遂に作戦発動…俺達は『戦争』に行く。
夕方になり、そろそろ夕食と言う時間になってから喜朗おじと加奈がやって来た。
暫くの間『ひだまり』を早めに閉めて夜はここで過ごすと言う事だった。
喜朗はガレージでヲタ地雷の製作に、加奈は俺達のトレーニングに加わった。
明石夫婦が夕食を作る事になり、俺達人間メンバーはガレージの地下射撃場で密集した態勢で進みながらそれぞれが違うターゲットを撃つ練習をした。
四郎発案のこの練習はアメリカの警察や軍隊でも危険すぎると禁止されかねない物だった。
下手をするとすぐ前を行く味方の肩や後頭部を撃ちかねない危険なフォーメーションを俺達はポジションを交代しながら練習した。
俺のすぐ後ろにマシンガンの銃口があり、唐突に発砲するのだ。
サウンドサプレッサーを付けているとはいえその銃声は恐ろしかった、そして俺の耳や後頭部が吹き飛ばされないかは後ろのメンバーを信頼するしか無かった。
俺も間違ってメンバーを撃たないかひやひやしながらも練習を続けた。
どんなに味方がいて万全の体制を作って戦うと言っても、あの地下に突入して戦うのは恐い。
激しい練習で俺達は恐怖を紛らわせた。
夕食後、あの蜘蛛の化け物に対抗する戦い方を俺達は考えた末に、加奈のエレファントガンで蜘蛛の化け物に近づかれないうちに、酸の射程距離に入る前に奴が体の前にぶら下げた生きた防弾チョッキごと撃ち殺すか中枢部分を破壊して動きを止める事にして、夕食後に『加奈・アゼネトレシュ』を構えた加奈を中心に加奈を援護しながら進むフォーメーションの練習をした。
『加奈・アゼネトレシュ』の狂暴な発射音はイヤーマフをしている俺達の耳にもきつかった。
夜が遅くなる頃に練習を終えた俺達はそれぞれ風呂に入った。
雨が相変わらず降ったり止んだりを繰り返していた。
翌朝、空はまだ曇り空で時折雨が降っていた。
明石一家と護衛は、眠い目を擦りながら車に乗り込む司と忍を連れて学校に、昨夜遅くまでかかってヲタ地雷を二つ作った喜朗おじと加奈は『ひだまり』に出発した。
明日は新しい『ひだまり』の店舗の改装工事が始まるので喜朗おじと加奈は一日中死霊屋敷にいる事になっていた。
大学がまだ始まらない真鈴とジンコは俺達とトレーニングを始めた。
午前中、練習中の俺達に客が来た。
榊だった。
榊は車に乗り、何と警察のパトカーを2台引き連れて来ていた。
暖炉の間に通された榊と制服警官。
俺達は汗だくの戦闘服姿で応対するしか無かった。
物珍しそうに暖炉の間を見回す警官をよそに榊は俺達に話し始めた。
ひとつ違和感があるのは普通の制服警官だが、肩にMP5マシンガンを掛けていた事だ。
「いよいよ作戦が始まりそうなんだが、警察の方で一応警備をする事になったんだよ。
どうしても警護すると言ってな。
警視総監がかなり入れ込んでいるんだ。」
「ほう。」
頷いた四郎に榊が顔を寄せて小声で言った。
「まぁ、どれだけの防ぎになるか判らんが…ここの入り口ゲートの前に常時パトカー2台、制服警官4名が警備する事になったよ。
あくまでも作戦期間中だけの事だがな。
交代で入り口ゲートに詰めるからよろしく頼むよ。
見た目は所轄の警官だが、中身は警視庁の特殊部隊員なんだ。
どうやら何かして一枚嚙みたいらしいんだが。
作戦が終了したら一切の記録は抹消すると岩井テレサが約束させたようで今後ここが目を付けられる事は無いとの事なんだが。」
榊の言葉を聞きながら俺達はため息をついた。
どうも政府の方でいろいろな部署が何か役に立つ事を見せたいのか、当事者として首を突っ込みたいのか…色々と面倒くっさいものだと思った。
榊は挨拶もそこそこに死霊屋敷を出て行き、サブマシンガンを所持した警官は入り口ゲートの両側にパトカーを止めて警備についた。
「やれやれ、あの頼りないサブマシンガンを見たか?
予備のマガジンも持っていなかったぞ?
弾を撃ち尽くしてすぐにマグチェンジが出来るかも怪しいぞ。」
四郎がぼやいた。
「確かリリーは9ミリ弾ではとても悪鬼を止められないと言ってたよね。
警察にもこういう装備が有るんだぞと言いたいのかな?
