115 ちぐはぐだけど噛み合う二人
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優希はじっと楓を見つめたままその場を動こうとしない。むず痒い視線に耐え切れなくなった楓が先に音を上げた。
「じゃあ俺はもう行く」
「あ、ちょっと待ってください!」
優希はポケットから小さな袋を取り出すと手渡したきた。年季の入った水玉模様の巾着で、所々色褪せている。随分と軽く中身は想像もつかない。
「開けてみてください」と促されながら、若干不思議に思いつつも巾着を開いていく。
「……これは? 御守り?」
年代物とまでは言わないが、それでも十数年は経っていそうなものだった。どこにでも売っていそうなありきたりの御守りだった。
「明さんが学生の時に……静さんから贈られた物です」
「――っ! ダメだ! 受け取れねえよそんな物!」
優希は首を横に振って、受け取ってくれるよう頼んでくる。
「明さんが亡くなる少し前でした。『クソガキに渡してくれ』と言われたんです。クソガキっていうのは神代さんの事ですよね?」
「おかしいだろ。そんな大切な物なら両親が持っているべきだ」
「僕も同じ事を言いました。でも――」
優希は何かを思い出すように、強く瞳を閉じて瞑想していた。優希にとっては明との別れの記憶で、直接やり取りをしている分、ある意味楓よりずっとその悲しみは深い。
「明さんの言っていた事をそのまま伝えます」
「……」
『静がいなくなって、次は俺だ。俺にボクシングで関わった奴は不幸になる呪いでもあるのかもな。そんなジンクス残してたまるかよ。だから証明しろクソガキ、おまえは死ぬな。それはおまえにやるよ。最高に縁起が悪いだろ? ありがたく受け取れ』
「だいたいこんな内容です」
「嫌がらせかよ」
「明さんらしいでしょ? でも本音は違うと思います。きっと楓さんと一緒に戦いたいんですよ。たぶん静さんも一緒に」
「……おっさんがそんな事考えるとは思えねえな。まあいいさ。性格悪いのは知ってたからよ」
手に持った御守りを握り締めて、乱暴にポケットに突っ込んだ。
「面倒な物よこしやがって。縁起悪すぎだろ」
「大丈夫ですよ。危なくなったら明さんが護ってくれます。…………たぶん」
「危なくなったら、おっさんは指差しながら笑って見てるタイプだぞ?」
「よくご存知で」
淡々と変わっていく空色。茜色に紫が混じって綺麗なグラデーション作られている。風は確かに冷たいが、その風はどこか心地良い。夕日が沈むその直前まで、二人は明の思い出話に花を咲かせた。
唯一、この二人だけが共有できる明の記憶――。
屋上には二人の笑い声だけが響いた。
◇ ◇ ◇
「……どんな……用事……だった?」
「あぁ。あいつの名前は天童優希だ」
「え!? 天童ってあの!?」
「確かおっさんの従兄弟の子供、だったか。血縁者だ」
夕月と響は、予想外の展開に驚いて言葉で出てこない。思考が追いついていないようだった。
優希の姿からはおおよそ想像できない天童の姓。予想の斜め上だったようで、黙ったまま頭の中を整理している。
楓はポケットから巾着を取り出すと、開いて中身を見せた。
「……御守り?」
「守ってくれない、曰く付きの御守りだ」
「なによそれ?」
「天童明の遺品だ。雪平静から贈られた物らしい」
「雪平静? 誰よそれ?」
楓と夕月は明と静の関係を知っているが、響は全く知らない。できるだけ簡潔に雪平静について説明していく。
響は黙って聞いていた。茶化すような事は一切せずに、真剣に楓の話に耳を傾けている。
「なるほどね。静さんは恋人だったのね」
「あぁ」
「でも、そんな大事な物……どうしてあんたに?」
「自分達が死んだジンクスを俺に断ち切って欲しいんだとよ。御守りは……嫌がらせだ。最高に縁起の悪い物よこしやがって」
