103 後夜祭
間に合いましたのでひっそりと更新です
「なるほど……話は分かった。対処もそれで正解だろう」
生徒指導室で楓とあずみはテーブルを挟んで向かい合っている。当初はいつも通り楓の現状報告で歓談していたのだが、急に真剣になった楓の様子に、あずみも真剣なそれへと変わる。
あずみは沈黙したまま、度々コーヒーを口に運んでいる。夕日が逆行となって楓の顔を照らし、その眩しそうな素振りを見て立ち上がる。ゆっくりとカーテンを閉めていった。
「おまえより体格がいいうえに耳が潰れていた、と」
「はい」
「危険だな」とあずみは呟いた。
「とにかく、危ないと思ったらすぐに逃げろ。逃げる事は恥じゃない、防衛手段だ」
「………………はい」
「まったく。少しは感情を隠す努力をしろ」
楓は逃げるつもりなどなかった。「襲われたのなら迎え撃つ」。最初からそのつもりで、その考えを変えるつもりもなかった。相手はきっと話など通じるはずもなく、ただ逃げ回っていても後手後手へと先延ばしにするだけで、むしろ最終的には悪化しそうな気さえしている。
--叩くべき時に叩く。
今回に関しては楓はこの考えを変えるつもりはない。
そんな楓の感情を汲み取ったのか、あずみは「やれやれ」といった様子で溜息を一つ。
「やりすぎてはダメだぞ? 正当防衛になるだろうが、私がかばいきれないところまでは行くな。理想は拘束だけして警察に通報だ。私に連絡してくれてもいい。まだプロではないといえ、その拳はあくまで凶器だ。それを忘れるな」
「ありがとうございます」
「なに気にするな。それにしても柔道、レスリングの類か……。危険すぎるな、本当に無茶はするなよ」
あずみに一礼をすると生徒指導室から出た。
ふと窓から外を見ると既に陽は落ちており、校庭の中央でキャンプファイヤーのようなものが紅く燃えている。今日は文化祭の最終日、後夜祭を楽しむ生徒達が炎を囲んで踊っている。
(…………)
素直に楽しむ気にはどうしてもなれず、楓は一人教室へ向かう。窓から眺めているだけで十分だと思った。
予想通り教室の電気は落ちていて、暗闇が広がっている。電気は点けずに窓際へと近寄って行く。校庭の炎の灯は足元を照らすぐらいには明るい。窓に手を当てながら外を眺めていた。
息が当たったガラスは白く曇っている。夜は寒いと感じる季節になった。
ガラス一枚を隔てて聞こえてる陽気な音楽、どこかで聞いた事がある気がするが、曲名は思い出せない。
(……後夜祭、か)
楽しそうな生徒の笑顔、笑い声――。その輪の中には教師達も混じっている。非日常の喧騒は不思議と煩わしさを感じない。
こういった学校行事とはずっと無縁だった。いや、積極的に関わろうとしなかった。
昔、明に言われた事がある。
『おいクソガキ。何でおまえはいつも辛気臭い面してんだ? 楽しめよ、もっと色々と』
その言葉の意味は今なら少しだけ分かる。もっと早く気付いていれば、もう少し現状は変わっていたのだろうか。視線の先で紅く燃える炎は切ないぐらいに美しい。
「楽しめ、か……」
パーン!! パーン!!
