ムガル王国
使者の案内で、憧れのムガル王国を目指す。
再びラクダに乗って砂漠を横断した。
砂漠地帯を抜けると、イネ科の草が茂る草原地帯に出てきた。
砂漠を抜けると、乗物も変わる。
ここからは、ダチョウのような飛べない鳥、モアに乗って広大な草原を横断する。
緑色の草木に包まれた景色に、何故か心が安らぐのだった。
ここは、サバンナじゃ……。
と大雅が思っていると、向こうの方に、大型の草食動物が群れをなして移動しているのが見えた。
幾つもの黒い線。それは、牛の仲間であるヌーの群れ。
新鮮な草を求めて大移動している。まるで、大きな川の流れのよう。
果てしない草原。
ミネラルの豊富な、栄養の高い草は彼らにとっての御馳走だ。
「草原のサバンナってことは、あの草食動物を狙ってライオンもいるんだろうな」
当然、彼らを肉食動物が狙って目を光らせている。
虎に似ているスミロドンは長い牙が特徴で、群れで行動するヌーの親子を狙っていた。
厚い脂肪で覆われた皮膚を、長く鋭利な牙で突き破り仕留める。
猛獣が、目の前で狩りをしている姿に大雅は興奮した。
突然、得物を追って疾走する動物が大雅一行を横切った。
「――あれは?」
低い姿勢で得物を追い掛ける動物。
異世界の地上最速ハンターがサバンナを疾走する。
「はえぇーー! 時速百キロ越え、チーターより早いんじゃないか?」
大雅が目を輝かせた。
サイや首の長いキリンに似た動物達。
なんと言っても、太く長い体毛で全身を覆われているケナガマンモス。アフリカ象よりも大きく、牙の生えたマンモスの大きさに圧倒された。
入道雲が迫って来たと思ったら、急に雨が降ってきた。
スコールと呼ばれる激しい雨。
急いで木の下で雨宿り。
「激しい雨だな。濡れるのは嫌だ、早く止まないかな」
「通り雨、直ぐにやむさ」
「何を言っておるか! 恵みに雨だ。全ての生き物にとって、宝物じゃ」
「そ、そうだよな……」
仙人の言葉に、嫌な雨の見る目が変わり、感謝の気持ちで雨の上がるのを待った。
ほどなく雨は止んだ。
空を見上げると、何万羽にもなるフラミンゴの群れが、空をピンク色に染めて飛翔していた。
「あれ」
と指す方には虹が。
ムガル王国の方角に虹が出ている。
「ウエルカムって、俺達を歓迎しているんじゃないのか」
この先、何か良いことがありそうな気がして、自然と笑みが零れた。
長い旅路の末、目指していたムガル王国にたどり着いた。
お世話になったモアと別れを告げ、歩いて石畳の街を歩く。
王様の住む宮殿に近付くに連れ、鎧を着た兵士達が街中に溢れている。
使者の話していた通り、戦争が始まるのだと肌で感じられた。
しばらく進んで行くと、目の前に大きな城壁が現れた。
大きさの違う石を巧みに組み立てた石造りの城壁。
城門から城内に入ると、煌びやかな宮殿が姿を現す。
丸屋根が特徴の宮殿に、
「インドの、タージマハルを想像するな」
大雅が呟く。
白亜の殿堂。大理石で造られた宮殿は荘厳で綺麗。
世界一の繁栄を誇るムガル王国の宮殿。その荘厳さに誰もが息を呑む。
宮殿へと向かう庭園の池には噴水が。
電気が通ってないのに何故、噴水があるんだ? きっと、高低差を利用しているんだな。
高く噴き上がる噴水の水を見ながら、大雅はこの地の技術者の技術の高さに目を見張った。
貴重な水をふんだんに使うことで、訪れた者に、王国の財力、強いては権力を見せ付けている。
宮殿の中に入ると、正面は大階段のホールで、絢爛豪華な装飾が真っ先に目に飛び込んできた。
一行は、謁見の間に案内され王様を待つ。
王様に会うのか、緊張するな~。
そわそわと落ち着かない大雅。知らずのうちに手が汗ばんでいた。
ふと横を見ると、あの生意気な弟もガチガチに緊張している。
謁見の間を彩る装飾品を眺めていると、王様が現れた。
大雅が想像していた通りの王様、白い髭が良く似合う。
ペルシャ猫からの進化系か? 王様としての、貫録があるなぁ。
「君達が勇者か。まだ若いのう」
王様が皆の顔を見回す。
「おい、頭を下げろよ!」
タワンが無作法なウルフに注意するが、
「フン! オレは大将以外の指示は受けないし、頭は下げぬ!」
あえて王様を睨み付けた。
「お前な!」
居たたまれずロッチも制止する。
「君達!」
王様に対しての無礼なふるまいに宰相が顔色を変えた。
「よいよい。獣人のプライドがあるのだろう。構わぬ」
「はあ」
寛大な王様に皆、ホッとした。
「争いのもとが兄弟喧嘩だと聞いたのですが…」
いきなり、大雅が核心を突く。
「おい! 失礼なことを聞くな」
顔色を変えてタワンが注意するが、
「よいよい。恥ずかしい話だが、その通りだ」
王様は言って、真顔で話しを続けた。
「後継者争いだ。長子を押しのけ次男を後継者である王太子にしたからな」
「何故? です」
「それは簡単。次男の方が優れているからだ」
「それじゃ、ナーラ王子が気の毒だな」
