↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/37

目撃




 宮(みや)の火(ひ)が次々(つぎつぎ)と落(お)ち、あたりを照(て)らす篝火(かがりび)だけが揺(ゆ)れていた。


 人(ひと)の気配(けはい)が完全(かんぜん)に絶(た)えた頃(ころ)を見計(みはか)らい――


 サクはこそこそと忍(しの)び足(あし)で動(うご)き出(だ)す。



 向(む)かった先(さき)は、人(ひと)の寄(よ)りつかない高床倉庫(たかゆかそうこ)の並(なら)ぶ一角(いっかく)だった。


 忍(しの)び足(あし)で裏手(うらて)へ回(まわ)り、高床(たかゆか)の下(した)へしゃがみ込(こ)む。



(……いた)



 思(おも)わず頬(ほお)が緩(ゆる)む。



 暗(くら)がりの奥(おく)。


 藁(わら)の上(うえ)で、三匹(さんびき)の子猫(こねこ)が身(み)を寄(よ)せ合(あ)っていた。



 小(ちい)さな身体(からだ)。


 ぴくぴく動(うご)く耳(みみ)。


 まだ頼(たよ)りない鳴(な)き声(ごえ)。


 可愛(かわい)くて仕方(しかた)がない。



 本当(ほんとう)なら、母猫(ははねこ)が世話(せわ)をしているはずだった。


 けれど、数日前(すうじつまえ)から姿(すがた)を見(み)せなくなった。


 最初(さいしょ)は、そのうち戻(もど)ってくると思(おも)っていた。


 だが、一日(いちにち)。


 二日(ふつか)。


 三日(みっか)経(た)っても、母猫(ははねこ)は帰(かえ)ってこなかった。



 放(ほう)っておけば、この子(こ)たちは死(し)んでしまう。


 そう思(おも)ったサクは、誰(だれ)にも内緒(ないしょ)で、こっそり面倒(めんどう)を見(み)るようになっていた。



 食事(しょくじ)を運(はこ)び。


 水(みず)を置(お)き。


 藁(わら)を替(か)え。


 誰(だれ)かに見(み)つからないよう、まるで悪(わる)いことでもしているかのように。



(ちゃんと食(た)べてるかな……)


(寒(さむ)くないかな……)


(獣(けもの)に襲(おそ)われてないかな……) 



 気(き)になって、気(き)になって。


 結局(けっきょく)、こうして夜中(よなか)に抜(ぬ)け出(だ)してきてしまう。



「みぃ……」



 子猫(こねこ)の一匹(いっぴき)が、小(ちい)さく鳴(な)いた。



「しーっ。大丈夫(だいじょうぶ)だよ」



 サクは小声(こごえ)で囁(ささや)きながら、そっと身(み)を乗(の)り出(だ)す。



 その時(とき)だった。


 かすかに。



 キィン――!



 と、澄(す)んだ金属音(きんぞくおん)が夜気(やき)を震(ふる)わせた。 



(……ん?)



 サクはぴたりと動(うご)きを止(と)める。


 こんな時間(じかん)に?


 夜回(よまわ)りの兵(へい)だろうか。


 でも、あんな鋭(するど)い音(おと)を立(た)てるだろうか。



 不思議(ふしぎ)に思(おも)ったサクは、子猫(こねこ)たちを振(ふ)り返(かえ)った。



「ちょっとだけだからね……」



 小声(こごえ)で囁(ささや)くと、高床(たかゆか)の下(した)から這(は)い出(だ)した。


 恐(おそ)る恐(おそ)る音(おと)のした方向(ほうこう)へ近(ちか)づく。



 その瞬間(しゅんかん)――


 黒(くろ)い影(かげ)が走(はし)った。



(……!?)



 息(いき)を呑(の)む。


 次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)。 


 月明(つきあ)かりの下(した)で、二(ふた)つの刃(やいば)が激(はげ)しくぶつかり合(あ)い、火花(ひばな)を散(ち)らした。


 黒装束(くろしょうぞく)の男(おとこ)。


 そして、もう一人(ひとり)。


 低(ひく)く身(み)を沈(しず)め、紙一重(かみひとえ)で相手(あいて)の刃(やいば)を受(う)け止(と)める小柄(こがら)な影(かげ)。



(――何(なに)!? なに、なに!?)



 頭(あたま)の中(なか)が疑問(ぎもん)で埋(う)め尽(つ)くされる。


 

 目(め)の前(まえ)の出来事(できごと)に頭(あたま)が追(お)いつかない。


 恐怖(きょうふ)で全身(ぜんしん)がすくみ上(あ)がりながらも、目(め)が離(はな)せない。


 黒装束(くろしょうぞく)の男(おとこ)が鋭(するど)く踏(ふ)み込(こ)み、刃(やいば)が閃(ひらめ)く。


 小柄(こがら)な影(かげ)が身(み)をひねり、寸前(すんぜん)で躱(かわ)す。


 再(ふたた)び。



 キィン!



 火花(ひばな)が散(ち)る。



(ひっ……)



 思(おも)わず口元(くちもと)を押(お)さえる。


 人(ひと)が。


 本当(ほんとう)に斬(き)り合(あ)っている。


 それを理解(りかい)した瞬間(しゅんかん)、全身(ぜんしん)から血(ち)の気(け)が引(ひ)いた。



 次《つぎ》の瞬間《しゅんかん》――


 雲(くも)に隠(かく)れていた月(つき)が、ふっと姿(すがた)を現(あらわ)す。


 銀色(ぎんいろ)の光(ひかり)が差(さ)し込(こ)み、低(ひく)く構(かま)える小柄(こがら)な影(かげ)の横顔(よこがお)を照(て)らした。

 


 さらりと揺(ゆ)れる黒髪(くろかみ)。


 まだ幼(おさな)さを残(のこ)した顔立(かおだ)ち。


 そして、妙(みょう)に落(お)ち着(つ)いた目(め)。


 その顔(かお)を見(み)た瞬間(しゅんかん)――



(……え?)



 サクの目(め)が大(おお)きく見開(みひら)かれた。



 信(しん)じられない。


 信(しん)じられなくて、何度(なんど)も瞬(まばた)きをする。



 けれど。


 見間違(みまちが)えるはずがなかった。



(チガヤくん――!?)



 いつも淡々(たんたん)としていて。


 どこか面倒(めんどう)くさそうで。


 食(く)いしん坊(ぼう)で。


 人(ひと)の話(はなし)を適当(てきとう)に聞(き)いているあの少年(しょうねん)が。



 ――今(いま)。


 月明(つきあ)かりの下(した)で。


 息(いき)を呑(の)むほど鋭(するど)い目(め)をして、命(いのち)のやり取(と)りをしている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。