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107 闇夜の中、決着

少し長くなってしまいました。

 時刻は二十一時。


 楓と夕月は某スーパーマーケットの跡地、かなり狭い第二駐車場にいる。すでに閉店しているため駐車場は荒れ放題で、照らす明かりも幾つかの街灯のみで薄暗い。周囲に大きな道路もなく人通りはない。不気味なほどの静けさだった。


 この場所と時間を指定してきたのはキツネ目の男、金田だった。


 捨てアドレスを作ったうえで、夕月から金田にメールを送信したのだ。


『一度会って話がしたいです』


 これに金田はすぐに食いつく。そうして指定されて今ここにいる。金田にとって大きな誤算は、夕月の隣に楓がいる事かもしれない。


 深夜に人気にない場所に呼び出す時点で、金田の思考回路が透けて見えるようだ。無理矢理にでもいかがわしい事をするのは考えるまでもない。気持ち悪すぎて反吐が出そうだ。


「悪い。おまえを巻き込んで」

「……私にも……関係してる……から」

「色々と手は打ってる。絶対におまえは危険な目には遭わせない」

「……大丈夫……怖くない……よ? …………楓が……いる」


「それに」と夕月は僅かにはにかみながら続ける。


「……少し……役得…………するの……久しぶり……だし」

「あぁ、そうかもな。今日は遠慮しなくていいぞ」


 話していると近付いてくる足音が聞こえる。建物の脇から現れた大柄な男、金田だ。


 夕月の隣にいる楓の姿に気が付くと表情は一変し、怒りからか身体は小刻みに震えていた。


「もしかして、とは思ったけど。神代楓!! 邪魔者が!!」

「は? 邪魔なのはおまえだろうがウスノロ」

「僕の夕月ちゃん………僕の夕月ちゃんに!!」

「この妄想変態野郎が。夕月が好きなのは俺だけだ。残念だったな諦めろ」

「ふ、ふざけるなあぁぁ!!!! 僕が一番夕月ちゃんを知ってるんだ!! ずっと見守ってきたんだ!!」


 金田の叫び声を無視して楓は夕月の正面に立った。じっと見つめてくる美少女の顎にそっと触れる。夕月は静かに瞳を閉じると、顔を少し上に向けたまま楓を待つ。


 ゆっくりと唇を重ねると、そのまま優しく舌を絡めていく。時折「んっ」と溢れる声は妖艶で、金田を激昂させるには十分な光景だった。


「……楓……もっと……ん……」

「や、やめろぉぉぉ!!!!」


 金田は巨体を揺らしながら迫ってくる。


「--っ!! 夕月!! 離れてろ!!」

「かみしろぉ!!!!」


 金田は右手を大きく振りかぶると、そのまま楓の顔面へと打ち込む。まともにパンチを受けた楓は身体ごと吹き飛ばされ、口の端からは血が垂れた。


「はっ! おまえ柔道やってんだってな!? 効かねえよこんなゴミパンチ!」

「死ねぇ!!」


 怒りに任せて金田は次々に楓に打ち込んでいく。そのパワーは凄まじくガードごと吹き飛ばされてしまう。何回かまともに顔にもらってしまい、視界がぐらぐらと揺れ始めた。


(単細胞が。柔道家が打撃ばかりでどうすんだ)


 楓にとって一番怖いのは掴まれて投げ飛ばされる事だ。受け身不可に体をかぶされたのならひとたまりもないだろう。ましてコンクリートの地面だ、死んだっておかしくはない。


 だからこれ以上ないぐらいに煽ってやったのだ。怒りに任せて拳を振るように誘導した。


「--っ! なあ! 夕月の唇の感触知らねえだろ!? ははっ! かわいそうにな!」

「こ、こ、殺す!!」


 金田は右手を大きく振りかぶると楓の顔面へと打ち込んでいく。明らかに人の頭蓋を割れる威力だ。


 だが楓にはそんな大振りなパンチなど止まって見えており、インパクトの瞬間に首を捻り、そして後方に飛びながら威力を逃がす。派手な傷が増えて流血も目立ってきたが、見た目ほどのダメージはない。


「って訳でだ。()()()()? 夕月!」

「………ばっちり!」


「な、何を!?」と金田は口をパクパクとさせていた。


「痛えなクソが! バカ力でガンガン殴りやがって!」


 楓は脱力しながら無造作に金田の前に立つ。両手にはバンテージが厚めに巻かれており、戦闘準備は既に整っている。


 首をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりと拳を上げた。

 