「ナーラには、王国南部、タミル州の太守に任命した。それが不服だったのだろう。いつまでたっても、王太子に臣下の礼を取ろうとはせず、あからさまな対抗意識を燃やし、我こそが真の王太子、ムガル王だと宣言したそうだ。王国の安定のため、遠征軍を派遣せざるを得なくなった」
「……そこまで、こじれているとは……」
思っていたよりも深刻な状態だった。
「元凶は、ナーラにつけた教育係(家庭教師)、ブオガ。奴に会わせたことが不幸の始まりだった。世界を旅した知識人。良き領主になれればと、教育係につけたのが間違いだったのだ」
教育係の名を聞いた仙人が、
「ブオガ、か……」
と呟くように言った。
「爺さん、知っているのか、そいつ」
タワンが聞く。
「風の噂で聞いたことがあるんじゃ。歪んだ性格の持ち主。世の中を掻き乱す、よからぬことを企てているのじゃろう」
「ワシは、ナーラに王位を継がせようと手元に置き、教養を与えた。が、しかし、ナーラが成長するに連れて、王位の資格を失う。それは、ナーラが持つ、宿命のようなものだ」
「ナーラ王子の宿命?」
「そうだ……」
王様はその先を言おうとはしなかった。
何か言えない事情があるのだと気遣い、皆、その先のことは詮索しようとはしなかった。
「ようは、二人を仲直りさせればいいんだよな。それで、戦争はなくなる」
そう言った大雅に、
「またぁ、簡単に言って~」
とタワンが呆れた口調で言った。
それでも、
「出来るか?」
と、真剣な眼差しで王様は聞いてきた。
「はい。必ず」
大雅は約束した。
大雅達には、要人を持て成すための貴賓室が用意された。
「なんて立派な部屋なんだ」
豪華なインテリアや調度品に目を輝かせる。
大理石をふんだんに使った立派な部屋。
「それだけ、俺達に期待しているってことだ」
ロッチが言い、
「なんたって俺達、王様に認められた勇者だからな」
釣られてタワンが言った。
「さながら、スウィートルームだな」
と大雅が満足そうに言うが、
「ワシゃ、こんなピカピカの部屋は落ち着かん」
一人、仙人だけは居心地が悪かった。
翌日、朝早く大雅達は出発する。
「間に合った」
と安堵の表情で大雅は言った。
使者に頼んでおいた物が届たのだ。
それは、先の短い剣。
「そんな短い剣で戦えるのか?」
「ああ。『忍刀』(しのびがたな)って言うんだ。日本刀のように反りは少なく直刀で短め。忍びは室内で戦うことを想定してるんだ。長い剣だと、振りかぶると天井に当たる。まともに戦えないだろう」
タワンの長い聖剣を見ながら大雅が説明。
「ふぅーん、なるほど」
とタワンも納得する。
「あと、この黒い物は?」
大雅が頼んで、あつらえさせた服。
大雅が袖を通と、
「これこれ、これこそ忍者の正装だ」
満足そうに言って、
「良い出来だ。体にフィットする」
トントンと、その場で何度も跳ねた。
履き心地の良さに満足の大雅と違い、
「黒だと地味じゃねのか? 俺達は認められた勇者なんだぞ」
顔まで覆い隠す不気味な黒装束姿に、不満顔のタワン。
「俺達は潜入するんだぞ。目立ってどうするんだよ」
「まあ、そうか」
と頷くタワンに、
「足手まといになるなよな」
大雅が言うと、
「誰がだよ。お前こそ、無茶すんなよ。煙が出て、死ぬんだからな」
「そんなことも、あったっけ」
あえて、とぼけたように大雅は返事した。
王様が見送りのために姿を現した。
「戦力に劣るタミル軍は、それを補うため、隣国と手を組んだとのうわさがある。この手紙を、ナーラに渡して欲しい。読んでもらえればワシの気持ちが分かるはず。そして、この争いも終るかもしれぬ。重要な役目だぞ」
王様が大雅に手紙を託した。
「我が国自慢の近衛隊長を付ける」
王様の言葉で、スッと近衛隊長が部屋に入って来た。
「マハバートだ。お供いたす」
長身の礼儀正しい近衛隊長・マハバート。
頼りになりそうで、心強い。
「頼んだぞ」
王様は大雅達に密命を託し、静かに部屋を出た。
「フランはここで吉報を待っていてくれ」
「えっ、私だけ留守番?」
危険な目に遭わすわけにはいかない。
「王様が軍を出さないように監視する、重要な役目があるんだ。君にしか出来ないことなんだよ」
「分かったわ。タイガ君も、くれぐれも無茶しないでね」
言って背伸びして、大雅の頬にキスをした。
「――えっ」
思わず声が漏れる。
初めてのキス。二人は真っ赤になった。
タワンは呆然としたまま、何も言わない。
危険な使命を前に、少しでも力になればと思い、あえて何も言わなかった。
「あと、師匠も。長旅で疲れているだろうから、ここでゆっくりとしていればいいよ」
と大雅が気遣って言うが、
「ワシを年寄り扱いしおって! ワシも行く。いや、行かねばならんのじゃ」
「……」
何か理由があるのは分かるが、いつになく真剣な表情で叱られ、大雅は何も聞けなかった。




