116 二人一緒のクリスマス
レビューいただいておりました。
本当にありがとうございます!
本来ならクリスマスだろうがイブだろうが、問答無用でジムで汗を流したいところだが、今日と明日は休養日とさせてもらった。
夕月との遊園地は明日であるから、今日は練習――。かと思っていたが、重要な事を失念していた事に気付く。
「って事だ」
「って事だ、じゃないですよ。まったくもう」
隣を歩く結は呆れ果てており、それでも「仕方ないですね」となんだかんだで楓の世話を焼いてくれる。
二人が向かっているのは結のバイト先であるセレクトショップだ。普段から容姿に気を遣うほどマメな性格でもないため、店に行くのはかなり久しぶりだ。
――冬服がない。
正確には、この時期に着て行けそうなのはジャージ、ベンチコートなどなど。間違ってもデートに着て行けそうな代物ではない。
だからこうして結を頼った訳である。本来なら陽が専属コーディネーターなのだが、入院中の今はそれも望めない。響に頼むなど論外なので、消去法でこうなってしまった。
店員という事もあって、楓の目から見ても結はセンスが光っているように見える。肝心の楓の目が曇っていなければの話だが――。
店の前に着いた二人は早速店内へと入った。
「いらっしゃいませ。……って君は確か神代くんだったかな? 久しぶりだねえ」
「お久しぶりです」
全然顔を見せていなかったにも関わらず、店長は愛想良く迎え入れてくれた。
「神代くんが明日デートらしくて、コスパのいい物を買いに来ました」
「そっかそっか! 若いなあ。じっくり見ていってね」
「ありがとうございます。って言っても俺は見てるだけですが」
最初から全て結に丸投げの楓の様子に、店長は「ははは」と若干笑顔が引き攣っていた。結はというと、早速色々と品定めを始めている。
「ふむ」と手にとっていたのはライトグレーのチェスターコート。ウール素材で何やら高そうな気配がした。というより、楓の目からは店内の全てが高そうに見える。
「店長これ。値札付いてないんで今日入ったんですか?」
「あー、やっぱり見つけちゃうよねえ」
「いくらです?」
「それ実はかなりお手頃価格なんだよ。一万二千円かな」
「……で、いくらですか?」
「……あーもう! 結ちゃんには敵わないな。一万円! これ以上は無理だからね?」
「店長?」
結は怖い笑顔を作りながら店長に迫っていく。顔は笑っているのに目が笑っていない。自分の勤め先で値切る豪胆さに、楓はある意味感心しながらそのやり取りを眺めていた。
「…………九千九百円! もう無理!」
「もう一声! 九千八百円!」
「…………参ったよ。参った参った! それでいいよもう!」
「ありがとうございます店長!!」
今度は心からの笑顔だったようだ。こんな顔をされてしまっては店長もたじたじで、「まったくもう」と腕組みをしながら溜息をついている。
戦利品を手にした結は満面の笑顔で、コートを楓に手渡す。
「試着すらしてないぞ?」
「大丈夫です、着てみてください。サイズ合ってるはずです」
「ふーん」と他人事のように言われるがままコートを羽織って、そのまま鏡の前に立って全身を確認した。確かにサイズはバッチリのようで、着ていて違和感もない。
「うん。やっぱり似合いますね。身長もあるしスタイルもいいので、この手のコートは試着しなくても似合うのは分かります」
「そんなもんか? てか、中に何着たらいいんだ?」
手持ちの服と相談しながら、結局は全身のコーディネートを結に任せた。来る前は面倒臭そうにしていた結だったが、一度始まってしまえば楽しそうに服を眺めていた。
「神代くん。これどうですか?」
「ん? それ女物だろ?」
「明日は何の日ですか?」
「あー、そういう事か! マジで助かった! 忘れてた!」
「色は神代くんが選んでくださいね」
明日が何の日かすっかり忘れていた楓は、間一髪結の機転に良さに救われた。さすがは結といったところか。
