渡海
大破したイカダを修理して、川下りを再開する。
仙人が言っていた通り川幅が広がり、次第に視界が開けてきた。
鬱蒼としていた森を抜け、見渡す限りの平原。
幾つもの川が集まって、目の前の川は大きくなった。栄養豊富な濁った茶色の川。
ブラックバスがいそうな川だな。いや、シーラカンスのような古代魚がいるかも。それを狙うワ二もいるかもしれない。落ちないように気を付けないと。
対岸には、変わった形の岩が見える。それは砂岩。
雨や風によって削られ、風化で削られた大地の名残である。
奇妙な形から、魔法によって猛獣が岩に変えられたという伝説を、若い頃の仙人、センチャは原住民から聞かされていた。
しばらく川を下って行くと、景色が一変する。
稲作が盛んな土地柄。
豊かな実りをもたらす稲穂がこうべを垂れていて、黄金色の稲穂が辺り一面に広がっていた。その回りをカラフルなトンボが飛んでいて、害虫を駆除してくれている。
のどかな光景に、大雅の心も安らいだ。
「今年は、豊作だぁ!」
故郷を思い出し、立ち上がったタワンが拳を上げて叫んだ。
「このまま南に進んで行けば、海に出れるぞ」
仙人が説明すると、
「その海の中に、目指すアンダマン諸島があるんだな」
ロッチが力強く答える。
「三百もの島々が連なるアンダマン諸島か」
タワンが言うと、
「その島のどこかに、お宝が眠っているんだな。面白くなってきたなぁ」
冒険の代名詞である宝探し。この先の世界に、大雅は目を輝かせた。
やがて、『水のたまる鉱石』という意味、ラノーンの港町に着く。
「これからヒトの多い町に出るんだ。多くのヒトとすれ違う」
タワンが言って大雅とウルフを見る。
「な、なんだよ。俺、何か悪いことしたか? 約束通り、フランとはちゃんと距離をとっているし……」
「目立ち過ぎんだよ。会うヒトに猿人だと、いちいち驚かれちゃかなわん」
「それも、そうだな。じゃあ、夜まで待って、移動するのか?」
「なんでお前に合わせなきゃならないんだよ。時間のムダだ」
不満を募らすタワンに、
「これ使って、ウルフ君と二人分作ったの」
フランが言って、大雅とウルフに手渡した。
「これって……」
肌触りの良い白い布、シルク。
「形見の反物じゃあ。大切なものなんだろう」
「いいの、いいの。眠っているより、ヒトの役に立ててこそ、両親も喜んでくれると思うの」
「そう。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうよ」
大雅が白いシルクの布を頭巾のように頭にかぶった。
猿人だと驚かれないように、頭と口元を白いシルクで隠す。
目だけしか見えない、包帯を巻いたような姿に、
「それだと病人だろ、こっちが恥ずかしいぞ」
と馬鹿にされるが、
「本来は黒なんだけど、これこそ、忍者の格好だ」
忍者になりきる大雅。
「似合っている、カッコ良いよ」
とフランだけは気に入ってくれた。
一方のウルフは、大雅とは違った意味で違和感がある。
「まあ、あれよりはマシだな」
振り返りウルフを見る。
大柄な獣人、ウルフに至っては不気味そのもの。ウルフとは少し離れて歩いた。
港町の中心部を貫く大通りを進む。
大通りから一歩中に入り込むと、細い道が迷路のように繋がっていた。
そこは、活気溢れる市場の中。
「ちょっと、お茶しない」
とフランが誘う。
「そうだな、ここらで腹ごしらえ。朝からなんにも食ってないからな」
路地裏の屋台に入って空腹を満たす。
「おいしいスープだな。おっ、これ、麺が入っている。麺料理なんだな」
透明のあっさりとした味わいのスープに、癖のない麺。
「ベトナム料理のフォーに似ていて、美味しいや」
と満足の大雅。
一息付いて、
「まずは情報収集」
「さて、ここから船に乗ってアンダマン諸島を目指すわけだが、肝心の船が無い」
「俺達を乗せてくれる親切な船乗りはいないよな。まず一番に金が無い」
「金なら、ある」
自慢げにタワンが言う。
「本当か?」
タワンが自信満々に光り輝く物を見せた。
「こ、これは、副葬品の鏡じゃ……」
青銅製の手鏡。
「お前、盗んだのか!」
「仕方ないだろう、俺達には金が無いんだから。これをお金に換えれば、何日もの旅費になる」
彼らにとって金欠は切実な問題である。
「しかしなぁ、盗みなんて……」
困惑する大雅をよそに、
「まあ、そう固いこと言うな。一つだけ、一つだけ持って来ただけだ。まあ、高価そうな物だけど。副葬品も、あのまま朽ち果て消えてしまってはもったいないだろう。人の役に立てれば本望というもの。ハッ、ハハ」
都合よく解釈し、ごまかそうと笑い飛ばした。
「やれやれ、正義の忍者、盗みを禁じられた忍者が……」
言って、恨めしそうにタワンを見た。
骨董品店に、盗んだ鏡をお金に換えてもらう。が、
「え~、たったこれだけ?」
ロッチが嘆く。