「ふふっ! とんでもない人ね!」
「……楓なら……大丈夫!」
夕月も響も"縁起が悪い"などとは微塵も思っていないだろう。楓も同じで内心はそう思っている。
だが天童明という人間を思い返してみると――。
(おっさんなら本気で嫌がらせしてきそうだな。厄介な)
天国、いや地獄だろうか。明が「はっはっは!」と悪そうに笑っている絵が浮かんだ。その光景があまりに明らしくて思わず笑みが溢れる。
勝手に想像されて勝手に笑われる。ここに明がいたら本気で怒りそうだ。
(おっさんの性格なら地獄の鬼すら殴りそうだな)
「うるせえクソガキ!」と声が聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
さて、今日はクリスマスイブ、十二月二十四日だ。
終業式を終えた生徒達は、教師から「はしゃぎすぎないように」と言われても上の空だ。これから始まる冬休みに向けてそれぞれが胸を躍らせていた。
楓のクラスも例に漏れずに、教室全体からワクワクした雰囲気が伝わってくる。
皆が「何して遊ぼう?」などとレジャーの予定を組み立てている中、楓と響だけは違う。
(死ぬほど走ってやる。徹底的に追い込んでやるから覚悟しろよ? 俺の脚)
(限界まで走るわよ。目標は楓について行く事。覚悟してね? 私の脚)
ガチ二人の思考は当然のように一致しており、その異様にギラついた様子に、クラスメイト達はどう声を掛けてよいか戸惑っている。
ピリピリと周りにも緊張感が伝染していき、ついには教室内は静まり返ってしまった。
「だ、誰か話し掛けろよ!」
「ならおまえが行けよ!」
小声でひそひそとそんな会話が聞こえた頃になって、教室の入り口から一人の少女が歩いてきた。
躊躇いなく楓と響の元へ歩み寄ると一言――。
「……二人共……顔怖い……笑うと……いい…………はい……にっこり」
「ん? 夕月か」
「あ、夕月ちゃん」
「「「さすが」」」と次々に声が上がった。
「いや、冬休みだろ? 走るだろ? テンション上がるだろ?」
「同感ね。時間の許す限り走れる」
「……お馬さん」
「あ? 誰が馬だって?」
夕月は躊躇なく楓を指差し、「お馬さん」と繰り返した。
「それはあれか? おまえを背負って走るぐらいが当たり前で、馬になれって意味か?」
「……それは……たぶん……無理」
ブチっと何かが切れる音がした気がした。ブチっと。
「上等だよチビ助! ならおまえも冬休み中毎日付き合え! いいな!? おまえ一人なんて軽いんだよ!」
「……わーい」
冬休み中も楓と毎日一緒にいる権利を手にした夕月。「むふふ」と喜びの舞を披露している。
楓はというと、散々煽られてさらにボルテージが上がってしまった。これでは出走前の競走馬だ。夕月の「お馬さん」発言は図らずも的を射た。
楓と夕月のやり取りを見ていたクラスメイト達は、夕月に拍手している者さえいる。ここまで楓をコントロールできるのは現状夕月だけのはずだ。ある意味、誰もが認めるベストカップルはこの二人かもしれない。
「おい」
「……ふぁい」
楓は浮かれている夕月の頬を摘まむと、「いいか?」と念押しする。
――もしや、お馬さん作戦は失敗か?
そんな考えが夕月の脳裏をよぎる。
「朝夕二回だ。朝だけだと思ってんだろ? 甘いぞ」
「…………いえす!」
夕月は喜びを抑えきれずに、思わずガッツポーズをしてしまった。その様子をしっかりと楓に見られてしまい「しまった」と思ったが――。
「ロードワークなのに嬉しそうだな。あれか? 俺の疲れて弱ってる姿が見られそうで嬉しいのか? 残念だったな。だったらいつもより距離伸ばしてやるよ。余裕だ」
どこまでも見当違いに深読みしてしまう楓、そんな楓が夕月は大好きだ。
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