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灯る、火




 チガヤは、最初(さいしょ)にサクを見(み)た時(とき)、素直(すなお)に思(おも)った。



(きれいな子(こ)だな)



 それが第一印象(だいいちいんしょう)だった。


 背(せ)が高(たか)く、手足(てあし)もすらりと長(なが)い。



 兵(へい)の中(なか)で最年少(さいねんしょう)のチガヤは、背(せ)も低(ひく)い。


 年上(としうえ)の兵(へい)たちに囲(かこ)まれているせいもあって、自分(じぶん)が小(ちい)さいことはよく分(わ)かっていた。



 だから余計(よけい)に。


 澄(す)んだ青空(あおぞら)へ真《ま》っ直(す)ぐ伸(の)びる若木(わかぎ)のようなサクの姿(すがた)は、自然(しぜん)と目(め)を引(ひ)いた。


 けれど。


 その恵(めぐ)まれた体躯(たいく)に反(はん)して、サクは肩(かた)を内側(うちがわ)へすぼめ、息(いき)を潜(ひそ)めるように身(み)を小(ちい)さく縮(ちぢ)めていた。


 暗(くら)い顔(かお)をして。


 誰(だれ)かに怒(おこ)られるのを恐(おそ)れているように。


 周囲(しゅうい)の顔色(かおいろ)をうかがうように。



(もったいない)



 チガヤは、木皿(きざら)の上(うえ)の稗団子(ひえだんご)を弄(もてあそ)びながら素朴(そぼく)にそう思(おも)った。


 別(べつ)に、どうこうしたいわけじゃない。 


 ただ。


 どうしてそんなに、自分(じぶん)を小(ちい)さくしているんだろう、と不思議(ふしぎ)だった。


 

「……や、やっぱり……変(へん)、ですよね」



 サクがぽつりと呟(つぶや)いた。



「でかい女(おんな)は……」



 その声(こえ)は妙(みょう)に小(ちい)さかった。


 そして。


 しゅん、と肩(かた)が落(お)ちる。


 もともと丸(まる)まっていた背中(せなか)が、さらに小(ちい)さくなった。



 チガヤは思(おも)わず目(め)を瞬(またた)かせた。



(――変(へん)?)



 何(なに)が。


 よく分(わ)からない。



「いや?」



 自然(しぜん)と口(くち)から出(で)た。



「なんで?」



 すると。


 サクが、はっとしたように顔(かお)を上(あ)げる。



「背(せ)が高(たか)いのって、いいことでしょ?」



 そう言(い)いながら、稗団子(ひえだんご)を口(くち)に運(はこ)ぶ。


 もぐもぐと噛(か)みながら、思(おも)いつくまま言葉(ことば)を並(なら)べた。



「遠(とお)くまで見(み)えるし」



「物(もの)を取(と)るのも楽(らく)そうだし」



「足(あし)も長(なが)い」



「かっこいいじゃん」



 本当(ほんとう)にそう思(おも)っていた。


 男(おとこ)だとか女(おんな)だとか、そんな枠組(わくぐ)みはどうでもいい。



「正直(しょうじき)、羨(うらや)ましいくらいだ」



 ぽつりと本音(ほんね)が漏(も)れる。


 それだけだった。


 なのに。


 サクが固(かた)まっていた。


 大(おお)きな目(め)を見開(みひら)いて。


 まるで、信(しん)じられないものを見(み)たように。



「……あ、ありがとう」



 小(ちい)さな声(こえ)。


 少(すこ)し震(ふる)えていた。


 けれど。


 どこか嬉(うれ)しそうだった。



「?」



 チガヤは首(くび)を傾(かし)げる。


(礼(れい)を言(い)われるようなことか?)


