはなかった。
それに私も姉のことを思うと、まだそんな気持ちになれなかったので、少しホッとした気持ちもあった。
その夜、二人で話し合って、そういう行為をしなくとも寝室は共にすることになった。夫に蔑ろにされている妻、という印象を周りに与えない為だ。
「では、私はソファで寝ることにしよう。」
「それではお仕事のお疲れがとれません。こんなに大きなベッドなのですから、二人で寝たところで問題ありません。私は気にしませんので、どうかベッドでお休みください。」
「いや、しかし……。」
「では、私がソファで寝ます。」
「それはダメだ!!」
そんな押し問答もあったが、最終的にリーデックが折れた。
そしてあれからもう一年。まだ、白い結婚のままだ。
(……リーデック様は、お姉様のことを今も想ってる。)
私と話していても、私に笑いかけてくれても、彼はどこか遠くを見ている時があって、その度に胸の奥が痛む。
(このままで良いのかしら……。)
姉程の美貌はないが、姉妹だけにどこかしら姉の面影がある私。
私が側にいるから、ますます姉のことを忘れられなくなっているのでは……という懸念。
嫡男がいつまでも白い結婚のままでは、後継が必要な侯爵家として大問題だ。今のところ、リーデックの両親であるジャンドール侯爵夫妻は静かに見守ってくれているけれど、お茶会に行けば他の夫人からは「お子さんはまだ?」と遠回しにちくちく言われるし、もうそんなに猶予はないだろう。
一年も経てば、何か変わるかもと思ったけれど……楽観的過ぎたみたいだ。
(…………お姉様、私じゃやっぱりリーデック様を幸せにできないみたい。)
窓から見える空を見つめて、隣国で暮らす姉を思い浮かべながら、心の中でそっと弱音を吐いた。