「ラウンド2だ!! 覚悟しろデブ!!」


 動揺している金田などお構いなしに、左ジャブを打ち込む。もらう度に金田の頭は僅かに揺れている。距離をしっかり測って踏み込むと、右ストレートを顎目がけて打ち込んだ。正真正銘楓の全力だ。


 まともにもらった金田は、それでも倒れずに立っている。とはいえ膝は震え、ダメージは見るからに甚大だ。


「タフじゃねえか。おら、まだまだ行くぞ?」


 パンチをもらう度に金田の身体は揺れる。時折やり返そうとしてくるが、それも全てカウンターで強打を返す。左のボディをまともに入れたところで、ようやく金田は片膝を地面についた。


「かみしろぉぉぉ!! おまえさえ、おまえさえいなければ!!」

「知るかよ。死ねデブ」


 追いうちをかけようとした、その時だった――。


「楓!!」


 夕月の声に反応して、すぐに楓は後ろを振り返った。そこにいたのは巨体のもう一人の男。不意打ちのパンチをギリギリで躱す。


「出たな。金田二号!」

「兄さん!!」


 兄の金田剛志、弟の金田雅樹。金田は双子だった。


 陽のピースサインはそれを必死に伝えようとしていた。楓もすぐに分かった訳ではないが、屋上で先輩達の話を聞いて確信したのだ。


 そしてもう一人の金田、兄のほうの剛志の目的も察している。


「なんでおまえらが陽を襲ったか。弟は夕月で兄は響だろ? このクソ共が!!」


 楓がいない時も陽と響は視線を感じたと言っていた。つまりそれは兄の剛志のものだった。


 兄弟揃って陰湿なストーカーを繰り返し、結果として陽はこの狂った兄弟の犠牲となった。


「さっさと二人でこいつやっちまうぞ。その後でゆっくりその女犯せばいいさ」

「うん! 兄さん!」


 気持ちの悪い会話が続いている。夕月は少し離れたところでガタガタと震えていた。


「夕月、心配するな。こっちも()()()()いるからよ」


 その楓の一言を聞いていたのだろう、建物の影から気怠そうに現れたのは結だった。


「女性をこんな修羅場に連れてくるとか。はぁ……まったく」

「じゃあ予定通り兄の方の足止め頼むぞ」

「わかりました。疲れるので早く合流してくださいね」





 ◇ ◇ ◇





「頼みがある」

「……神代くんの頼みですか。嫌な予感しかしないんですが」


 楓は諸々の事情を包み隠さず結に打ち明けた。結は終始呆れたように耳を傾ける。


「で、双子の片方を私に足止めしてほしいと?」

「あぁ」

「なぜ私ですか? もっと頼りになる人はいるでしょう?」


 結は不思議そうに楓を見つめている。だが結に頼むのにも理由があった。


「ジムの人達には頼めない。かと言って他にアテもない」

「……そもそも危険すぎますよ。やめてください」

「それはできない。陽がやられた」

「え!? 藍原さんが!?」

「あぁ。だから俺は一人でもやる」


 結は視線を落としてしばし考えている。楓とて女性に頼むのはおかしいとは思っていた。だが結しかいないとも思った。


「怪我した脚。完治してるんだろ?」

「……気付いてましたか」

「ほぼ毎日一緒にいるんだ。分かるに決まってるだろ」


 "蝶のように舞い、蜂のように刺す"という名言がある。かつてのヘビー級チャンピオン、モハメド・アリの言葉だ。


 そのイメージに楓は結を重ねた。閃光のような左はまさに芸術で、センスだけならきっと弟より上だと確信している。おまけに結は目がいい。楓のパンチですら止まって見えると言っていた事がある。


 巨体で鈍足の柔道家など、触れる事すら叶わないだろう。ただ距離を取られて一方的にやられるだけだ。


「まったく……久しぶりに全力でやれそうなのは少し嬉しいですが、ですが男性相手なら()()ですかね」


 結が取り出したのはメリケンサックだ。「護身用です」と笑っていた。


「護身でメリケンサック持ってる女なんていねえよ」

「目の前に居るじゃないですか」


「貸しが増えますね」と結は結局承諾してくれた。





 ◇ ◇ ◇





「凄え……」


 思わず溢れた言葉は結への賞賛だ。結はすでに兄の剛志を見下ろしていた。剛志はフラフラした足取りで立ち上がろうとしているが、バランスを崩してそのまま大の字で倒れている。


 左ストレート一閃。


 剛志の右を難なく避けた結は、そのまま真横に移動して顎の先端を撃ち抜いた。


 メリケンサックの先端に集約された力は、光速のパンチと合わさって相手の脳を激しく揺らす。剛志の身体の自由をいとも簡単に奪ってしまった。


「神代くん、そっち早く終わらせてくれますか? この人もすぐに回復します」


 だがやはり女性の拳で、大柄な男の意識を刈り取るのは難しい。あくまで結は足止めにしかならない。


「って事だ。おら、行くぞクソ野郎!」


 何度もパンチを入れるが、それでも倒れない。段々と楓のスピードにも慣れてきたようで、腕を掴もうとしてくる。


(ちっ、パンチ見せすぎたか)


「どうしようか」と思っていたところで結が叫んだ。


「神代くん! スイッチ!」


(あぁ、そうか!)


