天空の宮殿
最も速い馬に乗って、王国南部のタミル州を目指す。
目的地までは何日も掛る、王国の南の端。
当然、長距離移動は体を酷使する。
でも、今回の遠出は今までとは違って、立派な宿屋で宿泊する。
さすがはお金持ち。テントや野宿が当たり前だった旅のことを思うと、かなりの贅沢だ。こうして大の字になって、フワフワのベッドの上で寝れるし、金に糸目は付けず、好きな食べ物を、好きなだけ食べれるんだから。
「いざという時、疲れていては困るからな」
言って、近衛隊長のマハーバは、惜しみなくお金を使う。
まあ、戦争にならなければ、安いもんだよな。
幾つかの山を越え、やがて、ナーラ王子の治めるタミル州に入った。
更に進んで、一行は、州都・マドラスに着く。
「大きな町だが、王都に比べれば小さいよな」
町を見渡しながら大雅が言うと、
「王様になれると思っていたのに、こんな田舎の太守(提督)になったんだから、王子もグレるよな」
気の毒そうにタワンが言うと、
「ワタシも、それが気になっていた。聡明な王子が反乱を企てているとは、信じられないのだ。この目で確かめたい」
悲痛な思いの近衛隊長・マハーバが言った。
「あれは、なんだ」
大雅の指さす方を見ると、山のような岩山の頂上に、大きな建物が見えた。
それは、冬の避寒地として利用された離宮。
「あの天空の宮殿に、ナーラ王子は暮らしている」
近衛隊長が説明する。
「天空の、宮殿か……」
見上げるような高さ、まさに天空の宮殿の名にふさわしい。
「何故、あんな高い所に」
「もちろん、戦争に備えているからだよ」
要塞化した岩山の宮殿。
「守りを固めているとはいえ、本国からの遠征軍が攻めて来てはひとたまりもない」
「早く仲直りさせないと。それが俺達の使命だろう」
「まずは、元凶である教育係の屋敷を探さないとな」
ロッチが指示し、手分けして屋敷を探した。
教育係の邸宅は労せずに見付かった。
町の真ん中、一番大きな建物が教育係の住まう屋敷だった。
屋敷は、侵入者を拒むように塀で囲まれている。
「俺達なら、あの高さの塀なんかチョロイもんよ」
タワンが言って、塀を軽々と乗り越えると、
「俺も」「俺も」「僕も」「オレも」
大雅が、ロッチにシング、ウルフが次々に壁を乗り越える。
そして、年老いた仙人までもが軽々と塀を乗り越えた。
すぐさま、
「侵入者だ!」
と声が上がる。
ぞろぞろと、衛兵に護られながら教育係が姿を現した。
「火事場泥棒か。政情の不安に付け込んで現れるゴミ共が」
と見下すように、教育係のブオガが大雅達を見る。
「やはり、お前だったか、ブオガ。いや、バンチャと名乗っておったかの」
懐かしむように仙人・センチャが言うと、
「し、師匠!」
教育係が驚きの声を上げる。
「――え! ジイさんの知り合いだったのか」
「ああ、出来の悪い弟子の一人だ。王子の人格が変わったと噂に聞いて、お前の仕業ではないかと思っていた」
「チィッ、老いぼれが…」
「何故、こんな真似を?」
「あんな田舎に居て、何が出来る。我々は優れた民族。あのまま、優れた力を世に知らしめることなく埋もれてしまっては、口惜しいではないか。優れた人間が支配するのは当然至極な事」
「戦っても、勝ち目はがない戦いを何故?」
「見味方に付けたからだ。国の半分を与えるという条件で、遠征軍がこの南都に攻め入った時、王国の背後のから攻め入る手筈となっている」
「なんだってぇ!」
「そんな計画が進行しているのか。壁の外に居る近衛隊長に、早く知らせないと」
ロッチが言うと、
「ハハッ、知らせるも何も、お前達はここで死ぬのだからな」
余裕を決め込むブオガ。
「……改める気はないようじゃな。仕方ない、ワシが引導を渡してやる。ここで、お前を倒す」
「この私を倒すだと、面白い」
言うと、屋敷の中から出て来た数十人の衛兵が大雅達を取り囲む。
屈強な近衛隊長は塀の外。
ひと捻りで倒せると楽観視のブオガが不敵な笑みを見せた。
「この者達を侮れば、痛い目に遭うぞ」
仙人が忠告するが、
「フン、あんなガキに、選りすぐりの衛兵が負けるものか」
「彼らは、ワシの優秀な弟子だ」
「いつから爺さんの弟子になったんだよ、全く……」
プライドの高いタワンが嫌そうに言った。
