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無能と虐げられ捨てられた調香師、敵国の冷徹公爵に拾われて極上に溺愛される 〜私が作った香水がないと、もう眠れないそうです〜  作者: 絹ごし春雨


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6話 家族の没落 SIDEリゼット

 しっとりと濡れた上質なハーブの葉を、指先で一枚ずつ摘み取っていく。

今の調練室には、瑞々しいミントと、ディードリヒの好きな、心を穏やかにする樹木の甘い香りが満ちていた。


バルト兄様の工房にいた頃のような、強い香料で指先がヒリヒリと痛むことはもうない。傷だらけだったリゼットの手は、ディードリヒが毎日贈ってくれる上質なクリームのおかげで、すっかり滑らかで白くなっていた。


「リゼット」


背後で、重厚な扉が静かに開く。

振り返ると、そこには見慣れた、けれどいつ見ても胸がすこし跳ねてしまうほど端正なディードリヒの姿があった。

以前のような、周囲を圧する焦げ付くような気配はすっかり消えている。真紅の瞳は穏やかで、リゼットの姿を映した瞬間に、さらに優しく細められた。


「ディードリヒ様。……今日も、お仕事がお忙しかったのですか? すこし、お疲れの匂いがします」


「いや、君の顔を見たら一気に吹き飛んだよ。……ただ、君の故郷の国から、少し耳障りな報せが届いてね」


ディードリヒはそう言いながら、リゼットの隣へ歩み寄り、手にした薄い書類を調合台の端にそっと置いた。彼の長い指先が、リゼットの髪に優しく触れる。


「君を虐げ、泥のように捨てたあの実家……『バルト工房』が、完全に潰れたそうだ」


ディードリヒの低い声が、室内の静寂にぽつりと落ちた。


リゼットはハーブを動かしていた手を止め、彼を見上げた。

不思議なほど、胸には何の波風も立たなかった。悲しみも、怒りも湧いてこない。ただ、遠い国の知らない出来事を聞いているような、奇妙な静けさだけがそこにあった。


「……潰れた、のですか?」


「ああ。魔力暴走を抑えるという『奇跡の香水』を売り出したが、中身はただの粗悪品だったらしい。激昂した王族や高官たちから前金の返還を迫られ、応じられなかったバルトは、詐欺罪で捕らえられた。工房も、屋敷も、すべての財産を差し押さえられて、実家は一晩で路頭に迷ったそうだ」


ディードリヒの言葉を聞きながら、リゼットはバルト兄様がいつも自慢げに握りしめていた「王室御用達」の書面を思い出していた。

あの時、床に突き飛ばされて見上げた兄の顔。傲慢に歪んでいたあの声。


けれど、あの一連の調合レシピには、一つだけ決定的な秘密があったのだ。


魔力を安定させるための薬草は、ただ混ぜるだけでは毒になる。調香師自身の微弱な魔力を、調合の最中に「一滴ずつ、呼吸を合わせるようにして馴染ませる」必要があった。魔力を持たず、ただ高い香料を混ぜればいいと思い込んでいたバルト兄様には、最初から逆立ちしても作れないものだった。


「バルトは、牢の中で『リゼットがレシピに嘘を書いた』と狂ったように叫んでいるらしいが……もう誰も、あの男の言葉など信じない


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