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猫




 穀物倉《こくもつぐら》を荒《あ》らす鼠《ねずみ》に、人々(ひとびと)は頭《あたま》を悩《なや》ませていた。


 せっかく収穫《しゅうかく》した稲《いね》や粟《あわ》を食《く》い荒《あ》らされれば、一冬《ひとふゆ》を越《こ》せるかどうかにも関《かか》わる。


 そんな鼠《ねずみ》を捕《と》る猫《ねこ》は重宝《ちょうほう》された。



 大陸《たいりく》から船《ふね》で渡《わた》ってきた猫《ねこ》たちは、人《ひと》の往来《おうらい》や交易《こうえき》に伴《ともな》って各地《かくち》へ広《ひろ》まり、少《すこ》しずつ数《かず》を増《ふ》やしていった。



 サクが見《み》つけた子猫《こねこ》も、どこかで人《ひと》に飼《か》われていた身重《みおも》の母猫《ははねこ》が逃《に》げ出《だ》し、その後《あと》に産《う》んだ子《こ》なのかもしれない。


 どちらにせよ、貴重《きちょう》な猫《ねこ》であることに変《か》わりはなかった。



 チガヤがイヌタデに相談《そうだん》したところ、やはり鼠《ねずみ》対策《たいさく》として育《そだ》ててはどうかという話《はなし》で、上《うえ》の者《もの》たちの意見《いけん》はまとまった。



 そして――



「猫《ねこ》を見《み》たい」



 そんな言葉《ことば》とともに、なんとミナギ自《みずか》らが様子《ようす》を見《み》に来《く》ることになったのである。 


 保護《ほご》していた張本人《ちょうほんにん》であるサクも、その場《ば》に立《た》ち会《あ》うことになった。


 


 ◇ 




 午後《ごご》の柔《やわ》らかな日差《ひざ》しが、開《あ》け放《はな》たれた戸口《とぐち》から差《さ》し込《こ》んでいる。


 乾《かわ》いた藁《わら》の香《かお》りの広《ひろ》がる、静《しず》かな倉庫《そうこ》の中《なか》――


 王《おう》と重臣《じゅうしん》たちが集《あつ》まるという普段《ふだん》では考《かんが》えられない光景《こうけい》に、サクはすっかり緊張《きんちょう》していた。 


 そして。



(ち、近《ちか》い……)



 すぐ目《め》の前《まえ》にいるミナギに、サクの胸中《きょうちゅう》は大騒《おおさわ》ぎだった。 


 

 一方《いっぽう》――小《ちい》さな籠《かご》の中《なか》。


 藁《わら》を敷《し》いた寝床《ねどこ》で丸《まる》くなっていた三匹《さんびき》の子猫《こねこ》たちは、人《ひと》の気配《けはい》に気《き》づくと、



「みゃあ」



 と、細《ほそ》い声《こえ》を上《あ》げた。


 小《ちい》さな耳《みみ》がぴくりと動《うご》く。


 まだ頼《たよ》りない足《あし》でよろよろと立《た》ち上《あ》がり、眠《ねむ》そうに目《め》を瞬《またた》かせた。



「ほう……」



 ミナギの隣《となり》にいた重臣《じゅうしん》クラジが、思《おも》わず口元《くちもと》を緩《ゆる》め、目尻《めじり》を下《さ》げる。



「……これは、愛《あい》らしいですな……」



 普段《ふだん》は厳《きび》しい顔《かお》ばかりしている重臣《じゅうしん》の、思《おも》いがけない一言《ひとこと》。


 周《まわ》りにいた者《もの》たちは思《おも》わず顔《かお》を見合《みあ》わせた。



 そして――



「ああ、可愛《かわい》いな」


 そう言《い》ったミナギは、子猫《こねこ》の一匹《いっぴき》をそっと両手《りょうて》で抱《だ》き上《あ》げた。



 怯《おび》えさせないように。


 壊《こわ》れ物《もの》を扱《あつか》うように。



 子猫《こねこ》も嫌《いや》がる様子《ようす》はなく、 



「にゃ」



 と甘《あま》えるように鳴《な》いた。


 さらに小《ちい》さな前足《まえあし》で、ミナギの衣《ころも》をちょいちょいと掴《つか》む。


 それを見《み》たミナギが、思《おも》わず優《やさ》しく目《め》を細《ほそ》めた。


 その姿《すがた》に――



(わぁ……)