「家訓その一、師の恩を忘るべからず。家訓その二、礼を失するべからず。家訓その三、不幸を喜ぶべからず。家訓その四、自己の利を求むべからず。家訓その五、怒りは敵、常に平常心」
自分に言い聞かせるように大雅は言う。
「こんな時に、何ブツブツいってんだよ!」
苛立つタワンに、
「こうやって集中力を高めるんだ。試合前に自分を鼓舞するルーティン、俺の習慣だよ」
抜群の身体能力を発揮し、衛兵に挑む。
大雅が掌に力を込め、数人の衛兵を、直接手を下さずに押し退けると、
「ヌッ、妖術使いか……」
驚きを隠せない。
「妖術じゃない、忍術だよ」
と大雅が言い返す。
「ニンジュツ、だとぉ」
初めて聞く言葉にブオガは恐怖を覚えた。
剣術道場の息子であるロッチに、道場のエースのタワン。さらに破壊力のある獣人・ウルフが暴れ回る。
「…かずが、数が足りん! あいつら相手に、衛兵だけでは数が足りん」
たまりかねたブオガが屋敷内に逃げ込もうとするが、壁を抜けた近衛隊長が立ち塞がった。
「観念しろ」
近衛隊長が睨みを利かす。
「クッ……。まだだ、終わったわけではない」
苦々しく言ってブオガが指笛を吹くと、どこからともなく鳥が飛んで来た。
広げた翼は人間を覆うほどの大きさ。威風堂々と大空を舞う姿に圧倒される。
「あれはテラトル二スコンドル。別名モンスターバードだ」
この地に詳しい近衛隊長が言った。
急降下して来たラトル二スコンドルの足にブオガはつかまり、宮殿の方へと飛び去った。
天空の宮殿に逃げ込まれてはどうすることも出来ない
「ドラゴンが大きかったら、飛んで行けたのになぁ」
シングが悔しそうに、胸ポケットからのぞく赤ちゃんのドラゴンに話し掛けた。
巨大岩の最上部にある宮殿。
「あそこに逃げられたんじゃ、手も足も出ないぞ。どうすんだ?」
教育係のブオガを追い詰めたものの、寸でのところで逃げられてしまった。
千載一遇のチャンスを逃し、大雅達は窮地に陥る。
「この騒動で、あの宮殿は守りを固めたはず」
「宮殿内には、一千人の兵士がいるらしい」
近衛隊長・マハーバが言うと、
「あの宮殿に、千人もの兵士がいるのか。単なる御殿ではなく、城だな」
「どうすんだよ」
「ここからは、お前と二人で乗り込む」
大雅の考えに、
「馬鹿な。たった、二人でか?」
無謀な作戦にロッチは驚くが、
「二人だけの方が目立たなくていいから」
「……分かった。くれぐれも無茶はするなよ」
納得したロッチが許可を出した。
「オレも行くぞ、大将だけを危険な目に遭わせられるかよ」
「こういう潜入は、少ない方が良いんだ」
「光と影か。実に良いコンビじゃ」
仙人が満足そうに言うと、
「そうかもな」
皆も納得する。
光と影の二人。
そんな二人に、仙人がアドバイスする。
「恐らく、王子は術を掛けられておる」
「術? じゃあ、あいつが、師匠の弟子が王子をたぶらかして……」
「ナーラ王子が操られているってことか」
「秘儀、操りの呪文じゃ」
「そんな術があるのか?」
「術を解かない限り、戦争は回避出来ない」
「術を解く呪文がある。『エイ』と唱えて首元を叩くと、術は解けるじゃろう」
「え! たったそれだけ?」
「それだけだが、王子に近付くのが至難の業だぞ」
「それは、そうだな」
仙人から説明された術を解く呪文を、大雅はしっかりと頭に叩き込んだ。
にわかに宮殿の方が騒がしくなった。
「グズズズはしていられないな。こっちにも兵が押し寄せて来る」
「そうだな。一刻も早く宮殿に行こう。ウルフ、あとは任せたぞ」
「おう。大将が戻るまで、持ち堪えてやるよ」
笑って自慢の犬歯を見せた。
「急いで宮殿に行こう。戦争が始まってしまっては、もう誰にも止められないんだから」
名コンビの二人が戦争を回避すべく、宮殿内の潜入を試みる。
大岩の地形を巧みに利用した難攻不落の宮殿。
石材を丁寧に加工し、隙間なく積み上げられた正門は厳重に警護され、ネズミ一匹通れない。
大雅とタワンの二人は、宮殿の背後に回った。
「まさに。断崖、絶壁だな」
見上げながら大雅が言う。
全方位が崖。高さは二百メートル。王子がここに来てから短期間で強固に補強された要塞宮殿。
その構造から、極度に敵の進入を恐れているのが分かる。
とんとんとん、とその場でジャンプを繰り返し、履き心地を確かめるタワン。
「お前は分かるが、なんで俺まで黒い服を着なきゃなんないんだよ」
地味な忍者の服装が気に入らない。
