パーティ
王命を受けた私たち五人は、装備を整えるため王都の街へ繰り出した。
遠征に必要なものは全部王家持ち。
さすが王族。
こういうところだけは本当に太っ腹だ。
それぞれ必要な品を買い込み、中央広場で合流すると、そのまま隠された遺跡へ向けて出発した。
……とはいえ。
「自己紹介する暇もないわね」
山道は想像以上に険しかった。
崩れた岩場、ぬかるんだ斜面、倒木。
誰かが滑れば誰かが支え、荷物が落ちれば拾い、気づけば自然と助け合っていた。
そして。
昼前に出発した私たちが遺跡に辿り着いた頃には、空はすっかり茜色から群青へ変わっていた。
山崩れの跡が生々しく残る岩肌。
その中に半ば埋もれるようにして現れた古代神殿。
歪んだ門は、まるで大口を開けてわたしたちを待っている怪物みたいだった。
「夜に遺跡へ入るのは危険だ。今日はここで野営しよう」
レオニスの提案に全員が頷く。
「しかし、寝床を確保するのが骨じゃのう」
ガイアスが辺りを見回して唸った。
山崩れのせいで木や岩が散乱している。
確かに、このままじゃ野営は難しい。
「じゃ、私に任せて♪」
マジックバッグから小さな種を取り出し、等間隔に埋める。
そして地面に手を当てた。
『大地の精霊グラウディスよ。汝の祝福を与え、土に命を!』
『――出てよ、ゴーレム!』
もこもこっ!
土が盛り上がり、巨大な人型が現れる。
「まさか……ゴーレムの種!?」
メイアースが目を丸くした。
五メートル級のゴーレム三体は、わたしの指示で倒木や岩を片付け始めた。
あっという間に整地は完了。
ついでに竈まで完成。
「はーい♪ お疲れ様!」
核の種を抜き取ると、ゴーレムたちは土へ還った。
「すげぇ……」
レオニスが呆然としている。
「じゃ、次はご飯ね♪」
大鍋をイザークに渡す。
「悪い、水を頼める?」
「ああ」
彼は短く答えて川へ向かった。
その間に、じゃがいも、人参、玉ねぎ、干し肉を取り出して準備する。
「火は任せてください!」
メイアースが火打石を取り出す。
こういうところ、本当に真面目よね。
ぐつぐつと煮込まれていくシチュー。
味見してみる。
「うんっ♪ 今日も美味しい! 私って天才♡」
すると男性陣から拍手が起こった。
「早く食たべたーい!」
アジノが騒ぎ。
「腹減った!」
レオニスが叫び。
「若いのぅ」
ガイアスが笑う。
そして全員でいただきます。
「美味しい!」
「いける!」
「うまい!」
「最高!」
みんなの顔が一気に明るくなった。
……よかった。
誰かの「美味しい」って、なんだか嬉しい。
結局、大鍋は空っぽになった。
片付けようと立ち上がると。
「座ってろ」
ぽん。
頭に大きな手が乗った。
「え?」
顔を上げると、イザークが少し笑っていた。
「野営地を作って、飯まで作ったんだ。片付けくらい俺たちがやる」
「そうそう!」
アジノも立ち上がる。
「お嬢さんは座っとれ」
ガイアス。
「ご馳走様でした」
メイアースまで頭を下げた。
そして。
「ほら王子様! 民衆と一緒に労働労働!」
アジノに引っ張られたレオニスまで連行されていく。
「おい! 引っ張るな!」
そんな光景を見て。
わたしは胸の奥がぽかぽかするのを感じていた。
「みんな……優しいなぁ……」
そして。
頭に触れられた場所が、妙に熱い。
「……何、この感じ」
変なの。
そんなことを考えながら、私はイザークの背中を見つめていた。
腹ごしらえも終わり、焚き火を囲んで一息ついた頃だった。
ぱちぱちと薪が爆ぜる音だけが静かな夜に響く。
遺跡へ向かう道中は慌ただしく、まともに話す時間もなかった。
こうして全員が腰を落ち着けるのは、これが初めてだった。
「うーむ……」
最初に口を開いたのはガイアスだった。
大きな腕を組み、焚き火を見つめながら唸る。
「どうしたの?」
「いやな。王命を受けて集まった仲間同士だ。このまま無言というのも味気ないと思ってな」
そう言うと、ガイアスは立ち上がった。
改めて見ると、本当に大きい。
座っていても大きかったけれど、立ち上がるとまるで熊だ。
背丈は二メートルを優に超えている。
炎のような橙色の短髪。
同じ色の立派な髭。
真紅のマントの下には重厚な鎧。
背中には巨大な突槍と塔のような大盾を背負っていた。
普通の人なら持ち上げることすら難しそうな装備なのに、この人は平然としている。
「では、年長者から名乗らせてもらおう」
ガイアスは咳払いをした。
「俺はガイアス・ヴォルグ。炎の大陸ゼノ=フレア王国出身だ。今はセオリス王国騎兵団第二士隊隊長を任されている」
低くよく通る声。
いかにも歴戦の軍人という雰囲気だ。
「得意なのは前線維持と護衛。敵の攻撃を受け止めるのが役目じゃな」
そう言うと背中の大盾を軽々と持ち上げた。
