砂漠の国
ビーグル号に乗ってアンダマン海を渡る。
大雅達を乗せた船はスイスイ、表層海流に乗って目指す大陸の港に向かった。
やがて、大陸の玄関口であるコルタカ港に着いた。
「何かあったら言ってくれ。力になるぞ、兄弟!」
満面の笑みでお頭が言う。
「何が兄弟だよ!」
嫌そうにロッチが言うが、
「そうだよな。人類みな兄弟、争うことが不思議なことなんだよな」
言って、大雅は大きく手を振り、笑顔で海賊達と別れた。
交易の拠点として栄えるコルタカの港町。
オレンジ色の屋根の町並みが異国情緒を漂わせていた。
「初めての外国の町だ。それも大いに発展した大きな町。ここで食料やらの必需品を買おう」
ロッチが指示する。
交易船が行き交う港。各国の商人が多くいて賑わっていた。
「あれは?」
大通り沿いに商店が広がり、その隅に何本もの柱が立っていて、その上に四角いガラスが付いている。
「あれは、ランプじゃな。油で火を灯すのじゃなく、ガスという目には見えない物で火を点けるそうな」
世界中を回った仙人が説明する。
「あれ、ガス灯ってやつだ。この地域は、文明が進んでいるんだな」
大雅が言うと、
「お前の世界でもあるのか? ガス、なんとかって言うランプが」
タワンが興味深そうに聞いてきた。
「ああ、あるよ。ガスじゃなく、より明るい電気がな」
鼻をすすった大雅が、さりげなく自慢する。
「お前、遠回りにバカにしているだろ。時代遅れって、ハッキリ言えよ!」
ムッとしたタワンが口を尖らせた。
しばらく町を散策していると、
「あれ、時計屋じゃないか?」
大雅が時計店を見付けた。
売り物の時計を見て、
「地球と同じで、一日24時間表示なんだな」
と今更ながら気付く。
店頭の隅に、柱時計の部品であろう大きな歯車が無数に放置されていて、
「これ、欲しいんだけど」
と大雅が店主に聞くと、
「ああ、不良品だからいらない。処分に困っているから、好きなだけ持って行ってくれ」
愛想良く返事してくれた。
「こんな物、何に使うんだ?」
不思議に思うタワン。
「手裏剣として使うんだよ。このギザギザが良い。忍者定番の飛び道具だ」
「ふぅ~ん」
そんなものが武器になるのかと疑いの眼差しで見る。
それまでの武器は木や石。初めての金属に、大雅は嬉しそうに何枚もの歯車を取ってポケットの中に入れた。
港町を出ると、荒涼とした砂漠が広がっていた。
目指すムガル王国に行くには、広大なタール砂漠を越えなければならない。
砂漠の移動に重宝するラクダを借り、砂漠の横断に挑む。
「こっちが近道なんだから。みんな、腹をくくれよ」
ロッチが皆に発破をかけた。
砂漠を横断するキャラバン(商人の一団)の一行と行動を共にする。
こりゃ、楽だ。デコボコした砂漠の上じゃ、車なんかより断然、ラクダの方が良いよな。少々、値が張ったけど、乗り捨てオッケって、まるでレンタサイクルのようなシステムなんだな。子供の頃、ラクダの背中のコブには水が入っていると聞かされていたけど、実は脂肪で、酷暑・乾燥に耐えられる強い生き物なんだよな。
砂が口や鼻、目に入り移動の妨げになる。
砂嵐の砂塵を防ぐ目的で、皆、頭巾をかぶり、大雅やウルフと違和感がなくなった。
困難な砂漠の横断。
灼熱の太陽が容赦なく照り付け、喉の渇きが尋常じゃないくらいに渇く。
「がぶがぶと、貴重な水を飲むなよ!」
目を吊り上げタワンが文句を言うが、
「仕方ないでしょう。私達と違って、人間のタイガ君は水を必要とする体質なの。体の80パーセントが水分なんだから」
と優しいフランが庇う。
「大丈夫か? 師匠」
一番、体力のない仙人を気遣って大雅が言うが、
「何を言うか! 断食で何日も飲み食いしない修行をしていたんじゃぞ、このくらい朝飯前じゃ。ワシのことより、自身のことを考えるんじゃな。まだ道のりは長いぞ」
干からびた体の仙人を見て皆が納得。
ひとたび大きな砂嵐が吹き荒れると、視界がほとんど効かなくなる。
方向も場所も分からない大雅達にとって頼りになるのが、旅慣れたキャラバンの一行。
大雅達は彼らに付き従い、見失わないよう必死でついて行く。