 ただ思(おも)ったことを言(い)っただけだ。



 その時(とき)だった。


 ふと。


 サクの表情(ひょうじょう)を覆(おお)っていた暗(くら)い雲(くも)が、ふわりと弾(はじ)け、彼女(かのじょ)の顔立(かおだ)ちが一瞬(いっしゅん)で華(はな)やいだ。


 緊張(きんちょう)で固(かた)くなっていた肩(かた)の力(ちから)が抜(ぬ)け、心(こころ)の底(そこ)から安堵(あんど)したような、柔(やわ)らかな微笑(ほほえ)みが浮(う)かぶ。



 その顔(かお)を見(み)た瞬間(しゅんかん)――


 思(おも)わず目(め)を奪(うば)われた。



 きれいだ。



 いや。


 さっきまでだって、きれいだった。


 でも、違(ちが)う。


 その顔(かお)だ。


 その顔(かお)のほうが、ずっといい。

 


 気付(きづ)けば。



「……その顔(かお)のほうがいいよ」



 口(くち)が勝手(かって)に動(うご)いていた。


 サクが、びくりと肩(かた)を震(ふる)わせる。



 しまった。


 変(へん)なことを言(い)ったかもしれない。



 そう思(おも)ったが、もう遅(おそ)い。


 だから続(つづ)けた。



「背筋(せすじ)を伸(の)ばして笑(わら)ってるほうが似合(にあ)ってる」



 サクは目(め)を見開(みひら)いた。


 驚(おどろ)いたように。


 信(しん)じられないものを見(み)るみたいに。


 そのまま固(かた)まってしまった。



(……また変(へん)なこと言(い)ったな)



 少(すこ)し後悔(こうかい)した。




 ◇




 けれど。


 次(つぎ)に見(み)かけた時(とき)――サクは、前(まえ)より少(すこ)しだけ背筋(せすじ)が伸(の)びていた。 


 そして。


 目(め)が合(あ)うと。


 どこか照(て)れくさそうに。


 けれど、はにかみながら。


 小(ちい)さく手(て)を振(ふ)ってきた。



 チガヤは思(おも)わず周囲(しゅうい)を見回(みまわ)した。



(……俺(おれ)か?)



 他(ほか)に誰(だれ)もいない。


 サクは、こちらを見(み)ている。


 なので。


 なんとなく。


 小(ちい)さく振(ふ)り返(かえ)した。


 すると。


 サクは嬉(うれ)しそうに笑(わら)った。



 その顔(かお)を見(み)て。


 胸(むね)の奥(おく)が、少(すこ)しだけ温(あたた)かくなった。




 それからだった。


 宮内(きゅうない)で顔(かお)を合(あ)わせれば、サクは手(て)を振(ふ)る。


 こちらを見(み)つけると、嬉(うれ)しそうに笑(わら)う。



 時(とき)には。



「よかったら」



 などと言(い)いながら、差(さ)し入(い)れまでしてくる。



「うまい」



 チガヤがそう呟(つぶや)くだけで、彼女(かのじょ)は世界(せかい)で一番(いちばん)幸(しあわ)せそうな笑(え)みを浮(う)かべるのだ。


 その顔(かお)を見(み)るたびに、チガヤの胸(むね)のあたりは、なんだかむず痒(がゆ)く、落(お)ち着(つ)かない心地(ここち)になった。

 


 気付(きづ)けば。


 日々(ひび)の営(いとな)みの中(なか)で、視線(しせん)が自然(しぜん)とサクの姿(すがた)を追(お)いかけるようになっていた。



 広(ひろ)い宮(みや)のどこかで、すらりと高(たか)い彼女(かのじょ)の頭(あたま)が見(み)える。


 視線(しせん)が重(かさ)なる。


 すると――


 あの、少(すこ)し照(て)れたような笑顔(えがお)が向(む)けられる。


 その瞬間(しゅんかん)、胸(むね)の奥(おく)に、小(ちい)さな火(ひ)が灯(とも)るような感覚(かんかく)があった。



 温(あたた)かくて。


 くすぐったくて。


 少(すこ)しだけ落(お)ち着(つ)かない。


 けれど。


 嫌(いや)ではなかった。


 

 だから。 


 今日(きょう)もまた。


 宮(みや)のどこかで、彼女(かのじょ)の姿(すがた)を探(さが)してしまう。


 そして目(め)が合(あ)って――


 嬉(うれ)しそうに笑(わら)う彼女(かのじょ)を見(み)る自分(じぶん)もまた、少(すこ)しだけ口元(くちもと)が緩(ゆる)んでいることに。


 チガヤは、まだ気付(きづ)いていなかった。




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