俺達は40口径でも威力が足りないかもと思っているのにね。」
俺が答えると真鈴が頭をがりがりと掻いた。
「どうせなら自衛隊連れてきなさいと言いたいわね。
あれで役に立つのかしら?
あの人達は悪鬼がマガジン全弾撃ちこんでぶっ倒れてもすぐに再生して襲い掛かって来るなんて思いもしないかもね。」
真鈴の言葉を聞いてジンコがため息をついた。
「まぁ、事態終息までの期間限定と言う訳だし、その後は記録を抹消すると岩井テレサが約束させたから私達の今後の行動は束縛されないと言う事よね。
しかしあの程度の武装…警察のお偉方は悪鬼の怖さを知らないのかしら?」
「まぁジンコ、多少は知ってるからサブマシンガンを装備した特殊部隊の警官を配置してるんだろうけどな…悪鬼なんて人間に毛が生えた程度の者だと思っているかも知れぬ、あの警官たちは俺達の装備を見たらどう思うのか。」
四郎がぼやき、俺達は苦笑いを浮かべた。
クラも一緒に苦笑いを浮かべているのを見た俺は、彼が少しは俺達に溶け込んできているのかなと安心した。
午前の練習を切り上げて早めの昼食をとり、少し休憩してからまたトレーニングを開始した。
明石一家が護衛を引き連れて帰って来た。
車から降りるなり圭子さんが呆れた声を上げた。
「ちょっと何あれ~!
何か事件が起きたかとびっくりしたわよ~!」
「ママ、学校にもパトカーが停まっていたよ。」
「そうそう、校庭や校舎でもお巡りさんが見回りしてたよ。」
司よ忍も異口同音に言った。
明石が頭を掻きながらぼやいた。
「やれやれ、手厚い警護と言えば良いのかな?
しかしあの装備ではな、いざと言う時は俺達が彼らを守らねばならんな。
奴らはいかにも警護してますよ!とアピールしたいのだろうがな。」
そう、明石も警官の貧弱な装備に目が行ったようだ。
司と忍の護衛は、学校内で補助教員として警護についている者でも40口径のピストルとダガーナイフを、車で待機している者は40口径のサブマシンガンと44マグナムリボルバーを物騒な刃物と共に身につけているのだ。
トランクにはショットガンまで入っている。
「まあまあ、いよいよ作戦が近づいたと言う事じゃないか?」
四郎がそう言って苦笑いを浮かべた。
俺達は圭子さんも交えて訓練を再開した。
夜になって喜朗おじと加奈が帰って来た時も加奈が車から降りながら圭子さんのような声を上げていた。
喜朗おじはヲタ地雷の製作に取り掛かり、俺達は加奈を中心としたフォーメーションを組んであの危険な射撃練習を続けた。
夕食後は銃の手入れの後で装備を身につけてのナイフトレーニングをした。
風呂に入った後暖炉の間でコーヒーを飲んでいるとテレビの天気予報で明日は曇りのち晴れと言う予報が出た。
「これはいよいよかな?」
四郎が言い、俺達も期待を抱いた。
みっちり練習をしていてまだ足りないと思う心と早く実戦を始めたいと言う逸った心が俺達の中で同居していた。
クラがバッグに荷物を詰めて暖炉の間の隅に置いた。
「クラ、どうしたの?」
加奈が尋ねるとクラは答えた。
「作戦が終わったら一度うちを見に行こうと思っているんですよ。
あの晩から一度も帰っていないし。
しばらく家で一人で過ごそうと思っています。」
「何よ水臭いわね~!
ずっとここにいれば良いじゃない。」
加奈がふくれ面で言った。
「いや、いつまでもお世話になる訳には行かないから…。」
明石がクラに尋ねた。
「クラは今回の騒ぎが終わったらどうするつもりなんだい?」
「…今はまだ全然判らないです…。」
明石がじっとクラの顔を見つめた。
「クラ、今はまだ心の整理がつかないと思うけどな。
もしも、もしもまた悪鬼の討伐を続けたいと思ったら、良かったらワイバーンに来ないか?