突然の破裂音と共に、教室の電気が点いて明るくなった。
「文化祭おつかれさまー!!」
「「「おつかれさまー!!」」」
見れば、クラスメイト全員が揃っていた。目を見開いて驚く楓に陽が近寄っていく。
「一人でなーにやってんだよ楓!!」
「陽? つーか何だこれ?」
クラスメイト達は皆笑顔で、あずみもそこに立っていた。
「いやさ、多分楓は校庭には来ないだろうなーって皆で話してた訳よ。でもさ、せっかく皆で頑張った文化祭だろ? だからおまえを巻き込もう! ってなった訳だ」
「それにさ」と陽は捲し立てるように話し続ける。
「楓が今回のMVPだろ? 主役がいないなんてあり得ないだろー?」
「俺は何もしてねえだろ」
泉が笑いながら近寄ってきた。
「神代くんは今回一番頑張ってくれたわ。胸を張っていいと思う。あなたを怖がる人はこのクラスには誰もいない」
「……」
「駿河さんとの一戦を見てね、皆感動したのよ? 神代くんがどれだけ努力していて、どれだけボクシングに懸けているのか。無口で無愛想なのも個性よ。あなたのひたむきさは皆もう理解できているわ」
ゆっくりとクラスメイトを見渡す。皆が楓を見ており、その視線には負の感情など感じられない。
どう応えていいのか分からず、楓は視線を下に落とした。そんな楓を覗き込むように下から見つめる美少女が一人。
「……楓……照れてる?」
「照れてねえ。何でおまえがここにいるんだよ。クラス別だろ?」
「……むー!」
夕月は楓の首に両腕を回すと、正面から力一杯抱きしめる。振り解こうにも、何故か力が入らない。
「神代、よかったな。こんなにもおまえを理解してくれる人が増えた」
「……」
周りに人が増えていっても、それは煩わしいだけだ。夢を叶えるのは自分であって、そこに他者の力は必要ない。ずっとそう思っていた。つい最近までは。
明の家に行って明と静の話を聞いて。それをきっかけとして楓の中で溶け始めた氷は、周りで支えてくれる人達の温かみで甘やかに溶けていく。ゆっくりと、ゆっくりと――。
「実際に戦うのは俺一人で」
「あぁそうだな。だが皆はおまえを応援する」
「辛いのも苦しいのも俺だけのもので」
「あぁそうだ。皆がおまえが努力しているのを分かっている」
「…………馬鹿野郎ばかりだ」
「私から見れば神代、おまえが一番大馬鹿者だ」
あずみの一言に、教室内はどっと笑いに包まれる。
「さぁ!! それでは皆さん、私達のクラスの後夜祭は今からです!! なんと、あずみ先生から差し入れもいただいています!! 時間の許す限り楽しんでください!!」
泉の一言を合図に大宴会が始まった。先ほどまで眺めていた楽しそうな人の輪。今はその中心に楓がいる。
「ほら、なに辛気臭い面してんのよ! 色々心配事もあるだろうけど、楽しみなさいよバカボクサー!」
「うるせえ、分かってるよゴリラ女!」
クラスメイト達は、今まで聞きたかった事を一斉に楓にぶつけてくる。
――どうしてボクシングを始めたのか。
――目標は?
――夕月とは何がきっかけで付き合うようになったのか。
――夕月の好きなところは?
可能な限りで、楓なりに丁寧に質問に答えていく。クラスメイト達が納得できたのかはわからない。だが、笑顔が絶えない皆を見ていると、不思議と「あぁ伝わったか」と思えた。
◇ ◇ ◇
後夜祭を終えて、その後に河川敷で花火をした。時刻は午後九時を回ったところだ。
楓、夕月、陽、響の四人は揃って帰路についた。ここで陽から思わぬ提案が。
「なぁ楓! 明日って祝日なんだぞ!」
「そうだな、それがどうした」
「もう時間も遅いしさ、せっかくだから皆で楓の家に泊まr……」
「断る」
「えー! いいだろー! 明日休みなんだし! 明日の朝とか皆でロードワークしようぜー?」
「急に言っても夕月も響も都合があるだろうが」
夕月と響はそれぞれ手元のスマホを操作している。どうも嫌な予感しかしない。
「うん! おっけー! 私も泊まるわー!」
「……もちろん……おーけー……だ」
「マジかよ」
「よし、決まりだなー!!」
「コンビニ寄ってくわよ!」とノリノリの響に陽も夕月もついていく。
大きく息を吸って、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。ふと見上げた頭上の星空は、呆れるぐらい綺麗で雲ひとつない。
澄んだ空気の中で煌めく星空を眺めていると、悩んでいる事でさえバカらしくなりそうだ。
前方にはじっと楓を待っている夕月がいる。美少女の笑顔は星空に負けず劣らず美しかった。