 楓は左脚を後方に下げると、サウスポースタイルをとった。


「どうした神代!! 怖くなって退がったのか? じゃあ僕の番だ!!」


 楓がなぜうるさいぐらいに結に左を注意されるのか。それは楓の特性にあった。


 両利き。これがボクサー神代楓の特殊性。


 なるべく左ジャブは力を抜くように心掛けているが、それでも利き腕のために余計な力が入ってしまう。それは散々結にも注意されている。


 左フック、左ボディ、左ストレート。慧でさえ一撃でダウンを奪われたのは理由がある。利き腕のパワーなのだ。その左の威力は通常の右利きボクサーのそれとは桁が違う。


 そして今この場面。サウスポースタイルにしたのは相手を懐まで引きつけるため。「強打はない」と無防備に近寄ってきたところに、引き絞った左ストレートが打ち込まれる。それは雅樹の想像を超える威力だった。


 まるで交通事故に遭ったかのように一回転して、そのまま意識を失った。大の字の巨体は雷に打たれたように痙攣している。


「神代くん。い、生きてますかねその人?」

「呆れるぐらいタフだったからな、余裕だろ」

「ま、雅樹ー!!」


「さて」と楓は額の血を拭いながら剛志へと近付いていく。


「く、来るな! 化け物!」

「よう。大丈夫か? 膝ガクガクだな」

「近寄るな!」

「てめえもぶっ飛ばしてやりてえところだが、交渉だ」

「交渉?」

「あぁ、選択肢をやる」


 じきに警察はこの兄弟を逮捕するだろう。結のパンチがあまりに鋭い切れ味だったため、兄の剛志は無傷に近い。問題は弟のほうだ。異常なタフネスだったため入院はあり得ないだろうが、それでも警察には追求されるだろう。


 だから選択肢を与えた。


 ① 雅樹は楓にやられたと警察に証言する。


 この場合は夕月の撮っていた動画を元に、楓は正当防衛を主張する。人を殺せる勢いで一方的に殴られている動画だ。いうまでもなく正当防衛は成立する。楓がやり返した傷も、雅樹がタフだった事もあり重症には程遠い。


「ま、俺はまだプロでもねえしな。必死に無実を訴えるさ。あっても停学ぐらいが妥当だろ。ちなみにこの場合、動画はありとあらゆる方法を使って拡散する。ついでに新聞社にでも売ってやれば、おまえは家族諸共終わりだ」


 ② 雅樹は楓にやられてはいないと証言する。


「俺はこっちがオススメだ。女を取り合って兄弟喧嘩にでもなったと言えばいい。そうすれば、とりあえずおまえら兄弟は陽をやった罪だけになるな」


 説明をし終えた楓は、剛志の髪を鷲掴みにして話し続ける。


「ちなみに、だ。①を選んだ場合はてめえもボコボコにする。本音で言えば俺はおまえら兄弟どっちも殺してやりてえんだ。今後夕月や響に関わった場合も……分かるな? 動画の拡散どころじゃねえぞ? 地の果てまで追い詰めて……」


「殺す」と静かに呟いた。


「よーく考えて選べよ?」

「うう…………分かった! ②だ! ②にするから! 勘弁してくれ! もう女達にも近寄らねえよ! 弟にも言い聞かせる! 俺の命に代えても従わせる!」

「分かってくれてよかった」


 鷲掴みにしていた手から力を抜いた。剛志は力なくその場にへたり込む。楓は強く踏み込むと同時に右ストレートを寸止めした。


「重ねて言うぞ? 約束を破ったら殺す。大袈裟な表現じゃねえぞ? 理解したか? 理解できたら弟連れてさっさと帰れ。二度とその面見せるな」


「行け!!」と言う楓の怒号が飛ぶと同時に、兄弟は逃げるようにその場を去った。


「まるで悪役ですね……ドン引きです」

「……楓」

「は? 何を今更」


「俺は善人じゃねえぞ?」と言うと、夕月も結も口を開けたまま呆れていた。

よろしければ下記から評価PTをいただけますと嬉しいです。


モチベがそれぐらいなので......(笑)

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