余韻のあと
泣きたい気持ちをぐっと飲み込みながら、私は向かってくる盗賊どもをいなしつつ、頭目めがけて一直線に突き進んでいた。
「もうっ! めんどくさいわね!」
私は長剣を高く掲げる。
「――《グラシスビット》!」
剣に埋め込まれた宝玉が淡く輝き、冷気が地面を這った。
瞬く間に頭目と、その周囲にいた盗賊たちの足元を氷の礫が絡め取る。
「うわぁ!?」
「足が動かねぇ!」
そのまま数人は騎士団に捕まり、盗賊団も次々と制圧されていった。
――かと思った。
浮かれていた第二王子と騎士団のせいで。
頭目だけ逃げた。
そう。
逃げたのである。
しかも私はその時、戦場の隅で宝箱を漁っていた。
いや、だって大事じゃない?
報酬。
働いたらお金。
当然でしょ?
なのに。
盗賊どもの隠し財産は、
『第二王子殿下の御名のもとに!』
とか何とか言われて全部没収。
持ち主の分かるものは返還。
一部はギルド。
残りは国庫。
私の手元に残ったのは、こっそり掴んだ古代金貨数枚と。
名誉・栄誉・セオリス功労勲章。
「いらないわよぉぉぉ!!」
誰が好き好んで勲章なんか貰うのよ!
食べられない!
売れない!
換金できない!
しかもクエストは頭目逃亡で失敗扱い!
最悪よ!
私は心の底から騎士団を呪った。
そして戦場の影で嬉々としてスケッチを描いていた変人宮廷絵師アジノと。
煙幕を吹き飛ばして全部台無しにした元凶。
レオニス第二王子を、一生許さないと誓った。
――そして現在。
個室のテーブルを叩き、私は怒りを爆発させた。
「とにかく!」
バンッ!!
「アジノ!」
「はい!」
「余計な奴を連れてきた罰として、今回描いたスケッチの枚数分、古代金貨を払いなさい!」
「払う!」
「よろしい!」
即答だった。
反省しているらしい。
「それと――レオニス第二王子!」
銀髪の馬鹿を指差す。
「アンタは《翼の剣》を置いて、永久に私の前から消えて!」
「酷くない!?」
アジノ。
「全然!」
むしろ優しいわ!
普通ならぶん殴ってる!
するとレオニスは神妙な顔で腰の剣を抜き、テーブルに置いた。
「……分かった」
「え?」
素直すぎて逆に怖い。
私は恐る恐る剣に手を伸ばす。
その瞬間。
ガシッ。
「きゃっ!?」
手首を掴まれた。
「その代わり!」
熱血馬鹿王子の瞳が燃えていた。
「俺とパーティーを組んでくれ!」
「はぁ?」
私は氷点下の視線を向ける。
「アンタ、馬鹿なの?」
「え?」
「迷惑かけた代償を払う立場でしょ? それを交渉材料にするとか、甘ったれてるんじゃないわよ、王子様?」
空気が凍る。
でもレオニスは怯まない。
「困っているんだ……」
珍しく真面目な顔だった。
「問題が解決するまででいい。解決したら、この剣も……俺の装備も全部君に渡す」
私は思わず目を細めた。
装備全部?
王族の装備?
……いくらになるかしら。
いやいや。
危ない危ない。
危うく釣られるところだった。
すると今度はアジノが頭を下げた。
「僕からもお願いだ、エミリウス」
いつものふざけた調子じゃない。
本気だった。
私は椅子にふんぞり返る。
「……話だけなら――」
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……
「え?」
地面が揺れた。
テーブルが跳ねる。
壁が軋む。
「地震!?」
咄嗟に三人でテーブルの下に潜り込む。
ガシャーン!
外から瓦の割れる音。
しばらくして揺れは収まった。
「……終わった?」
恐る恐る顔を出す。
すると。
なぜか。
アジノとレオニスが、私を庇うように覆いかぶさっていた。
「ちょっと近い!」
「心配したんだ!」
「当然だ!」
「別に心配されなくても平気よ!」
そう言いながら、私は妙な寒気を感じていた。
さっきの地震。
ただの地震じゃない。
嫌な予感しかしない。
「……何なのよ、今の」
低く呟く。
この時の私は、まだ知らなかった。
アジノも。
レオニスも。
そして私も。
この騒動なんて、これから始まる大事件の前座に過ぎなかったことを。
――そして、私の平穏な日常が、完全に終わることになるなんて。
その時は、まだ知る由もなかった。




