102 苦手なものは苦手です
「へぇ、金魚掬いに射的とか色々あるんだな」
縁日の再現度はなかなかのものだ。加えて太鼓やお囃子の音も聞こえてくるため、思った以上にお祭りの雰囲気が出ている。
客層も多様で、その中でも親子連れは特に多いように感じた。子供に金魚掬いは大好評らしい。
「金魚足りるのかアレ」
「……金魚さんは……リリース」
持ち帰りはできないらしく、金魚は掬ったら元に戻す決まりのようだ。確かにそれであれば金魚の補充は必要ない。もっとも、何度も掬われる金魚には同情するが。
浴衣に身を包んだ生徒達は皆楽しそうだ。嫌々接客してる者は誰一人としていない。
「で、おまえは何を担当してんだ?」
「……あれ」
指差した先には"型抜き"の看板だ。以前お祭りで楓は夕月に惨敗しており、苦い記憶が蘇る。
「おまえ無駄に得意だよな」
「…………失礼な」
そうこうしていると、浴衣姿の女生徒がパタパタと駆け寄ってくる。見た事のない女子だ。
「神代さんも来たんですね!」
「あぁ、ってか誰だおまえ」
「酷いですね。凪ですよ、青柳凪!」
「あぁ、今日は女装してんのか」
「こっちが素ですよ!! もう!!」
夕月と同じクラスなのは知っていたが、男装姿の凪しか見ていないため、女子の姿には違和感がある。実際目の当たりにすると、紛れもない美少女で少し驚いた。
楽しそうに会話をしている二人が気になったらしく、夕月は楓の服の袖を引っ張っている。
「……放置……ダメ」
「別に放置してねえよ」
「夕月さんは神代さんが大好きなんですね」
「……うむ」
夕月の発言に驚いたのは楓ではなく、聞き耳を立てていた周りの女子生徒達だ。にわかに騒がしくなったのは気のせいではないだろう。
夕月が隣にいれば、声を掛けてくるような鬱陶しい女子はいなくなった。夕月の姿を見て絶望したように顔を引き攣らせていた。あり得ないレベルの美少女と自身を比較したのだろう、少しだけ気の毒ではある。
夕月に引っ張られるように出店へと向かっていく。最初は勿論――。
「おい」
「……む?」
「型抜きはやらねえ、イライラするんだあれ」
夕月は口元に指を当てながら少し考えていた。
「……わかった」
「おう、悪いな」
「……逃げるのも……戦略」
「……待て、なんて言った今」
「私も得意なんですよー型抜き! 楽しいですよね!」
「……凪ちゃん……上手…………楓より」
「気が変わった。かかって来い男女」
「女です!!」
夕月と凪は「よし!」とガッツポーズをしている。この二人の態度が火に油を注いだようで、楓は一瞬で沸点、戦闘モードへと変化する。
「……では……これを……どうぞ」
店員の夕月から楓と凪は、それぞれ板状のお題を手渡された。図柄は"団子"。公平になるように二人とも同じものだ。
「……スタート」
画鋲を手に取った楓は、すぐさま板に画鋲をぶっ刺す。秒で板は真っ二つに割れた。ちなみに凪はまだ画鋲を持ってすらいない。
「夕月、おかわりだ」
「……そういう……ゲームじゃ……ない」
「これはハズレのやつだったんだ。一撃でKOとか軟弱すぎるだろ」
「はは……」
「……わがまま」
楓は新たな板を受け取る。夕月の手元を見ると残機はまだまだありそうで、「これならいける!」と思った。ようは成功するまでやればいいのだ。
楓が四枚目を破壊した頃になって、隣の凪は小さく声を漏らした。
「で、できました」
串に三つの団子が刺さった絵は、余分な贅肉を落として綺麗にくり抜かれていた。凪は少し申し訳なさそうに楓へとそれを見せる。
「……」
「……」
無言で見つめ合う楓と凪。
「……凪ちゃんの……勝ち」
「や、やったあ! でいいんですか?」
「おう喜べ、運が良かったな」
楓は夕月に百円玉を渡す。夕月は呆れるように溜息をついて、新しい型を手渡した。
「第二ラウンドだ」
「え? まだやるんですか?」
「それは、何回やっても結果は同じだ、って意味か?」
「うわぁ面倒くさい人だ」と凪は若干引き気味だ。とはいえ、楓もここまで来たら止められない。というか単純に悔しい。
結果から言うと楓の惨敗だった。