「まあ、そう言うなよ。せっかく二人分の服を作ってくれたんだから。きっと役に立つ時が来るよ」
「どうやって、あの宮殿まで行くんだ?」
タワンが両手を上げ、お手上げ状態だとジェスチャーする。
大雅が崖に近付き、崖を見上ながら、
「少しだが、デコボコと凹凸がある。崖をよじ登るのなんて、楽勝だ」
笑いながら言った。
「嘘つくな! 絶壁のこの崖を、どうやって登んだよ」
「前にも言っただろう、出来ないと思う先入観が駄目だって。向こうじゃ、ロッククライミングって言うスポーツがあるんだ。こんな壁を、ものすごい勢いで登る選手がいる。生身の人間が出来るんだから、俺達なら楽勝だ。やったことがないから出来ないと思ってるだけで、簡単だよ」
「またぁ、簡単に言って」
呆れるタワンに一言。
「今の俺達に、出来ないものはない」
「……」
何故か響く心強い言葉。
「二人でやればなんでも出来る。そんな気がするのさ。なんだかんだ言って、俺達、最高のコンビだろう」
「ああ……」
何故か悪い気はせず、その通りだとタワンも納得する。
勢いを付けて、崖に飛び付いて張り付いた大雅が、そのまま崖を登った。
そして、イモリのように登って行く。
タワンも、大雅に続いた。
二人は岩山の頂上を目指して崖を登って行った。
一方、麓のロッチ達。
「大将の任務を遂行するため、オレは正面から突破する」
ウルフがジッとしていられず行動を起こす。
「――正気か?」
ロッチは驚くが、
「ああ。オレが囮となって引き付けておけば、大将の仕事もし易いだろう」
「宮殿に、何人の兵が居ると思っているんだ。死ぬぞ」
「大将に貰った命、大将の役に立ててれば本望だ」
「お前な……」
とロッチが溜息をつく。
「敵が多いとはいえ、宮殿まで続く長い階段は一本道。一人ずつ倒していけばいいんだろ。時間稼ぎにもなるしな」
「まったく……。猪突猛進で、考えなしの獣人だとばかり思っていたが、案外、知恵も働くんだな。もちろん、俺も行くよ」
「じゃあ、ワタシも行こう」
近衛隊長・マハーバも加勢する。
少数のロッチ隊は正面から堂々と攻めた。
中腹まで続く幅の狭い階段。
岩の長い階段を登って行くと、中腹にある広場に出た。
「凄い数だ……」
正門の前に立ち塞がる兵士の数に圧倒される。
弓兵が一斉に矢を発射。無数の矢が飛んで来た。
上からの勢いに乗った威力のある矢をウルフは体で受け止める。そして振り払い、
『ウオーー』
と雄叫びを上げた。
一瞬、獣人の迫力にのまれ、王子軍は静まり返る。
「何やってんだよ! 血が出ているじゃないか。体で受け止めていては、いつか死ぬぞ。タイガから貰った武器があるだろう。それで受け止めるんだよ」
ロッチが注意する。
「お、心配してくれるのか?」
「もちろん。仲間だろ」
「仲間か……」
「二人が使命を果たすまで、持ち堪えような」
「お、おう」
照れながらウルフは答える。
矢の攻撃が止んだのを見計らって、
「今だ!」
ロッチの掛け声と共に、一気に突入する。
破壊力のある近衛隊長の剣技もさることながら、武術の修行も積んだ仙人は、木刀一本で何人もの敵を打ち負かした。
「凄い……」
初めて見る仙人・センチャの本当の姿。目にも見えない木刀さばきに自然と声が漏れた。
しかし、
「キリがないわい」
さすがに息切れした仙人が、
「良い風が吹いている。一網打尽に出来そうだわい」
「爺さん、まさかあれを」
鼻の利くウルフが妖術を警戒する。
「少しの間だけ、息を止めておくんじゃな」
腰に巻いた小さいポシェットから粉のようなものを取り出すと、パッパッと上に撒いた。
粉は風に乗って一帯に流れて行く。
すると、兵士達が武器を捨てて、夢遊病のようにフラフラと歩き出した。
強力な麻薬の効果に、王子軍の戦力は大幅に削減された。
「下を見ると、やっぱり怖いな」
登って来た断崖を見下ろしながら大雅が言った。
「ふぅ~ッ、やっと登り切った。ここから宮殿内に侵入するのが問題だな」
と一息付いた時、
『敵だ! 敵襲だぁ!』
叫び声が宮殿内に響き渡った。
「ん? なんだか下の方が騒がしいぞ……」
「あいつらが引き付けてくれているんだな」
仲間が引き付けてくれているんだと大雅は感謝する。
「グズグズしていられないな。俺達も、期待に応えないと」
意を決した大雅とタワン二人は、壁の向こう側の宮殿へと飛び移った。