「町だ! 町が見えたぞ」
砂漠に囲まれたオアシス都市、ジャイサル。
タール砂漠のほぼ中央に位置するジャイサルは、砂漠の中にあって唯一、地下水が湧き出る井戸があり、緑を育む豊富な水を蓄えている。
砂漠の民っていえば、スナネコの子孫なんだろうか? 灼熱の砂漠で暮らすスナネコは、どの猫よりも凶暴なんだよな。
と大雅は警戒し、あの町の住人は迎え入れてくれるのかと案じた。
町は東西1キロ、南北1.2キロの城壁に囲まれている。
ジャイサルは、城壁で町を囲んだ城塞都市だった。
「まるで、万里の長城を見ているようだ……」
呟くように大雅は言った。
「何かの進入を恐れているんだな」
街を囲むように城壁が長ながと続いて、明らかに、何かからの侵入に恐れているのかが分かる。
城門は固く閉ざされていて中に入れない。
「どうやって町の中に入ればいいんだ?」
「異国の民は寄せ付けないのか、それとも、別に恐れているものがあるのか?」
砂漠の真ん中の方に何か黒い物が動いた。
平べったい座布団のような物体。
ぴょんと跳ねたとか思うと、ひらひらと羽根のような物を羽ばたかせて宙を飛んだ。
「まるで、海のエイだ。空を飛べるのか?」
砂漠の上を優雅に舞う姿は、さながら水族館の水槽の中の魚を見ているようだ。
「あの生物を恐れているのか?」
「海賊のお頭が言っていたのと、随分と違うな……」
と大雅は疑問に思う。
キャラバンの一行に紛れ込んで、大雅達は城内に入った。
以外にも、町の中は静まり返っていた。
「華やかなオアシスの町、栄えていると聞いていたんだが……」
ロッチが言って、寂れた町に戸惑いを隠せない。
日が沈む頃、砂岩で出来た建造物が夕日に照らされ町全体が金色に輝いて見えた。
闇夜に光をもたらすガス灯の明かりが灯る。
その時だった。
「逃げろぉー!」
住人の叫び声がした。
城壁を越えて怪物が現れた。
「あれは、龍か?」
見たこともない生き物に大雅は驚く。
「じゃあ、あいつがお頭の言っていた怪物か」
ロッチが確信した。
蛇のように長く、翼のようなものが短い手の横に生えている。
鋭いカギ爪。まるで鎧のような分厚い皮膚。
おまけに、『ゴ――ッ』と業火を吐く。
火を操る龍。まるで、怪獣のドラゴンだ。
「あれは、大きな放浪者との異名を持つ、メガラニア。大トカゲの変異種じゃな」
生き字引の仙人が答える。
「メガラニアの、突然変異か……」
大雅は呟き、
「過酷な環境の中で、より強く、より凶暴に進化したんだな。この国は、あの凶暴なドラゴンに恐れていたんだな」
と言って怪物を見詰めた。
「だから、あんな城壁を造ったんだ」
皆が納得。
「で、どうすんだよ、あの化け物」
ロッチが聞くと、
「もちろん、倒すに決まってるだろ。正義の忍者として、困っている人を見逃せないよ」
当然のように大雅は答える。
「そうは言っても、勝算はあるのか?」
「ああ、俺に任せろよ」
自信たっぷりに言った大雅が、ポケットの中から武器を取り出す。
「必殺、手裏剣攻撃だぁ!」
歯車を力一杯、ドラゴンに向けて投げ付けるが、
『キーン、キーン』
ドラゴンの固い鱗に弾かれた。
――うそぉ!
大雅達の上空でドラゴンが震えると、無数の小さな輝く物が降って来た。
「あれは、鱗か?」
「そんな容易いもんじゃない! 先の尖った刃物だ」
とっさに避けるものの、広範囲に降り注ぐ金属のような鱗が何本か身体に突き刺さる。
直後、刺さった所が痺れ出し、やがてめまいが……。
「毒だ! 毒が仕込まれているんだ」
「毒だってぇ!」
「みんな、逃げろ!」
勝ち目がない、とロッチが声を掛けるが、
「まだだ! まだ戦える。俺達は、まだ負けちゃいないんだ!」
負けず嫌いの大雅だけは諦めない。
「無理だ! あんな化け物に勝てっこない」
「だって、これからだろ。まだやれる!」
「そんな体で、戦える訳ない。諦めるんだ!」
ロッチが強引に大雅を引っ張り、その場から離れる。
ふらふらの大雅をロッチがささえ、ほうほうの体で頑丈な建物の中に身を隠す。
「俺達は、負けたのか……」
思わぬ強敵に、大雅は初めての敗北感を味わった。