 サクの胸《むね》は、さらに高鳴《たかな》った。



「そなたが保護《ほご》した娘《むすめ》か」



 唐突《とうとつ》に、クラジに声《こえ》をかけられ、



「ひゃ……は、はい! すみません!」



 サクは反射的《はんしゃてき》に頭《あたま》を下《さ》げた。



「なぜ謝《あやま》るんだ」



 ミナギがくすりと笑《わら》う。



「別《べつ》に叱《しか》ってはいない」



 柔《やわ》らかな笑顔《えがお》。


 穏《おだ》やかな声《こえ》。 



(……や、優《やさ》しい……)



 春《はる》の日差《ひざ》しのようなその笑《え》みに、サクはもう、ぽうっとするしかなかった。




 その少《すこ》し離《はな》れた場所《ばしょ》。


 柱《はしら》の陰《かげ》から一連《いちれん》の様子《ようす》を見《み》ていたチガヤは、



「……」



 胸《むね》の奥《おく》が、妙《みょう》にざわついていた。



 サクが嬉《うれ》しそうなのはいい。


 けれど。


 なんだろう。


 あんな顔《かお》で、他《ほか》の男《おとこ》を見《み》るのは――



 面白《おもしろ》くない。


 ものすごく面白《おもしろ》くない。



 しかもサクは、子猫《こねこ》よりミナギを見《み》ている時間《じかん》の方《ほう》が長《なが》い。


 自然《しぜん》と眉間《みけん》に皺《しわ》が寄《よ》る。



 なんだか落《お》ち着《つ》かない。


 意味《いみ》もなく地面《じめん》を蹴《け》りたくなる。


 そんな気持《きも》ちだった。

 


 ミナギは子猫《こねこ》の顎《あご》を指先《ゆびさき》で優《やさ》しく撫《な》でながら、



「行商《ぎょうしょう》をしていた頃《ころ》、北《きた》の方《ほう》の集落《しゅうらく》で飼《か》われているのを見《み》た」



 と、懐《なつ》かしそうに言《い》った。


 子猫《こねこ》は気持《きも》ちよさそうに喉《のど》を鳴《な》らしている。



「穀物倉《こくもつぐら》の鼠《ねずみ》を捕《と》らせていた。大事《だいじ》にされていたな」



 すると、脇《わき》に控《ひか》えていたタヅマが頷《うなず》いた。



「飼《か》い方《かた》について、調《しら》べてみましょう」

 


「あ、あの!」



 緊張《きんちょう》した様子《ようす》で、サクが手《て》を挙《あ》げた。



「お、叔父《おじ》の家《いえ》で猫《ねこ》を飼《か》ってたんです」



「ほう?」

 


「小《ちい》さい頃《ころ》から見《み》てたので、少《すこ》しなら分《わ》かります。食《た》べるものとか、寝床《ねどこ》とか……」



 ミナギとタヅマが顔《かお》を見合《みあ》わせる。



「それは好都合《こうつごう》だな」



 クラジも感心《かんしん》したように頷《うなず》いた。



「では、この猫《ねこ》の世話《せわ》はそなたに任《まか》せよう」 



「え?」



 ぽかんとするサク。



 ミナギが優《やさ》しく笑《わら》った。



「貴重《きちょう》な命《いのち》だ。頼《たの》むぞ」



 穏《おだ》やかな微笑《ほほえ》み。


 その一言《ひとこと》で。

 


「は、はい……!」



 返事《へんじ》をしたサクの顔《かお》は、真《ま》っ赤《か》になっていた。



(頼《たの》むって言《い》われた……王様《おうさま》が……私《わたし》に……)



 胸《むね》がふわふわする。


 嬉《うれ》しくて。


 夢《ゆめ》みたいで。


 また、ぽうっとしてしまう。

 


 その様子《ようす》を見《み》ていたチガヤは、



「……」



 さらに面白《おもしろ》くなかった。



(なんでそんな顔《かお》するの)



 胸《むね》の奥《おく》がもやもやする。


 理由《りゆう》は分《わ》からない。


 けれど。


 自分《じぶん》に向《む》ける時《とき》よりも、ずっと嬉《うれ》しそうな顔《かお》をしている気《き》がして。


 それが、どうしようもなく気《き》に入《い》らなかった。


 

 子猫《こねこ》はミナギの腕《うで》の中《なか》で満足《まんぞく》そうに丸《まる》くなり、うとうとと目《め》を閉《と》じ始《はじ》めていた。


 穏《おだ》やかな午後《ごご》。


 誰《だれ》もが微笑《ほほえ》ましい気持《きも》ちでその光景《こうけい》を眺《なが》めていた。



 ただ一人《ひとり》。


 チガヤだけが。


 生《う》まれて初《はじ》めて、嫉妬《しっと》という、よく分《わ》からない感情《かんじょう》に、盛大《せいだい》に振《ふ》り回《まわ》され始《はじ》めていた。






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