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雛鳥




 近頃《ちかごろ》の投馬《とうま》の宮《みや》は、目《め》に見《み》えて賑《にぎ》やかだった。



 発端《ほったん》は、ただの人手不足《ひとでぶそく》を補《おぎな》うための侍女《じじょ》募集《ぼしゅう》だったはずだ。


 だが、一介《いっかい》の侍女《じじょ》にすぎなかったアサが、王《おう》ミナギの后《きさき》候補《こうほ》に選《えら》ばれたという噂《うわさ》が風《かぜ》に乗《の》って国中《くにじゅう》を駆《か》け巡《めぐ》って以来《いらい》――事態《じたい》は一変《いっぺん》した。


 当《とう》のアサが不在《ふざい》であることも、娘《むすめ》たちの淡《あわ》い夢《ゆめ》に拍車《はくしゃ》をかけたのだろう。



 次《つぎ》は自分《じぶん》かもしれない。


 と、色《いろ》めき立《た》った若《わか》い娘《むすめ》たちが、我《われ》も我《われ》もと宮《みや》へ押《お》し寄《よ》せてきたのだ。



 もっとも――


 そんな娘《むすめ》たちの淡《あわ》い期待《きたい》は――侍女頭《じじょがしら》の鉄壁《てっぺき》の守《まも》りによって、容赦《ようしゃ》なく打《う》ち砕《くだ》かれるのだった。



 若《わか》い侍女《じじょ》たちは、そもそもミナギの姿《すがた》すらほとんど見《み》られない。


 当然《とうぜん》――


 行《い》き場《ば》を失《うしな》った彼女《かのじょ》たちの熱《ねつ》は、宮《みや》で働《はたら》く若《わか》い男《おとこ》たちへ向《む》かった。




 若《わか》い女《おんな》が増《ふ》えた。


 モモジは最初《さいしょ》こそ、すっかり浮《う》かれていた。


 すれ違《ちが》いざまに、ふわりと漂《ただよ》う柔《やわ》らかな髪《かみ》の匂《にお》いや、袖口《そでぐち》からふと覗《のぞ》く白《しろ》い腕《うで》、華奢《きゃしゃ》な首《くび》すじに、いちいち胸《むね》を躍《おど》らせていたものだ。


 しかし、現実《げんじつ》はどこまでも無情《むじょう》だった。


 娘《むすめ》たちが群《むら》がるのは、当然《とうぜん》ながら見目麗《みめうるわ》しいヒシン。


 最近《さいきん》ますます逞《たくま》しくなってきたアオバも、なかなか人気《にんき》がある。


 誰《だれ》の視線《しせん》もかすりもしないモモジは、中庭《なかにわ》の隅《すみ》で――



「世《よ》の女《おんな》どもは、顔《かお》しか見《み》とらん……」



 と盛大《せいだい》にふてくされていた。



 その時《とき》である。



「チ、チガヤくん……これ」



 蚊《か》の鳴《な》くような、だが、やけに耳《みみ》に残《のこ》る控《ひか》えめな声《こえ》が届《とど》いた。


 モモジが視線《しせん》をやると、そこには他《ほか》の娘《むすめ》たちよりも頭《あたま》ひとつ背《せ》の高《たか》い新入《しんい》りの侍女《じじょ》――サクが立《た》っていた。


 少《すこ》し頬《ほお》を赤《あか》くしながら、包《つつ》みを差《さ》し出《だ》している。



 呼《よ》び止《と》められたチガヤはといえば。


 いつもの、感情《かんじょう》の起伏《きふく》をどこか宮《みや》の床下《ゆかした》にでも置《お》き忘《わす》れてきたような無表情《むひょうじょう》のまま、その包《つつ》みをじっと覗《のぞ》き込《こ》んだ。



「稗団子《ひえだんご》だ」



 躊躇《ちゅうちょ》も遠慮《えんりょ》もなく、指先《ゆびさき》でつまみ上《あ》げると、ぽすりと口《くち》へ放《ほう》り込《こ》んだ。


 もぐもぐと咀嚼《そしゃく》するたびに上下《じょうげ》する、チガヤの栗鼠《りす》のような丸《まる》い頬《ほお》を見《み》つめながら――


 サクは胸《むね》の前《まえ》で両手《りょうて》を握《にぎ》りしめ、まるで神託《しんたく》を待《ま》つ巫女《みこ》のように息《いき》を詰《つ》めている。



「うまい」



 その一言《ひとこと》が出《で》た瞬間《しゅんかん》、サクの顔《かお》が、ぱっと明《あか》るくなる。



「ほ、本当《ほんとう》?」



「うん」



「よ、よかった……!」



 嬉《うれ》しさに指先《ゆびさき》を胸《むね》の前《まえ》でぎゅっと握《にぎ》りしめるサク。


 日《ひ》だまりの中《なか》、ふたりの周囲《しゅうい》だけが切《き》り取《と》られたように穏《おだ》やかで、満《み》ち足《た》りた空気《くうき》が漂《ただよ》っている。



「…………」



 それを見《み》つめるモモジの顎《あご》が、外《はず》れんばかりに落《お》ちた。


 信《しん》じられないものを見《み》た衝撃《しょうげき》で、目《め》は点《てん》になり、全身《ぜんしん》がそのまま硬直《こうちょく》している。



「……できてる」



 隣《となり》にいたアオバが首《くび》を傾《かし》げる。



「何《なに》がだ?」



「チガヤに彼女《かのじょ》ができてる……」



「は?」

 


 モモジは愕然《がくぜん》と空《そら》を仰《あお》いだ。



「あいつ……彼女《かのじょ》なんて興味《きょうみ》ないとか言《い》ってた癖《くせ》に! 抜《ぬ》け駆《が》けだ、裏切《うらぎ》りだ……!」



 まるで世界《せかい》の終《お》わりでも迎《むか》えたかのように世《よ》を儚《はかな》むモモジを、アオバは冷《ひ》やかな目《め》で見《み》やった。


 それから、再《ふたた》び中庭《なかにわ》の二人《ふたり》へと視線《しせん》を戻《もど》す。



 当《とう》の本人《ほんにん》たちはといえば、



「も、もう一個《いっこ》食《た》べます?」



「食《た》べる」



 と、実《じつ》にのどかな会話《かいわ》を続《つづ》けていた。



 アオバは、その光景《こうけい》を黙《だま》ってじっと眺《なが》めていた。

 


(いや……でも、あれは……)



 なんというか。


 背《せ》の高《たか》いサクが、せっせと世話《せわ》を焼《や》き――


 小柄《こがら》なチガヤが、差《さ》し出《だ》されたものを素直《すなお》にもぐもぐ食《た》べている。



 仲《なか》は良《よ》さそうだ。


 だが。


 どうにも恋人《こいびと》というより――


 巣《す》の中《なか》でただ無心《むしん》に黄色《きいろ》い嘴《くちばし》を開《ひら》けて待《ま》つ雛鳥《ひなどり》と、それにせっせと餌《えさ》を運《はこ》ぶ親鳥《おやどり》の構図《こうず》そのものだった。



 喉元《のどもと》まで出《で》かかったその的確《てきかく》な例《たと》えを、アオバは呑《の》み込《こ》んだ。


 勝手《かって》に絶望《ぜつぼう》して頭《あたま》を抱《かか》えているモモジに教《おし》えてやる義理《ぎり》もなければ――


 あの、奇妙《きみょう》に平和《へいわ》な餌付《えづ》けの時間《じかん》を邪魔《じゃま》するのも、野暮《やぼ》というものだった。




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