強行突破
『侵入者だ!』
――しまった! いきなり見付かった。
「王子に会わせてくれ、って言っても、会わせてはくれないだろうな。ここは、強行突破だ」
大雅が言うと、
「その選択しかないようだな」
タワンも覚悟を決める。
王子の住む奥御殿を目指して、大雅とタワンの二人は宮殿内を全力で走った。
「居たぞ!」
長い廊下の奥から声が聞こえ、兵士が追って来る。
大雅が振り向きざまに、小さい物をばら撒いた。
「あれ、『まきびし』って言うんだ。本当は、ドラゴンの鱗なんだけどな」
「鱗って、毒が…」
「心配するなって、ちゃんと毒抜きしているよ。追っ手を足止めするのが目的、動きを封じるだけだよ」
追って来る兵士を秘密兵器で撃退。
更に、
『隠れ身の術』
言って、敵の視界から消えた。
突然消えた二人に、追って来た兵士が混乱する。
「お前なぁ、俺も付き合せるなよ」
二人、天井に張り付いた状態で、小声でタワンが愚痴る。
追っ手が通り過ぎるのを待った。
そして、極め付けが『分身の術』。
「――バカな!」
大雅が二人に見える。これにはタワンも驚いた。
「ハハッ、種明かしは、残像だ」
神業の動きに強弱を付けると残像が残る。超高速の動きからのストップ。それを幾度も繰り返すと、追っ手の目には大雅が何人も居るように見えるのだ。
「おい! 無茶すると焼け死ぬんだぞ!」
人間業を遥かに超えた大雅の動きを心配すも、
「分かっているよ。インターバル、間隔を開ければ大丈夫。自分の体は、自分が一番分かっているんだから。でも、心配してくれるんだな」
「誰が心配するか! タイガが居ないと、困るから言ってんだよ」
またノロマではなく名前で呼ばれ、喜びと共に力が湧いてくる。
追っ手を撹乱しつつ、幾つもの広間を抜け、王子の居住区である奥御殿にたどり着いた。
この先が、王子の寝室か。きっと、王子が居るんだろうな。俺、男部屋の覗きの趣味はないんだが、これも役目だ、任務を全うしないとな。
「何者!」
潜入した先に見たものは――。
「――女!」
と思わず大雅が声を上げ、しかも綺麗で美人だ、と心の中で思った。
女、男じゃなく女だったのか。だから次男を後継者に。
綺麗な人だった。笑顔はなく敵意むき出しに鋭い視線を送る。
「無礼者!」
と声を上げながら、必死で胸を隠す。
――な、なんだ、この子の、虚ろな瞳……。きっと、術にかかっているんだな。
「王子! 何かあったのですか?」
物音に気付いた執事が慌てて入って来た。
唯一、王子が女であることを知る人物。
「心とは裏腹に、どんどん体が変わっていく。何重も巻いて締め付けているのに、大きく膨らむ一方、もう隠しようがない……この大きな胸が憎らしい」
胸の膨らみを晒で締め付けながら、
「見られてしまっては、ここから生きて返すわけにはいかぬ」
王女は二人を睨んだ。
執事が状況を察し、
「曲者だぁ!」
と叫ぶ。
続々と衛兵が入って来た。
最悪の展開。
「ややこしくなってきたぞ」
「ああ、そうだな」
王女を正気に戻すのが先だ。
ひょいひょいと大雅が飛んで、王女のそばに。
そして、仙人から教わった洗脳の術の解き方通りに、『えい』と言いながら首元をチョップする。
一瞬の出来事で、衛兵も身動き一つ出来なかった。
大雅の下で崩れ落ちるナーラ王女。
「貴様!」
執事が悔しがるも、王女は大雅に握られている。
主を人質に取られては手出しが出来ない。
「……私は、長い間夢を見ていたのかもしれぬ」
ゆっくり立ち上がりながらナーラ王女は言った。
正気を取り戻した王女に、
「宮殿の外で、仲間が戦っているんです。兵を引いて欲しい」
大雅が頼み込むと、
「仲間が……。分った」
ナーラ王女が返事し、執事に兵を引くよう指示した。
しばらくすると、宮殿の外が静まり返った。
王女の命令が隅々に伝わり、兵が撤収したようだ。
「これで、危機は去ったな」
「ああ。無事で良かった」
大雅とタワンはホッと胸を撫で下ろす。
「王子! 何故兵を引くのです。ヌヌぅ、お前達! 何故ここに?」
難を逃れていた教育係のブオガが入って来た。
ブオガを見るなりナーラ王女が睨む。
「……私は今まで、騙されていたのか」
ぶつぶつ独り言を言いながら、
