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いざ!王城へ

「国家資格? そんなの必要なの?」


 

 トントントン……

 苛立ちを隠す気もなく、私は指先でカウンターを叩いていた。

 目の前では、冒険者ギルドの若い職員が引きつった愛想笑いを浮かべている。


 

「で?」


 

 嫌な予感しかしない。

 すると職員は申し訳なさそうに頭を下げた。


 

「ですから……盗賊討伐の依頼を受けるには、王立アカデミーで国家資格を取得していただく必要がありまして……」


 

「えー!? マジで言ってるの!?」


 

 私は思わずカウンターに突っ伏した。


 

「たかだか盗賊退治でしょ? アジト見つけて、木偶の坊どもぶっ飛ばして、お宝回収して終わりじゃない。一人で充分でしょ?」


 

 トントントン……。

 さらに指でカウンターを叩く。

 


「しかもパーティを組め? 国家資格なしで活動したら国に罰せられる? 中央王都なのに、そんなケチ臭いこと本気で言ってるの?」


 

 職員は完全に困り顔だ。


 

「申し訳ございません……決まりですので……」


 

「で? その国家資格ってやつは、どこでどうやって取ればいいわけ?」


 

 私は青い瞳でじとーっと男を見上げた。


 

「街の先にございます天空城『セオリス城』内の王立アカデミーで登録試験を受けていただきます。合格者には資格が授与され、クエスト受注が可能になります」


 

「ふーん……」


 

 つまり。


 

「要するに、セオリス城に行けばいいのね?」


 

 私はくるりと振り返った。

 ギルドの中は相変わらず騒がしい。

 鎧姿の戦士。

 ローブ姿の魔術師。

 法衣を纏った神官。

 シーフやハンター。

 いかにも冒険者といった連中が酒を飲みながら騒いでいる。

 その中で、私はかなり目立っていた。

 ……まあ、当然だろう。

 深い紺色の魔導軽鎧。

 胸元に輝く銀色の六芒星のマント留め。

 黒曜石のようなブラックドラゴンの皮で出来たロンググローブにお揃いのロングブーツ。

 宝玉の埋め込まれた魔剣。

 涙型の宝石のネックレス。

 そして腰まで届く、タンザナイト色の長髪。

 全身これでもかと高価そうな装備で固めている。

 要するに、


『私、金目の物いっぱい持ってまーす♪』


 と宣伝しながら歩いているようなものだった。

 案の定。


 

「よう、お姉ちゃん」


 

 下卑た笑い声が聞こえてきた。

 振り向けば、ポールアクスを背負った大男。

 顔を見た瞬間に「関わったら面倒くさい」とわかる類の男だ。

 


「よそ者だろ? 俺が城まで案内してやろうか?」


 

 私は男を一瞥した。


 

「結構よ。城の場所は職員から聞いてるから。

 あんたは身の丈にあった相手でも探したら?」


 肩をすくめる。


「まあ、あんた程度を相手するのは娼婦くらいでしょうけど」


 ニヤリと私は口角を上げた。

 完全に相手を挑発してるのは自分でも分かってる。

 一瞬、周囲が静まり返る。

 そして私はとどめを刺した。

 


「あ、でも娼婦も嫌がるか。口臭そうだし」


 

「なんだとぉぉ!!」


 

 大男の顔が真っ赤になった。


 

「大層な装備してるが、どうせ女だ! まともに戦えるわけねぇ!」


 

 男が掴みかかってくる。

 ――遅い。

 私は軽く跳び上がった。

 ふわりと髪が揺れる。

 次の瞬間。

 バキッ!!