◇ ◇ ◇
「では、私はこれで。明日は晴れるといいですね」
「助かった。いつも悪いな」
「いえ、私も楽しかったので。気にしないでください」
そう話す結は軽く微笑んでいる。本心がどうなのかは分からないが、少なくとも嫌々ではなかったようで少し安心した。
「そういえば今更なんですが」
「ん? なんだ?」
「神代くんは私の事を名前で呼んだ事ありませんよね?」
思い返してみると確かにそうで、名前で呼んだ事は一度もなかった気がする。
「確かに。言われてみるとそうかもな」
「でしょう? いい機会なので呼び名決めておきましょう。結でいいです。今更駿河っていうのもおかしい気がしますし」
「呼び捨てでいいのか?」
「それも今更ですね。結さんとか言われたら鳥肌立ちますよ」
「それもそうだな。じゃあ結で」
「はい」
改めて名前を呼ぶのはどこか恥ずかしく、何か他の話題がないか考えていたら一つだけ思い出した。文化祭の日、慧が帰り際に結に何かを話して、その途端に結の顔が真っ赤になった事だ。
あんなに慌てた様子の結は初めて見たため、かなり印象強く記憶に残っていた。
「文化祭の日。慧に何を言われたんだ? 顔真っ赤だったぞ?」
「え!? えーと……ひ、秘密です!!」
――またあの顔だ。
キョロキョロと目が泳いでおり、その慌て方は結のイメージからはかけ離れている。普段の冷静沈着な駿河結はそこにはいない。
「そうか。でも何か良い事だったんだろ? よかったな」
「――はい」
俯いたまま結は小さく返事を返す。今にも火が出そうなほど真っ赤になった顔は、見ているこっちが恥ずかしくなってしまいそうだ。
散々色々な事で迷惑をかけている結なので、「幸せになって欲しい」と素直に思える。慧と何か進展があったのだろうが、それを無理矢理聞き出すのは野暮だろう。
「何かあったら話してくれ。俺が手伝える範囲なら手を貸す」
「はい。ありがとうございます」
恥ずかしそうに顔を上げた結は、無理矢理作った不自然な笑顔だったが、それでも綺麗にお辞儀をして見せた。
◇ ◇ ◇
「さて、行くか」
身支度を整えると、念のため鏡で全身を確認する。
(……よくわかんねえな。まあ結を信じるか)
着慣れないコートに違和感を覚えるが、そこは結を信用するしかないだろう。
戸締りを確認すると足早に夕月の家へと向かう。
家の近くまで来たら、前方に夕月の姿が見えた。何やら面白い動きをしていたのでしばし観察する。
最初はその場でシャドーを始めた。教えた左をひたすらに繰り出しており、表情はニヤけて締まりがない。
少ししたら飽きたのか、手荷物から手鏡を取り出すと、ニヤリとしたり真顔になったりを繰り返している。不審な動きだ。
それにも飽きたようで、何か思い付いたようにポンと手を叩くと、今度は交換日記を取り出して壁を背に何やら書き始めた。
書いている内容が気になったので、バレないように静かに背後から近付く。
『観覧車は最低でも二周。メリーゴーランド二回。ジェットコースターNG、お化け屋敷で抱き着く』
「……忘れぬ……ように……書いて……おかねば」
「何をやっているんだおまえは」
「――っ!!」
夕月は勢いよく振り向くと、急いで交換日記をしまった。
「……おはよう」
「よう」
「……では……行こう」
「待て」
「……な……なに?」
「交換日記見せろ。俺が預かる。ちょうど俺が書く番だっただろ?」
「……後で……手直し……するから……ダメ」
(嘘つけ。さっきのやつ後で消すだけだろうが)
「気にしなくていい。さあよこせ」
「……断る」
「断るのを断る」
「……断るのを……断るのを……断る」
無言で見つめ合う楓と夕月。
「いいから見せろ! 何やらやばい事書いてたじゃねえか!!」
「……うぎぎぎ!」
楓と夕月の初クリスマスデートが幕を上げた。
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