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潮風の設計図  作者: 水前寺鯉太郎
潮風の設計図

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第14話:解体命令

釜山の海を望む高台。潮風に耐え、誇り高く立ち上がった「二人だけの家」の骨組みの中に、ハン・ギテクの怒声が雷鳴のように響き渡った。

「ええ加減にせえ! こんなガラクタみたいな家、もう終わりや! 今すぐ工事を止めろ!」

ギテクは、かつて完璧主義だった娘が描き散らした歪な図面の残骸と、部屋の隅で迷子の子どものように肩を震わせるジアンの姿を見て、張り裂けんばかりの胸を締め付けられていた。

「ジュウォン君。お前も職人なら、見れば分かるやろ。今のジアンに、この現場を守る力なんてどこにもない。ここはもはや夢の形やない。ただの『欠陥住宅』になろうとしとるんや!」

ジュウォンは、怯えるジアンを自分の大きな背中に隠すようにして、ギテクの前に一歩も引かずに立ちはだかった。

「社長。ジアンさんはまだ戦ってます。この家を完成させることが、あいつにとって、自分が自分であるための唯一の……」

「それがお前のエゴや言うとるんや!」

ギテクがジュウォンの胸ぐらを掴み、食ってかかる。

「娘が自分の名前も書けなくなって、弁当に飯だけ詰めて、あまつさえ部品を隠す……そんな無惨な姿を、職人仲間や世間に晒し続けろと言うんか? ハン・ジアンのプライドを、これ以上ズタズタにするな! 父親として、これ以上は見とれん!」

【父の涙、娘の空白】

ギテクはジュウォンの手を振り払い、ジアンに歩み寄った。そして、折れてしまいそうなほど細くなった娘の肩を、強く、慈しむように掴んだ。

「ジアン、帰るぞ。ソウルの一流病院に入院の手続きをした。そこなら、お前が誰か分からなくなっても、誰も笑わへん。静かに、穏やかに過ごせる。……お前は、綺麗なままで『天才設計士・ハン・ジアン』として、みんなの記憶に残るべきなんや。こんなボロボロの現場で朽ちていく人間やない!」

「……お父さん」

ジアンは、霧に包まれたような虚ろな瞳で父を見つめた。

「……設計士? うちが……? でも、父さん。うちは、もう入口も分からへんし、大事な部品もどこに置いたか忘れてしまう……。うちは、もう建物として、壊れてるんやろ?」

「壊れてへん! メンテナンスが必要なだけや!」

ジュウォンが背後から叫んだ。その声は慟哭に近かった。

「社長、頼みます。あと少し、あと少しでこの家は完成する。ジアンが自分の意志で引いた、人生最後の線……。それを形にするまで、あいつをここから、現場から連れて行かんでくれ!」

【決別:職人の誓い】

ギテクは、ジュウォンの言葉に一度だけ目を閉じ、深くため息をついた。そして、ジュウォンの腰に下げられた、使い込まれた道具袋を指さした。

「ジュウォン君。お前、あいつを最後まで支えられるんか? 毎日、少しずつ愛する女が消えていく地獄に耐えられるんか? お前自身も、あいつに忘れ去られる恐怖に耐えられるんか? ……あいつが目の前で『あんた、誰や?』と聞いたその瞬間に、お前の心は、職人としての誇りと一緒に、粉々に折れるぞ」

ジュウォンは、拳が白くなるほど強く握りしめ、真っ直ぐにギテクを見据えた。

「折れてもええ。心が粉々になっても、何度でも、何度でも一から建て直すだけです。それが、俺ら大工の仕事やろ。……あいつが忘れたなら、俺が何度でも思い出を刻み直してやる」

ギテクは、ジュウォンの瞳の中に、かつて現場を走り回り、泥にまみれて夢を追いかけていた自分自身の姿を重ねた。だが、経営者として、そして一人の親としての非情な判断は揺るがなかった。

「……三日や。三日以内に完成させろ。それ以上は、一分一秒たりとも待たへん。もし三日を過ぎても完成せんかったら、俺が重機を持ってきてこの家を更地にする。……ジアンの記憶と一緒に、全部、跡形もなく消し去ってやるからな」

ギテクはそう言い残すと、一度も振り返ることなく現場を去り、黒塗りの車に乗り込んだ。

残された二人の間に、重苦しい沈黙と、釜山の海から吹き付ける刺すような夜風が吹き抜けた。

【最後の三日間】

ジアンは、父が去った後の静寂の中で、ジュウォンのゴツゴツとした、タコだらけの温かい手を握った。

「ジュウォンさん……。三日……。三日しかなかったら、うちはあんたのこと、忘れずにいられるかな。三日だけは……あんたの顔、絶対忘れたくない」

ジュウォンは、ジアンの手を自分の頬に当て、その震えを鎮めるように深く息を吐いた。

「忘れさせへん。三日で、この家を完成させて、お前がいつでも帰ってこれる『世界で一番強い場所』にしたる。お前の名前が消えても、この柱が、この壁が、お前の生きた証を叫び続けてくれるように。……寝てる暇なんかないぞ、ジアン。最後まで、最高の設計士でいろ」

「……うん。うち、頑張るわ。……最後の墨出し、やろう」

暗闇の中、工事用ライトが二人のシルエットを鮮やかに照らし出す。

刻一刻と迫る解体の足音を聞きながら、二人の「最後の三日間」が、今、熾烈な槌音と共に幕を開けた。

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