「今までのお主の言動、ようやく目が覚めたわ。よくも、私を欺いてくれたな」
「はて? なんのことでしょう」
なおもブオガはしらを切る。
「黙れぇ! お主こそ、謀臣。ひっ捕えろ!」
正気を取り戻した王子の恫喝に衛兵は混乱する。
そこへ、
「ここが、王子の住まう部屋か? おっ、タワンと大雅、ここに居たのか」
ロッチが二人を見付け、近寄って来た。
「みんな、来たんだな」
「おう、何故か兵が引き揚げて、一緒に最上階まで登って来たってわけさ」
仲間と合流。
勝負あった。
「お前も、もう終わりじゃ。観念せい」
仙人・センチャが引導を渡す。
「クッ……」
唇を噛み締め悔しがるが、王子に見放されてはどうすることも出来ない。
父王の期待に応えようと頑張るも、後継者に選ばれなかったことに落ち込むナーラ。
王の態度や行動から彼女は猜疑心を抱くようになり、その心の隙を教育係のブオガが衝いた。
そして、ナーラ王女を思い通りに操り、権力を手に入れた。
だが、王女の術が解けて、ブオガの目論見は外れた。
豊な国だからこそ狙われやすい。王様はそれを案じて次男を後継者に選んだのか。しかし、王女は王様の本音を知らないんだな。殺されるのではないのかと案じて反乱を企てたのなら、尚更この王様の手紙を渡さなければ。
王女の不安を払拭するために、大雅は王様から預かった手紙を渡した。
「王様から預かったお手紙です。王様の気持ちが籠った手紙です。王様は、貴女に幸せになってもらいたいと思えばこそ、あえて後継者に選ばなかった。そして、王都から遠く離れたこの地で、男として縛られることなく自由に暮らし、女として幸せになってもらいたいと、王様は願っておられるのです」
「私に、女として生きて……幸せに……」
手紙を読み、すぅーっと王女の頬に涙が伝った。
「王子、いや、姫様。素直に生きたらどうですか。自分らしく生きるのです、姫様」
「……女として、自分らしく、生きるか」
仙人に諭され、
「そうだな」
と、自分に言い聞かすように言った。
「……あの者の、言う通りやもしれぬ……」
そう言ってしばらく考え込んでいた王女が、長年仕えてきた執事に目をやって頷くと、皆に向かって言った。
「これからは、女として生きる。偽り続けるのはもう止めだ。見ての通り私は女。今までお前達を欺いてきた」
今まで隠し続けてきた臣下の前で真実を告げた。
ナーラの発言に動揺が走るが、
「いえ、貴女様が男であれ女であれ、わたくし達臣下には何も変わることはありません」
「お前達の主が女だと、嫌であろう。女が統治する国だ、頼りないであろう」
「いえ、本当のことを言って下さり、今後とも、今まで通りお仕えいたしとうございます。足らない所は、私達臣下がお支え致しますゆえに」
「うっ、言うではないか」
皆が、王女としてのナーラを受け入れてくれ、それまでの強張っていた彼女の表情が緩んだ。
「俺の世界にも、トランスジェンダーって、心と体が違うことに悩んでいる人は多くいる。LGBTセクシャルマイノリティ。自分らしく生きること。誰もが生きやすく、住みやすい環境をみんなで協力し助け合う、そんな社会づくりに取り掛かっているんです。今からでも遅くない。生まれ変われるはずです」
「ジェンダー…。また、新しい言葉が出てきたな。エスディディーズにジェンダー、か。でも、何か自由で良いよな、お前の世界は」
羨ましそうにタワンは言うが、
「そうでもない。まだ、発展途上だよ。でも、女だから出来ないことなんてない。むしろ、優れていることもある。だから、男だろうが女だろうが、そんな気にしない社会に生まれ変わろうとしているんだ。この世界だって一緒さ、俺の住む世界と、そっくりな世界なんだから」
そうなって欲しいと願うように大雅は言った。
ナーラ王女は教育係のブオガに視線を向け睨み付ける。
「よくも私を騙し、父上に謀反を起こすように仕組んでくれたな。ひっ捕えよ!」
「ぬぬ……王子は御乱心だ」
ブオガが最後の抵抗を試みるも、誰も彼の言葉に耳を貸さない。
「ワシが迷いのあった王子を、後押ししただけ、責められるゆえんはない」
開き直ったブオガが強い口調で言い放つ。
「あいつ、ついに本性を現しやがったな」
「私をたぶらかし、国を混乱せしめた罪は重い思い。即刻、処刑せよ」