 

「ぐぇっ!?」


 

 男の首筋に蹴りを叩き込み、そのまま床に沈める。

 大男は白目を剥き、泡を吹いて倒れた。

 静まり返るギルド。

 私は何事もなかったように着地した。


 

「……あの、ギルド内での私闘は禁止されておりまして……」


 

 困り果てた職員のお兄さんの前に、私は小さな革袋を置いた。


 

「罰金代」


 

 中には古代金貨三枚。

 銀貨三百枚相当。


 

「残りはその男の治療費にでも使って。見た目ほど大した怪我じゃないし。あとはギルドへの迷惑料ね」


 

 職員のお兄さんが目を丸くする。

 私はひらひらと手を振った。


 

「それじゃ」


 

 私は背を向けた。

 盗賊討伐。

 そのために必要な国家資格。

 取ればいいんでしょ、取れば。

 私はそんな軽い気持ちで、天空に浮かぶ巨大王城――セオリス城へ向かうことにした。

 もちろん、この時の私は知らなかった。

 ギルド二階の手すりから、私を見て笑っていた男のことを。


 

「おやおや。面白いものが見れた」


 

 ワインカップを片手に、くつくつと喉を鳴らす青年。

 亜麻色の髪に、栗色の大きな瞳。

 女顔と言っても通じそうな整った顔立ちのその男は、楽しそうに笑っていた。


 

「今、城に帰ったら……もっと面白いものが見れそうだ」


 

 そう呟くと、青年もまたギルドを後にする。


「ほえー……!」


 思わず間の抜けた声が漏れた。

 私はぽかんと口を開けたまま、頭上はるか彼方に浮かぶ巨大な影を見上げる。

 ――空中巨大王城《セオリス城》。

 この世界で唯一にして最大。

 巨大島国アルセノヴァを統べるセリオス王国の象徴にして、人類最高峰の魔導技術の結晶。

 幾重にも重なった浮遊島の最上部に築かれた白亜の城は、まるで空そのものを支配する神々の宮殿のようだった。

 青空を背景に、幾本もの尖塔が天を突き刺し、無数の橋と浮遊庭園が城郭を取り囲む。

 その壮大さたるや、


 

「これ、城っていうか、もはや国じゃない?」


 

 と、思わず突っ込みたくなるほどだ。

 実際、城の中だけで一つの街が成り立っているらしい。

 下町育ちの私からすれば、完全におのぼりさんである。


 

「うわぁ……でっか……」


 

 なんて呟きながら、私はしばらく口を半開きにして見上げていた。

 いや、仕方ないと思う。

 だって普通、城って地面の上に建ってるものでしょ?

 なんで空に浮いてるのよ。

 どういう発想したら、「よし、城を空に浮かべよう!」ってなるのよ。

 しかも、遠目で見ても分かる。

 あれ、絶対デカい。

 バカみたいにデカい。

 私の故郷の街なんて、丸ごと三つくらい入りそうな大きさだ。


 

「……さて」


 

 ここで、『空中巨大王城セオリス城って何?』

 という人のために、この世界について簡単に説明しておこう。

 巨大島国アルセノヴァ。

 四方を海に囲まれたこの世界最大の島国であり、中央に位置する唯一の巨大国家――セリオス王国が全土を統治している。

 王都を中心に、いくつもの都市や領地が存在し、人々は魔法と剣、そして古代文明の遺産と共に暮らしていた。

 そんな王国の中心。

 文字通り「世界の頂点」に存在するのが、今、私が見上げている空中巨大王城《セオリス城》である。

 王族。

 貴族。

 王立アカデミー。

 騎士団。

 魔術研究所。

 宮廷画家。

 果ては国家機密を扱う部署まで。

 この国の中枢機能、そのすべてが集約されている。

 まずこの世界は、地・水・火・風の精霊が守護する四大陸と、この島国で構成されている。

 詳しいことは端折るが、四大陸を取りまとめて収めているのが、この城《セオリス城》である。

 まあ、城の話はこれくらいにしとして、先ずは入城しないとね!

 入口は1つ。

地上と天空に浮かぶ巨大王城《セオリス城》を繋ぐ自動式階段は、上りと下り左右に別れて、ゆっくりゆっくり空へ向かって伸びていた。


 ……遅い。


 いや、遅すぎる。

 


「空中浮遊魔法で行くか、あの階段に乗るか……」


 

 私は腕を組んだ。

 正規のルートはあの階段だろう。

 でも、あんなのに律儀に乗ってたら日が暮れる。


 

「うん。魔法で行こ」


 

 即決だった。

 私は腰から宝玉の埋め込まれた長剣を抜く。

 柄に指を添え、短縮呪文を唱えた。

 

『ウィンデール』


 宝玉が淡く輝き、私の身体がふわりと浮き上がる。


 

「それじゃ、王城目指して、しゅっぱ――」


 

 べしゃっ!


