始まりの一閃
「はーい、到着! ここが《王立アカデミー冒険者登録所》だよ!」
アジノに連れてこられた先にあったのは、城の外縁部に建てられた巨大な石造りの建物だった。
長い回廊の先にそびえるそれは、どう見ても試験会場というより――
「……コロシアムじゃない」
私は思わず眉をひそめた。
「ここが王立アカデミー?」
「正確にはその一部かな」
アジノはいつもの人懐っこい笑顔で説明を始める。
「冒険者登録試験や魔術師検定、剣士の昇級試験なんかを行う施設なんだ。王立アカデミーっていうのは、建物の名前じゃなくて組織全体のことなんだよ。僕も所属してるしね」
「必要になったら聞くわ」
私はそっけなく言った。
「別に、あんたの宮廷での立場とか興味ないし。私は冒険者登録できればそれで十分」
「もー! だから僕のことはアジノでいいって!」
「知り合ったばっかりでしょ? 名前で呼び合うほど親しくないわ」
……まあ。
ここまで案内してくれたことには、少しだけ感謝してるけど。
ほんの少しだけよ?
別に嬉しいわけじゃないんだから。
中に入ると、そこは完全に闘技場だった。
巨大な円形舞台。
床には白い魔法陣。
周囲には七層にも及ぶ観客席。
石壁には何重もの防御術式。
「ずいぶん物騒な設備ね……」
「安全第一だからね」
入口脇の受付には女性職員が座っていた。
そしてアジノを見るなり、ぱあっと顔を輝かせる。
「まぁっ! ルクヴェール様!」
……またか。
この男、本当にどこ行っても人気なのね。
「知人が試験を受けに来たんだ。僕は付き添い」
すると、職員のお姉さんの視線が私に向いた。
なんか冷たい。
すごく冷たい。
……知らないわよ。
私だって勝手についてきてもらってるだけなんだから。
「申請書をお願いします」
営業スマイルすら消えた事務的な口調に、私は苦笑しながら書類を差し出した。
説明を受け、さっさとサインを済ませる。
「モンスターのレベルは初級、中級、上級、特級から選択できます。女性の方でしたら――」
「特級で」
「……はい?」
「だから、特級」
「え?」
「特・級」
職員さんの顔が引きつった。
「危険です! 大怪我をされても試験終了までは治療できません!」
「責任は負わないって書いてあったでしょ?」
私は書類をひらひらさせた。
「時間かけたくないの。さっさと特級をお願い」
「る、ルクヴェール様まで止めてください!」
職員さんが泣きそうになっている。
対してアジノは目をキラキラさせていた。
「わぁ、楽しみ!」
この男、絶対面白がってるわね。
私は闘技場中央に立った。
結界が張られる。
「ふーん。外に被害が出ないようになってるのね」
感心していると、アジノはいつの間にか床に魔法陣を描き、その上に座ってスケッチを始めていた。
「……アンタねぇ」
「描いていい?」
「好きにすれば」
すると職員が叫んだ。
「特級モンスター召喚!」
紫色の魔法陣。
轟音。
そして現れたのは――九つの首を持つ巨大な蛇。
「ヒドラか」
私は笑った。
「いいじゃない」
アジノが慌てて立ち上がる。
「エミリウス!」
「見てなさい」
私は腰の魔剣を抜き放った。
「《ウィンデール》!」
体が浮き上がる。
次の瞬間、ヒドラの牙が私のいた場所を噛み砕いた。
石畳が吹き飛ぶ。
「遅いわよ」
九つの首が一斉に襲いかかる。
「お腹空いてるの?」
私は宝玉を掲げた。
「《ヒエムステンプレス》!」
吹雪が荒れ狂う。
氷の嵐がヒドラを包み込み、巨体の動きを奪った。
「まだよ!」
「《グラシスランス》!」
無数の氷槍が顔面へ突き刺さる。
そして。
私は鞘から刃を抜いた。
一閃。
次の瞬間。
八本の首が宙を舞った。
轟音と共にヒドラが崩れ落ちる。
私は静かに着地し、剣を納めた。
「はい、終わり」
静寂。
誰も動かない。
「ちょっと」
私は首を傾げた。
「本体の首一本残してるから死んでないわよ?あとで氷を溶かせば治るでしょ?」
誰も返事をしない。
「ねえ!」
私は声を張った。
「呆けてないで判定して!」
そこでようやく職員が我に返る。
「しょ、勝者!」
「エミリウス・レイヴェル!」
「Sランク冒険者認定です!!」
私は認定証とバッジを受け取る。
すると――
「すごい!」
アジノが飛び込んできた。
「最高だよエミイ! 美しい! 戦う君は本当に美しい!」
「エミイ言うな!」
そう怒鳴りながら渡された紙を見て、私は思わず吹き出した。
「なにこれ……」
十数枚。
全部、戦闘中の私のスケッチだった。
「アンタ、戦闘見てたんじゃなくて描いてたの?」
「うん!」
「ほんと変わってるわね……アジノ」
言った瞬間。
私はハッとした。
アジノが固まった。
「……今、アジノって呼んだ?」
「え?」
しまった。
「別に深い意味ないわよ!」
顔が熱い。
私はそっぽを向いた。
「たまたま口から出ただけ!」
「エミリウス……!」
「でもエミイは禁止!」
指を突きつける。
アジノは満面の笑みで頷いた。
「うん! わかった!」
……なんでそんなに嬉しそうなのよ。
調子狂うじゃない。
私は咳払いした。
「それより!」
「冒険者資格も取れたし、ギルドで正式登録しないと」
そして左手を差し出す。
「帰り道、分かんないから……送って」
「もちろん!」
アジノは嬉しそうに私の手を握った。
「喜んで!」
「ちょ、別に手を繋がなくても――」
「迷子になるでしょ?」
「うっ……」
反論できない。
「だから違うわよ! これは効率の問題なんだから!」
「うんうん」
「笑うな!」
楽しそうに笑うアジノに文句を言いながら。
私はその温かい手を振り払わなかった。