「お待ち下さい!」
仙人が引き留めた。
「殺してしまっては、罪は償えない。生きて罪を償ってもらってはどうです。奴は厳しい修業半ば。私の下で、過酷な修行を」
一計を案じた仙人の提案に、
「そうか! 殺してしまえば元も子もない。奴に、うぅーんと苦しみを味わさないとな」
大雅が言うと、皆が賛成。
一斉にナーラ王女を見る。
「仙人のそなたの下での修行は、言いようによっては極刑に等しい。分かった。そうしょう。幼い頃から教育を受けてきて、得るものも多かった。長年私に仕えてきた、情けだ。奴の処分は、お前達に任そう」
「爺さん、あんた、このために俺達に付いて来たんだな」
ロッチが言うと、
「ああ、ワシにとってたった一人の、いや、お主達、勇者もおったの、弟子じゃからの。お前も、お礼せぬか、馬鹿者!」
強引にブオガの頭を押さえ付ける。
「し、師匠……」
涙を浮かべ仙人に感謝した。
「向こうじゃ、ワシ一人。貴重な薬草を受け継ぐ者が必要じゃからな。こ奴は、武術の才能こそ無かったが、優れた知能がある。来たる災難の時、その力がきっと役に立つ」
「災難? そうか、コロナのような災害が、この世界にも起こるかもしれない。病気を直せる薬草の開発こそ、世のためヒトのためになるからな」
「そうじゃ。それこそ、こ奴の罪滅ぼしじゃな」
仙人が言って、満足そうに自慢の髭をさすりながら笑った。
なんだかんだ言って、師匠は息子のようにブオガのことが好きなんだな。
「そうだ! 肝心なことを忘れていた」
一人、冷静に静観していたロッチが重要なことに気付いて声を上げる。
「早く王様に使者を送らねば。遠征軍の動きを止めなければなりません」
ナーラ王女に進言する。
「おお、そうであったな。それと、隣国の約束は反故にしなければ、王国の一大事だから」
すぐさま執事に命じた。
大雅達の使命は達成し、一件落着。戦争は回避され、皆、安堵した。
「私は父上に逆らった謀反者……」
懺悔の思いで呟くように王女が言うと、
「謀反などと、笑止。まだ一兵の兵も出していないではないですか。王子は病で臥せっていただけ、そうでしょう」
そう近衛隊長のマハーバが言って王女を見る。
「や、病……。そ、そうだな……」
「そのように、王様に報告し致します」
この言葉に安堵したのか、笑みを見せた。
「王国の南の端から、姉として、王太子を支えていこうぞ」
「その言葉、さぞ、王様も喜ばれることでしょう」
嬉しそうにマハーバは言った。
ナーラ王女が大雅とタワンの二人を交互に見ながら、
「好きな者はいるか?」
不意に王女は聞いた。
「まだ、正式に付き合ってはないけれど、好きって言ってくれるフランがいます」
王都で待つフランの顔を思い出し、赤らませながら大雅が言う。
「なら、お前は」
言って、今度はタワンを見る。
「まあ、自分は剣一筋だから、彼女なんていない、です」
「なら、私の夫になれ。出会った時に直感した。お前だと」
――良いなぁから、好きになるのが早っ。あの時と同じ、フランも直感で俺を決めたんだったな。この世界の女子は情熱的。簡単に相手を決めるんだな。
「わ、私は修業の身、王女様と一緒になるなんて、めっそうもない」
丁重に断ったタワンがロッチを見やる。
「お、俺?」
「そなたはどうだ? 私の夫にならぬか」
今度はロッチに視線を向ける。
大雅も思った。ロッチとならお似合いだと。
「わ、私が」
うろたえるロッチに、
「男の身なりの私では、好きになれぬか」
「――そ、そんなことは。素敵です。今まで出会った女性の誰よりも、綺麗です……」
「なら、決まりだな」
有無を言わさぬ王女に、決心したロッチが、
「私は、広く世界を見て回りたい。でも、必ず戻って来ます。王女にふさわしい人物となるまで、待っていて欲しいのですが……」
誠意を持って懇願する。
「世界は広い……。そうか、私もこの地にふさわしい領主なるよう努める。それまで待っているぞ」
理想のコミュニティーを創るのが夢だったんだよな。ロッチなら、きっと良い領主になれるよ。
迷える王女ナーラと理想に燃えるロッチの二人は結ばれた。
お似合いのカップルだと、心の底から大雅は祝福するのだった。