ちまちました作業は絶望的に向いていないようで、途中から「カッターでもいいか?」とやってみたが、それでも型は当然のように真っ二つだ。
「……もう……お団子……ない」
「くそっ!!」
「ま、まぁ向き不向きがありますから」
「……楓……元気……出して」
うなだれる姿を不憫に思ったのか、夕月は「よしよし」と頭を撫でてくる。負けたうえにこの仕打ち、屈辱である。
楓の復讐リストに青柳凪が追加された。「来年こそは」と思ってみても、そもそもクラスも変わっているだろうし色々と望みは薄い。
「来年の夏祭りだ」
「は、はい?」
「おまえら二人とも覚悟しとけよ?」
「「…………」」
夕月と凪はただ苦笑いをするしかなかった。
◇ ◇ ◇
文化祭一日目はこうして終了した。
楓の両親は仕事が忙しかったらしく、結局最後まで姿を見せなった。来ても騒がしくなるだけなので、楓の心情的には来なくてよかったと思っている。
クラスの片付けを手伝いながら、陽と響に話し掛けた。二人とも気怠そうに顔だけ楓のほうを向ける。
「よう。おまえら今日はこの後用事あるか?」
「クラスの連中にカラオケに誘われてるけど。楓も行かない?」
「行くわけねえだろ。ちょっと話がある」
楓の表情を見て二人は何かを察したのか、少し間を置いてから響が口を開く。
「……カラオケは私はパスしとくわ」
「俺も止めとこうかな。楓に付き合うよ」
「悪いな」
「いいわよ別に。やばいの?」
「あぁ。詳しくは後で話す」
例のキツネ目の男が気になる。楓自身を狙っているのなら、それはいっこうに構わないが、周りの人間を巻き込むというのなら話は別だ。
あの男は前触れもなく突然殴りかかってきたのだ。それだけでも常人からかけ離れている。
--何が起こっても不思議ではない。
楓の中で鳴り続ける警鐘は、決して気のせいなどではない。あの下卑た笑顔は悪意に満ちていた。
◇ ◇ ◇
夕月を迎えに行くと四人は揃って帰路につく。途中で楓の家に寄る事を提案すると、三人は若干不思議そうにしていたが承諾してくれた。
「とりあえず入ってくれ」
「お邪魔しまーす!」
慣れた様子で夕月はお茶を用意しに台所へ行く。その間に陽と響にキツネ目の男について説明していった。
「あんたが一発で吹っ飛ぶような力。やばすぎるわね」
「あぁ。あれは何か格闘技をやってる奴の身体だ。しかも頭のネジが飛んでる」
「楓がそこまで言うのか……やばいな」
実際の喧嘩になった時、勝敗を分けるのは躊躇しない事だ。あるいは残虐性とでも言えばいいだろうか。キツネ目の男は躊躇など一切しないだろう。
自身が満足するまで壊し続ける。
そんな奴に陽や響を巻き込むのは容認できない。
「耳が潰れていた。柔道か……それともレスリングか。いずれにしろ凶悪だ」
「目的が見えないって不気味ね」
夕月が淹れてくれたお茶を口に運びながら、響はじっと楓を見ながら話を続ける。
「おまえら二人もしばらく俺と一緒にいてくれないか。カップルの時間を奪ってるようで悪いが」
「いいわ。なるべく登下校もあんたに合わせる」
「了解! でも楓心配しすぎじゃないか?」
--心配しすぎなどではない。
楓が一番恐れているのは、自分の手の届かないところで三人が襲われる事だ。ナンパなんて生易しいものではない。対処できるのは恐らく楓だけで、陽や響でもまったく相手にならなくて--。その確信があった。
「あずみ先生にも話しておいたほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。明日話しておく」
「キツネ目に団子鼻、身長は楓より高い、と。よし! 見つけたら全力で逃げよう響!」
「あんたねえ。「俺が守る」ぐらい言いなさいよ!」
「だって俺より響のほうが強いじゃん……」
陽が明るくて助かった。重い空気は霧散し和やかな空気へと変わる。響と陽の痴話喧嘩を見ていると不思議と落ち着いた。「話してよかったな」と思った。
「……私は……これが……ある!」
夕月はドヤ顔で楓の背中にジャブを打っている。以前楓が教えたものだ。
「あぁ、そうだな!」
わざとらしく夕月頭を乱暴に撫でると、嬉しそうに身を委ねてきた。
(おまえらは俺が守る)
楓は心の中でそう誓った。