ごんっ、と地面に置かれる。
地面が揺れた。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
重そう。
というか絶対重い。
私なら一センチも動かせる気がしない。
しかし。
そんな豪快な男が、急にもじもじし始めた。
「あー……それとじゃな」
指先を擦り合わせる。
頬が赤い。
「嬢ちゃん」
「はい?」
「わしゃ実は料理が好きでな……」
全員が固まった。
本人だけが真面目な顔をしている。
「その……さっきのシチューの作り方を教えてもらえんか?」
沈黙。
そして。
「ぷっ!」
私は吹き出した。
「もちろん♪」
「おおっ!」
ガイアスが嬉しそうに顔を輝かせた。
見た目との落差がすごい。
なんだこの人。
可愛い。
場の空気が一気に和んだ。
「じゃあ次は俺だな」
レオニスが立ち上がる。
焚き火の光を受けて、プラチナブロンドの髪が金色に輝いた。
整った顔立ち。
凛々しい碧眼。
王子様という言葉が歩いているみたいな人だ。
「レオニス・アルセインだ」
言わずと知れた第二王子。
「今回の遺跡調査の責任者を務める」
短い。
簡潔。
王子らしい。
だけど。
「それだけ?」
アジノが首を傾げる。
「十分だろう」
「固いなぁ!」
アジノが笑いながら背中に飛びついた。
「この人ねー、昔からこうなの!」
「おい」
「ちなみに剣の腕は王国トップクラス! 女性人気も王都トップクラス!」
「余計なことを言うな」
レオニスが眉をひそめる。
でも少しだけ困った顔になっていて、なんだか親しみやすかった。
「次は僕ね!」
アジノが勢いよく立ち上がる。
亜麻色の髪がふわりと揺れた。
栗色の瞳は人懐っこく、見ているだけで楽しくなる。
「僕はアジノ・ルクヴェール!」
両手を広げる。
「職業は王室御用達の絵師!」
「絵師?」
私が首を傾げると、アジノは胸を張った。
「そう! 王家の肖像画とか歴史画とか描いてる!」
「へぇ」
「今回は記録係として参加なんだ。みんなの活躍を後世に残す重要な役目だからね!」
そう言いながらスケッチブックを掲げる。
「あと可愛い女の子を描くのも好き!」
「最後いらないわよね?」
「大事だよ!」
本当に自由人だった。
続いて。
「つ、次は私ですね……」
おずおずと立ち上がったのはメイアースだった。
銀色の髪。
華奢な身体。
抱えるように持つ分厚い魔導書。
見るからに魔法使いだ。
「メイアース・セルフィナと申します」
小さな声。
消え入りそうなくらい小さい。
「白魔法と治癒術を専門としております」
「回復役か」
レオニスが頷く。
「は、はい……」
メイアースはさらに小さくなる。
「王立中央図書館『叡智の森』の司書見習いでもあります」
「おお!」
アジノが目を輝かせた。
「すごいじゃん!」
「い、いえ……まだ見習いですので……」
謙虚だ。
でも古代魔法や遺跡の知識なら、この中で一番頼りになるかもしれない。
そして。
「じゃあ俺かな」
静かな声。
イザークだった。
焚き火の向こう側で、赤い髪が炎に溶け込むように揺れている。
「俺はイザーク・カルデロ」
短剣を指先で回す。
それだけで妙に絵になる。
「城では隠密をやっている」
さらりと言うけど。
それって王家直属の諜報員ってことよね?
「罠解除、潜入、探索、鑑定が専門だ」
ガーネットの瞳がこちらを見る。
どくん。
心臓が跳ねた。
「遺跡では役に立てると思う」
そう言って微かに笑う。
その笑顔が反則だった。
綺麗すぎる。
「よろしくな」
「う、うん!」
変な声が出た。
しまった。
絶対変な子だと思われた。
なんで私ドキドキしてるの!?
すると。
「最後はエミリウスだね」
アジノがニヤニヤしながら言った。
嫌な予感がする。
ものすごくする。
そして案の定。
アジノが指を鳴らした。
「せーの!」
「ヒドラ斬りのエミリウス!」
全員が声を揃えて叫んだ瞬間、焚き火の周りに笑い声が弾けた。
「だからその二つ名、やめてって言ってるでしょ!」
真っ赤になって抗議すると、さらに皆が笑い出す。
「君、王都じゃ知らない人の方が少ないよ?」
アジノが肩を揺らして笑う。
「まぁ、あのヒドラを数分で倒した娘が、こんな可愛らしい嬢ちゃんだとは思わんかったがな」
ガイアスまで笑いながら頷く。
「もうっ! だからあれは生活費のためだったの!」
恥ずかしさに耐えきれず、私は顔を背けた。
焚き火の炎がぱちぱちと音を立てる。
誰かが薪をくべ。
誰かが笑い。
誰かが空を見上げる。
違う人生を歩いてきた六人。
それでも今だけは、同じ炎を囲む仲間だった。
――この時の私は、まだ知らなかった。
この遺跡の奥で。
私たち全員の運命を変えてしまう「何か」が待っていることを。