実は今喜朗おじの『ひだまり』と言う喫茶レストランを少し大きくしてこの近くにオープンしようと思ってるんだ。
クラみたいな俺達の事を知ってる人間がいて手伝ってくれたら助かると思っていたんだが。」
「…はい…。」
「まぁ、今返事をしろとは言わないよ。
クラさえ良かったらうちに来ればよいさ。」
「そうね!クラは料理経験者だから助かるかも!」
加奈が笑顔で言った。
確かに『ひだまり』のキッチンに2人いれば多少客が増えてもやって行けるだろう。
そしてクラはワイバーンメンバーとしても充分な実力があった。
皆が笑顔でクラを見ていた。
どうやら皆がクラを歓迎する雰囲気だった。
「はい、ありがとうございます。
俺も…嬉しいです。
少し考えさせてください。」
クラは100回野郎だがとても良い奴だと思う。
俺も大歓迎だ。
翌朝、相変わらず空は曇っていたが、土曜日だが何か行事があり、明石一家は学校に行き、俺達は『ひだまり』が休みの加奈も含めて朝のクロスカントリートレーニングを始めた。
喜朗おじは夜までかかってヲタ地雷を作り、今は4つのヲタ地雷があった。
そして喜朗おじは新しい『ひだまり』の店舗に行き、内装工事を監督していた。
空は時々晴れ間が見え、俺達は作戦開始の予感がした。
そして朝食後も様々なトレーニングをこなした俺達は段々とお互いの呼吸を読めるようになってスムーズにフォーメーションを組んで戦える自信がついてきた。
自分のすぐ後ろで装弾してセフティを外した銃を構える人間が立つなどとはお互いに絶対の信頼が無いとできない芸当だ。
昼食。
工事が休憩になり喜朗おじが屋敷に戻って来た。
「おい、今度の『ひだまり』は結構いけそうだぞ。」
喜朗おじはご機嫌で昼食を平らげてまた屋敷を出て行った。
昼食後、俺達はクロスカントリーをしながらより実戦的な射撃訓練を行った。
汗と泥にまみれて屋敷に帰って来てシャワーを浴びていたら加奈がいきなりお風呂場に顔を突っ込んだ。
「彩斗!早く上がんなよ!
テレビテレビ!」
それだけ言うと加奈は皆!テレビ!と叫びながら屋敷の廊下を走って行った。
俺は予感がしてそそくさと体を拭いて暖炉の間に走った。
四郎達が集まって大型テレビに見入っている。
テレビではヘリからの映像で都内のビルが映し出され、その周りに普通の事件よりもずっと広く規制線が敷かれていて機動隊が周りを厳重に固めていた。
女性アナウンサーが緊張した声でニュースを読み上げていた。
「え~!速報を続けます!
現在都内数か所と富士の樹海、山梨県富士河口湖町近辺でテロ集団と思われる者達の大規模なアジトを突き止めたと警察の発表がありました。
ガスです!テロ集団は有毒ガスを保有しているとの情報があり、何人かが立てこもっている模様です。
付近では住民の避難命令が出ています!
富士の樹海、青木ヶ原近辺、並びに東京都江東区木場駅、東陽町駅近辺の住民に避難命令が出されました!付近の方は絶対に近づかないように警察に指示に従って避難してください!そして北区赤羽、赤羽西6丁目付近でも新たに避難命令が出ています!そのほか杉並区…」
「始まったようだな。」
四郎が言うとスマホに着信があった。
リリーからだ。
「彩斗、いよいよ始まるよ。
死霊屋敷にワイバーン集合をお願いするわ。
午後3時までに迎えが来るから装備の準備をしておいてね。」
通話が切れた。
「彩斗、始まるの?」
真鈴が尋ね、皆が俺を見た。
「うん、作戦開始だ。
みんな装備を持って玄関ホールに集合。
迎えが午後3時に来るそうだ。」
俺の言葉が終わらないうちに皆が走り準備を始めた。
俺も装備を手に取って玄関ホールに走った。
連絡を受けた喜朗おじも帰って来て色々と装備のチェックを始めた。
今、午後1時50分。
皆忙しく動きながらもはしゃぐ声も叫ぶ声も聞こえずに黙々と準備をしていた。
やがて遠くからパトカーのサイレンが聞こえて段々と近づいてきた。
迎えにしては早いなと思って入り口ゲートのモニターを見ると回転灯を点けた護衛の車に挟まれた明石のレガシーが映っていた。
あの護衛の車は覆面パトカー仕様だったのだ。
「始まるか!」
明石がレガシーから飛び出して玄関ホールに飛び込んだ。
その後を圭子さんと司と忍も駈け込んで来た。
「彩斗凄いんだよ!
あれってパトカーだったんだよ!」
「みんなどいちゃうんだよ!
