↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

旅立ちの朝(5月19日)②



 天井の高い食堂に、眩い光が差し込んでいた。今日は、普段よりずっと賑やかな朝食の席だ。すでに嫁いだセレスティアの姉君たちが、里帰りをしていた。


「ティア、少し顔色が悪いわね」

 

「……そんなことありませんわ」

 

 長女のユノが、セレスティアの頬に触れた。

 

「緊張してるのかしら?ほら、ちゃんと食べなさい」

 

 次女のルミリアが、セレスティアの好物である苺を勝手に分け与えている。

 

「もう、お姉さま方ったら。わたし、もう子どもじゃないんですよ」

 

 セレスティアは眉を顰め、姉君たちを睨みつけた。

 

「まだ18歳でしょう。十分子どもよ」

 

 大きな笑い声が上がる。クラウスが昔話を持ち出しては、セレスティアが顔を真っ赤にして「昔の話よ!」と抗議している。その微笑ましい風景を、窓際に立って眺めていた。


 旦那様は言葉数少なく、何度も紅茶に口をつけていた。奥様は、カップに何度も手を伸ばしては引いていた。二人とも、あたたかい眼差しで笑い合う子どもたちを見つめていた。


 誰も、口には出さなかった。この縁談が、断ろうと思えば、断れたことを。旦那様は「断ってもいい」と、確かにセレスティアに告げていた。それでも彼女が頷いたのは、領地が潤うことを願ったからだ。


 きっかけは、二年前だった。


 このアシュレイン領でしか採れない星涙石(せいるいせき)が、我が国の重要なエネルギー源である光石と、同じ力を秘めていると判明したのだ。星涙石は、星の涙が地に落ちて石になった、という古い民話が由来だ。星のように、光を纏う白い石。信仰の対象でしかなかったそれが、領地の収入と雇用を支える資源になる。アシュレイン家は、領民の暮らしが豊かになると大いに喜んだ。


 しかし、どこから漏れたのか、モルディエ家がいち早く目を付けた。まだ嫁ぎ先の決まっていなかったセレスティアに、長男ライナルトとの縁談が申し込まれたのだ。


 光石の採掘で名を上げたモルディエ家が後ろ盾につくのは、アシュレイン家としても心強かった。ただ、金儲けに関しては一流の家だが、良い噂は聞かなかった。


 旦那様は、セレスティアに対して後ろめたさを感じているようだった。家族全員の愛情を一身に受けた末っ子なのだ。無理もない。


「ティア、手紙を書いてね。毎週よ」


「毎週ですか?お姉さまだって、ほとんど書いてくださらなかったのに!」


「もう、まだそれを言うのね」


 再び、笑い声が部屋に響く。セレスティアも、いつも通りの屈託のない笑顔を浮かべている。

 紅茶のおかわりを注ぐために、近づいた時だった。彼女のカップを持つ指先が、微かに震えているのに気づく。


「……失礼いたします」


「ありがとう、セオドア」


 視線が絡む。悟られないようにカップを置き、彼女の方が先に逸らした。自分も、気づかぬふりをして給仕を続けた。


◇


 食後、身支度の仕上げのために、セレスティアの部屋へ向かった。扉を開けると、鏡台の前に座る彼女の髪が、丁寧に結い上げられていた。担当のメイドが、最後に白い花があしらわれた髪飾りを挿し、部屋を出ていく。


 セレスティアが立ち上がり、こちらを向いた。素直に、美しいと思った。それから、その髪を解くことも、梳かすことも、二度とないという事実に胸が軋んだ。

 自分が手入れしてきた髪を、違う男が指先で掬うのだ。髪だけではなく、身体も心も、全てを。


「……セオドア?変じゃないかしら」


 彼女の言葉に意識を戻す。


「もちろん。よくお似合いです」


 それ以上の言葉は、自分が向けるべきではない。


 沈黙が二人を包む。揺れていた藤色の瞳が、ゆっくり窓辺に向いた。


「ねえ、セオドア」


「なんでしょう」


「庭の薔薇、まだ咲かなかったわね。見たかったわ」


 庭師が毎日手入れしていた薔薇は、まだ蕾のままだった。彼女の瞳と同じ色の花が、咲き誇る予定だった。


「そうですね、あと数日くらいでしょうか」


「……きっと、綺麗に咲くわよね」


 彼女は小さく笑い、指先を絡ませている。


「はい。庭師のヴェールが、世話しておりますので。見事に咲くと思います」


「ええ、そうよね」


 いつも通りでいて、どこか落ち着かない会話。それでも、セレスティアは満足したように、深く息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。