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遺跡の中へ

翌朝。

 ガイアス特製の朝食で目を覚ました。

 炙ったパンに、柔らかくなった干し肉。

 卵を焼いただけの簡単な料理。

 だけど、不思議と美味しい。


 

「野営じゃ定番だからな。材料も少なくて済むし、腹持ちもいい」


 

 そう言いながら豪快に笑うガイアスは、やっぱり料理好きのおじさんだった。

 食事を終え、川で顔を洗い、装備を整える。

 そしていよいよ、遺跡探索が始まる。

 入口の奥は真っ暗だった。


 

「松明を持っていくか?」


 

 ガイアスの問いに、私はマジックバッグを開いた。


 

「松明じゃ効率悪いわ。ちょっと待って」


 

 カンテラを六つ取り出し、その中に月光石の欠片を入れていく。

 すると、メイアースとイザークが興味深そうに覗き込み、アジノは早くもスケッチを始めた。


 

「白魔法は苦手だけど、この程度なら……」


 

 剣の柄に埋め込まれた宝玉を握り、私は詠唱する。


 

『天地の母にして、光の化神ルクス=エルディアよ。その御手に輝く光の欠片を我に与えん――《ルーメイン》』


 

 光が指先から溢れ、月光石へと吸い込まれていく。

 やがて、カンテラ全体が柔らかな光を放ち始めた。


 

「すごい……!」


 

 メイアースが目を丸くする。


 

「《ルーメイン》にこんな使い方が……」


 

「《ルーメイン》って何だ?」


 

 レオニスが首を傾げる。

 するとメイアースが説明した。


 

「光の主神ルクス=エルディア様の加護を借りる白魔法です。本来はアンデッドの浄化や目くらましに使う術ですが……こんな応用、見たことがありません」


 

 私は出来上がったカンテラを皆に配った。


 

「光属性と月光石の相性を利用してるだけよ。魔力の流れを調整すれば、数日は光り続けるわ」


 

「調整するだけって……」


 

 メイアースの顔が引きつった。


 

「それ、高位魔導師でも簡単にできる技術じゃありません!」


 

 彼の声が少し大きくなる。


 

「王立アカデミーの魔導師で、これができる人間が何人いると思ってるんですか!?」


 

 私は思わず眉をひそめた。


 

「さっきから聞いてれば、王立アカデミー、王立アカデミーって……」


 

 少し、頭にきた。


 

「自分ができないからって、そんなに偉いの? 魔術なんて理論と性質を理解すれば誰だって伸びるものよ。自信がないなら帰れば?」


 

 メイアースの顔が真っ赤になった。

 杖を握る手に力が入る。

 空気が一気に険悪になった。

 その時だった。


 

「……やめろ」


 

 低い声が響く。

 イザークだった。

 彼は静かに私たちの間に立つ。


 

「言葉で斬り合っても何も残らない」


 

 穏やかな声だった。

 でも、その瞳には強い意志が宿っていた。


 

「メイアース。お前の言う通りだ。これは簡単な術じゃない」


 

 そして、今度は私を見る。


 

「エミリウス。お前が簡単だと言うのは、それだけ努力してきたからだ」


 

 赤い瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。


 

「でもな。努力の形を一つに決めつけるな」


 

 続けて、メイアースに視線を向ける。


 

「お前もだ。届かない技術に悔しさを感じるのは悪くない。でも、それを否定するな」


 

 静かな声。

 なのに、不思議と胸に響く。


 

「俺は、誰かが誰かを見下すパーティーに加わる気はない」


 

 私は思わず視線を逸らした。

 メイアースも俯いている。

 ……参った。

 正論すぎて何も言い返せない。


 

「……悪かったわ」


 

「す、すみませんでした……」


 

 ほぼ同時に謝ると、イザークは小さく笑った。


 

「それでいい」


 

 その笑顔に。

 また胸がドキッとした。

 ……もう。

 なんでこの人、いちいち格好いいのよ。


 遺跡へ足を踏み入れると、後ろでガイアスが小声で言った。


 

「助かったぞ、イザーク。わしはこういうの苦手でな」


 

「ホントだよ」


 

 アジノも苦笑する。


 

「レオニスとエミリウスなら止められるけど、メイアース君の家はセルフィア家だし、下手に揉めたくなくてさ」


 

 イザークは肩をすくめた。


 

「仲間割れが一番死に近い。隊長なら分かるだろ?」


 

「……その通りだ」


 

 ガイアスが真顔で頷く。


 

「誰か一人欠けるだけで、生存率は大きく下がる」


 

 イザークは前を見る。


 

「全員生きて帰る。それが俺たちの仕事だ」


 

 その言葉に、三人が頷いた。

 そして私は、前を歩くレオニスに声をかけた。


 

「隊列を変えましょう」


 

 全員がこちらを見る。


 

「先頭は私。その後ろにメイアース、アジノ、レオニス、ガイアス。そして最後尾にイザーク」


 

「最後尾?」


 

 レオニスが首を傾げる。


 

「ダンジョンで一番怖いのは後方トラップよ」


 

 私は指を一本立てた。


 

「私は剣も魔法も使えるし、古代文字も多少読める。メイアースは白魔法と解読。前衛に必要なのは私たち」


 

 さらにイザークを見る。


 

「本来なら前に置きたいけど、後ろからの奇襲や罠に対応できる人が必要なの。だから最後尾をお願い」


 

「了解」


 

 イザークはあっさり頷いた。


 

「それと」


 

 私は振り返る。


 

「私の歩いた場所以外、絶対に踏まないこと。壁にも不用意に触らない。ダンジョンの罠を甘く見たら死ぬわよ」


 

「了解!」


 

 アジノが元気よく手を挙げる。


 

「了解した」


 

 レオニスも真剣な顔で頷いた。


 

 そして私たちは、カンテラの光を頼りに闇の中を進んでいく。

 一階層。

 二階層。

 三階層。

 驚くほど順調だった。

 モンスターの気配もない。

 罠もない。

 静かすぎる。

 ――だからこそ。

 私は嫌な予感を拭えなかった。

 こういう時ほど。

 冒険者の勘は、よく当たる。

 そして。

 四階層へ続く階段の前で。

 私たちは初めて、それを目にすることになる。

 ――壁一面を埋め尽くす、血のような赤い古代文字を。

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