 

「いったぁっ!?」


 

 情けない音を立てて、私は顔面から地面に突っ込んだ。


 

「え? なに!? どういうこと!?」


 

 慌てて起き上がる。

 浮遊魔法は確かに発動した。

 なのに、何か見えない壁に叩き落とされたような感覚が残っている。


 

「まさか……結界?」


 

 唖然として空を見上げた、その時。

 パチパチパチ。

 どこからか拍手が聞こえてきた。


 

「いやー! 大正解。当たりだよ」


 

 振り返ると、一人の青年が笑いを堪えながらこちらへ歩いてくる。

 亜麻色の絹のような髪。

 大きな栗色の瞳。

 髪が長ければ、綺麗な少女と間違えそうな顔立ち。

 そして何より――

 なんかムカつくくらい楽しそうだった。


 

「城全体はもちろん、あらゆる場所に防犯結界が張られてるんだ」


 

 青年は、地面にへばりついている私を見下ろして言った。


 

「城に入りたければ正規ルート。つまり、あの階段を使わないと王宮には辿り着けない」


 

 そう言って手を差し出してくる。

 白地に銀糸の刺繍が施されたチュニック。

 指にはたくさんの指輪。

 腰には絵筆とパレットホルダー。

 どう見ても宮廷関係者だ。


 

「あんた、ずっと見てたんでしょ?」


 

 私はその手を無視して、自力で立ち上がる。


 

「だったら先に教えてよ。性格悪いわね」


 

 すると青年は、ますます楽しそうに笑った。


 

「ごめんごめん。面白くて」


 

 ……正直に言いやがった。


 

「僕はアジノ・ルクヴェール。王室絵師をやってるんだ」


 

 人懐っこい笑みを浮かべ、もう一度手を差し出す。


 

「よろしくね」


 

 私はそれも無視して長剣を鞘に収めた。


(なんだ。王族お抱えのお坊ちゃんか)


 するとアジノはまったく気にした様子もなく、


 

「よかったら、城の中を案内しようか?」


 

 なんて言い出した。


 

「結構よ。一人で大丈夫だから」


 

 私は肩をすくめる。


 

「絵師様はお仕事がおありなんでしょ? お一人で城にお帰りくださいな」


 

 皮肉たっぷりに言って、さっさと空中階段へ向かう。

 それなのに。


 

「僕、城の中をウロチョロしてるから、困ったことがあったらいつでも言ってねー」


 

 なんて、呑気な声が後ろから飛んできた。

 なんなのよ、あの男。

 邪険にされても全然めげない。

 そのうえ、妙に人懐っこい。

 理解できない。

 先に階段に乗ったアジノは、私から少し距離を取って城門へ向かっていった。

 そして、城門に着いた瞬間。


 

「これは! ルクヴェール殿! お帰りなさいませ!」


 

 門番たちが一斉に頭を下げた。


 

「ただいまー。いつもご苦労さん」


 

 アジノはひらひらと手を振る。

 そして、まだ階段の途中にいる私に向かって、にっこり笑った。


 ……なんか腹立つ。


(なるほど。顔パスってやつね)


 証明書も見せずに門をくぐる姿を見て、私は小さく鼻を鳴らした。

 ほどなくして、私も城門に到着する。

 すると、門番二人が槍を交差させた。


 

「止まれ。何の用だ? 身分を証明できるものはあるか?」


 

 ほら始まった。

 どうして門番っていう生き物は、みんな偉そうなんだろう。

 私はため息をつきながら、ギルドで受け取った王立アカデミー資格申請書と通行証を差し出した。


 

「なんだ、受験者か」


 

 門番は鼻で笑いながら槍をどかす。


 

「アカデミーなら、前庭を抜けて突き当たりを右だ。まあ頑張れよ」


 

「はいはい」


 

 私は適当に返事をして城門をくぐった。


 この時の私は、まだ知らない。


 ――この《前庭》とやらが。


 街ひとつ入るんじゃないかってくらい広くて。


 そして私は、このあと三時間にわたって迷子になることになるなんて。


 もちろん、知る由もなかったのである。

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