信号も無視して走ってるんだよ!」
司と忍が興奮して叫んでいた。
俺達は彼女たちの無邪気な興奮を微笑ましく感じながらも準備と装備のチェックに余念が無かった。
準備とチェックが終わり、俺達は玄関ホールから外に出てタバコを吸った。
圭子さんが気を利かせてコーヒーを淹れておいてくれた。
「いよいよだな。」
「いよいよね。」
「忘れ物は無いか?」
「もう一度チェックしよう!」
「ヲタ地雷は幾つあるんだ?」
「4つだな。」
「2つづつポウチに入れておこう。」
装備のチェックを終わらせた俺達それぞれに圭子さんがお茶が入った保温水筒とお握りを差し出した。
「腹が減っては何とかだからね。」
俺達は圭子さんが握った握り飯をいとおしそうに捧げ持ってお辞儀をして、圭子さんを慌てさせた。
「もう、何やってんのよ!
そんな事しないで皆ちゃんと帰って来なさいよ!
おいたが過ぎて怪我をしてもダメなんだからね!」
圭子さんが顔を赤くしながら叫んだ。
明石が圭子さんの手を取って暖炉の間に連れて行きドアを閉めた。
何が起きたか大体見当は付いたが俺達は野暮な事は言わなかった。
やがてドアが開き、明石と圭子さんが指を絡めて出て来た。
圭子さんの顔が赤く、しかし少し涙目だった。
俺達は暖かい視線を送りながらも明石達を見ない振りをした。
「彩斗、そろそろじゃないか?」
四郎が時間を合わせた腕時計を見た。
「はなちゃん、迎えが来てない?」
ジンコは俺が背負ったリュックのはなちゃんに尋ねた。
「今の所は…まだ…おお!
あほ兄弟が迎えに来ておるじゃの!
しかし早いの!
真っ直ぐこっちに来てるじゃの!
もうすぐじゃの!」
やがてヘリコプターの爆音が聞こえて来た。
西の空から航空自衛隊の大型ヘリが飛んできた。
俺達は声にならない声を上げて迷彩色に塗られた2つの大きなローターを回転させる大型ヘリがゆっくりと屋敷の周りを旋回して着陸するのを見た。
後部にある扉が下がってあほ兄弟が顔を出して俺達に手を振っていた。
「何と大げさだな…。」
「あれはチヌークとか言うヘリコプターか…。」
「成る程あれなら渋滞など関係無いが…。」
四郎と明石と喜朗おじが呆れた声で言った。
「私…高所恐怖症って診断書も持っているんだけど…。」
真鈴がヘリコプターを見つめて顔をこわばらせて呟いた。
「ワイバーン!
早く搭乗してくださ~い!」
「スコルピオ航空にようこそ~!」
ヘリの爆音に負けまいとあほ兄弟が大声で叫んでいた。
俺達は装備を抱えてヘリに乗り込んだ。
明石が圭子さんと司と忍を抱きしめてから彼女たちに手を振りながらヘリに走って来た。
明石が乗り込むとヘリの後部ドアが閉まり、エンジン音が少し小さくなり席に着いた俺達は会話が出来るようになった。
やがてヘリが離陸した。
俺達はヘリの窓から屋敷の前で俺達を見上げて敬礼をする圭子さんと司と忍を見た。
彼女たちは横に並んでビシッと敬礼した後で遠ざかるヘリに向かって走りながら手を振って何か叫んでいた。
窓から覗いていた明石は複雑な顔をしていた。
「やれやれ特攻隊でもあるまいし…あんな若いのに、兵隊でもないのに、敬礼なんぞしなくて良いのにな。」
喜朗おじが苦笑いを浮かべながら明石の肩を叩いた。
「景行、しょうがないぞ、司や忍は、ましてや圭子さんでもあの戦争の真の姿は知らんのだからな。」
「そうだな、喜朗おじ、あの戦争で負け始めて絶望的なのに勝っている勝っていると騙されて踊らされて焼かれて飢えて溺れて殺された国民の事など…圭子や娘達は知らんだろうな。」
2人は恐らく太平洋戦争の事を言っているのだろう。
明石も喜朗おじも従軍していたのだ。
ヘリは青木ヶ原に向けて飛んでいた。
西日を浴びた富士山が大きく見えた。
ジンコと加奈が富士山を見て歓声を上げた。
「うわぁ!こんな所から富士山を見たの初めてだよ~!」
「真鈴!見てみて!凄いよ!」
真鈴は目をつぶってサブマシンガンを握りしめていた。
「何よあんた達!
私、高いところ苦手なんだってばぁ!
それに私達戦いに行くんだからね!
う~高い高い、エロイムエッサイムエロイムエッサイム…」
そう、真鈴が言う通り俺達はこれから戦いに、俺達は『戦争』に行くのだ。
続く




