王立アカデミー国家資格試験へ
初めて足を踏み入れた《セオリス王城》は、想像していたよりも遥かに巨大だった。
……いや、巨大なんて言葉じゃ足りない。
広い。
とにかく広い。
前庭だけでも一つの街くらいありそうな規模で、なんとか抜けたと思った先にも石畳の廊下が延々と続き、意味不明な塔や兵舎や噴水やらが並んでいる。
「えーっと……確か、庭を抜けて突き当たりを右、だったわよね?」
私は、あのクソ門番……じゃなくて、親切な門番さんから聞いた道順を思い出しながら歩き続けた。
右に曲がり、左に曲がり、また右へ。
そして気付けば――三時間経っていた。
「……」
「…………」
「あ゛ーーーっ!! 喉乾いたーーー!!」
思わず髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「王立アカデミーってどこよぉぉぉっ!!」
なんなのこの城!
広すぎでしょ!
国一つ丸ごと入ってるんじゃないの!?
しかも不思議なことに、誰一人として通りかからない。
静まり返った石畳の通路に私の叫びだけが虚しく響いた。
すると。
くすくす。
誰かの笑い声が聞こえた。
「誰よ!?」
私は即座に振り返る。
「今、気が立ってるからね! あんまり私を怒らせない方がいいわよ!」
すると柱の陰から現れたのは――
空中階段で会った、あの胡散臭い宮廷絵師だった。
亜麻色の髪。
栗色の大きな瞳。
女の子みたいな綺麗な顔。
そして人懐っこい笑顔。
……正直、ちょっと腹が立つくらい整った顔をしている。
「いやぁ、ごめんごめん」
彼はお腹を押さえて笑っていた。
「君、しっかりしてそうに見えるのに、結構抜けてるんだなぁって」
「はぁ!?」
私の青い瞳に怒りの炎が宿る。
「初めて来た場所で迷うのってそんなにおかしい!?」
「ごめん、でも面白くて」
まだ笑ってる!
この男、絶対性格悪い!
「ところで、門番になんて言われたの?」
「庭を抜けて突き当たりを右に行けって言われたわよ!」
私は嫌味たっぷりに付け加える。
「ルクヴェール様?」
「あー、なるほど」
また笑いを堪えるアジノ。
「君、名前は?」
「エミリウス・レイヴェル」
「エミリウス……エミイか」
「却下」
即答した。
「勝手に愛称で呼ばないでくれる?」
「じゃあエミリウス」
彼は悪びれもせず、にこにこ笑っている。
なんなのよ、この人。
怒ってるこっちが馬鹿みたいじゃない。
するとアジノは顎に手を当てた。
「君が抜けたと思ってる庭だけどさ」
「え?」
「ここ、まだ前庭の中だよ?」
「……は?」
私の思考が止まる。
「え?」
「ここ、前庭」
「いやいやいやいや!」
私は思わず叫んだ。
「石畳あるじゃない!」
「あるね」
「塔もあるじゃない!」
「あるね」
「建物もあるじゃない!」
「兵舎だからね」
「ここ庭なの!?」
「うん」
うんじゃないわよ!!
「嘘でしょ……」
思わず頭を抱えた。
「広いってレベルじゃないんだけど!?」
「要塞兼王城だからね」
アジノは肩をすくめる。
「まぁ最初は誰でも迷うよ。門番の説明も雑だったし」
ぽんぽん、と肩を叩かれる。
「王立アカデミーなら案内するよ」
「別に一人で……」
そう言いかけた時。
ぐぅぅぅ……
お腹が鳴った。
「……」
「……」
「ぷっ」
「笑うなぁぁぁ!!」
顔が熱くなる。
恥ずかしい!
死にたい!
「ほら」
アジノは笑いながら手を差し出した。
「行こう?」
「別に迷ってたわけじゃないんだからね?」
「うんうん」
「道を確認してただけよ?」
「うんうん」
「あと、お腹空いてたから休憩してただけ」
「うんうん」
「だから方向音痴じゃ――」
「方向音痴なんだね」
「違うわよ!!」
即座に否定する。
するとアジノは真顔になった。
「でも効率を考えると、僕が連れていった方が早いと思うなぁ」
「効率?」
「うん。日が暮れる前に着ける」
なんか悔しい。
すごく悔しい。
でも事実だった。
「……じゃあ」
私は観念して左手を差し出す。
「とっとと案内してよ」
するとアジノの顔がぱぁっと輝いた。
「任せて!」
嬉しそうに私の手を取る。
「ちょっ、近い近い!」
「大丈夫。この方がはぐれないから」
「子供じゃないんだけど!?」
「知ってる」
「なら離しなさいよ!」
「嫌」
「なんでよ!」
「効率的だから」
なんなのこの人!?
意味わかんない!
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
そして城内へ入った瞬間――
周囲がざわついた。
「アジノ殿が女性と……?」
「ルクヴェール様のお連れ?」
「誰あの人?」
女官やメイドたちの視線が一斉に私に集まる。
『うわぁ……』
痛い。
視線が痛い。
『こいつ、人たらしだったの!?』
私は小声で訴えた。
「ルクヴェール様……そろそろ手を離して頂けません?」
「なんで?」
「なんでって……」
「この方が歩きやすいし、効率的だから」
また効率か!
「あと」
アジノはキラキラした目で私を見た。
「アカデミー試験、見学していい?」
「は?」
「君の戦い、描いてみたいんだ」
子供みたいに目を輝かせる宮廷絵師。
私は大きくため息を吐いた。
「……好きにすれば?」
「やった!」
嬉しそうに笑うアジノ。
その笑顔を見て。
私は少しだけ思った。
――変な奴。
でも。
悪い奴じゃないのかもしれない。
そんなことを考えてしまった私は、きっと疲れていたんだと思う。
……うん、そういうことにしておこう。