僅かな金しか貰えなかった。
「ああ、そんな古い物、お金にならないよ。そんな物より、あの二人の被っている物の方が、よっぽど価値があるわい」
と店主が大雅とウルフに視線を送る。
「あれは、ムアンシルクじゃな。高値で取引されているんだ」
「これ? これは駄目だ、フランの大事な形見なんだから」
と大雅がきっぱりと断る。
「なら、その少年の持つ剣はどうだ」
今度は、タワンの聖剣に興味を示した。
「これは絶対に売らねえぞ! 何せ、借り物なんだからな」
タワンが大事そうに聖剣を抱えて手放そうとはしない。
店主に足元を見透かされているのは分かるが、背に腹はかえられない。
「……仕方ない」
と諦めムードのロッチをよそに、一瞬見えた店主の驚きを大雅は見逃さなかった。
「価値の分からない店主だなぁ。嫌ならいいよ、他で見てもらうから」
「お、おい、何勝手に仕切ってんだよ」
タワンの心配をよそに、
「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」
顔色を変えて店主が慌てて引き留めた。
ほら、きた。
と大雅。
「おっ、高値で引き取ってくれるのか?」
「いや、その……」
と口を濁した店主が続けて、
「ああ、よく見れば良い品ですな。派手さはないが、手の込んだ装飾品だ」
と言ってお金を増やすと言い出した。
そりゃそうだろう、王様の埋葬品なんだから。
「これだけじゃ、駄目だ」
と大雅が強い口調で言った。
大雅の強い押しに根負けした店主が、
「分かった、分かりましたよ。旦那には負けました」
溢れんばかりの硬貨を掌の上にのせた。
「こんなに貰ったよ。あの店主、気前が良いな」
満足そうに言う大雅に、タワンが聞く。
「お前、よくあの手鏡の価値が分かったな」
「あの店主の驚いた顔で分かったんだ。これは凄いお宝だって。そこは忍者の血を受け継ぐ、俺の洞察力だな」
得意そうに言う大雅に、
「またニンジャか……」
もううんざりだ、とばかりに話を遮る。
「まあまあ、なにはともあれ、こんな大金を手にしたんだ。これからの道中、助かるよ」
二人の間にロッチが分け入って感謝した。
大通りを抜けると、そこは海。
「これが、海か……」
「なんて広いんだ……」
遮るものはなく、見渡す限りの青い地平線。
内陸育ちの彼らは、海を見るのは初めてのことで、水平線まで続く青い海に見入っていた。
川下りでの経験で水を恐れなくなったタワンが、
「ワクワクするなぁー」
冒険魂に火がついた。
波止場にはアンダマン海を渡航する客船が停泊している。
大きな帆船で大雅達は大海原へと出た。
「この海のどこかに、お宝が眠る島があるんだな」
「ああ。もう手の届く所に来たんだな、俺達」
小さな川のイカダと違って、大海を出た船の揺れは少ないが、三半規管を狂わす。
彼らに待っていたものは、未体験の船酔いだった。
運動神経が良いから、船酔いになり易いんだな、お気の毒に。そういえば俺も、遠足でバスに乗った時、よく酔っていたっけ。辛かったなぁ。
海の中を覗くと、そこには魚が。
船を追って一緒に泳いでいた。
「魚だ!」
「魚?」
猫は魚が好物、見る目が変わる。
「魚でも釣るか」
その言葉で皆の目が輝いた。
「釣れるのか?」
「釣るんじゃない、引っ掛けるんだよ。回遊魚だから攻めの釣りで、大物狙いで、いくぞぉ!」
即席の竿に付けた鋭い針がマグロを引っ掛けた。
「――きた!」
猛烈な引きに大雅が海に引きずり込まれそうになる。
海に落とされては一大事と皆が大雅を抱えて引っ張った。
それでも大雅は竿を放さない。
悪戦苦闘の末、マグロを釣り上げた。
時速百キロの高速で泳ぐ、上アゴの先端が長く伸び尖っているカジキマグロ。
「可哀想だけど、生きの良い状態で食べようぜ」
「焼かないのか?」
「マグロ系は生が一番美味しんだよ」
「肝心の料理は?」
「もちろん、俺がするよ。向こうでは、狩猟で得た野生鳥獣の肉を使ったジビエ料理がはやっていてさ、爺ちゃんに、一人で生きていくサバイバル術の一環としてイノシシをさばいたことがある。魚もよくさばいて料理していたけど、こんな大きな魚は初めて。でも、ユーチューブでマグロの解体シーンを観たことがあるんだ」
ユーチューブがなんなのか分からないものの、大雅の自信たっぷりの言葉に、皆が期待を寄せる。
船員に調理場から包丁を借りて、大雅がマグロをさばく。
腕の見せどころとばかりに、船上でマグロの解体ショーが始まった。
大雅は慣れた手付きでマグロをさばいていくと、興味本意で乗客が集まって来た。
「良質の刺身に、醤油があれば最高なんだが、醤油なんて調味料はないよなぁ」
「あるよ」
と、解体ショーを見ていた船員が当たり前のように答える。
「え、あるのか?」
小皿に入った黒い液体に、大雅が人差し指で付けてひと舐めすると、
「同じだ。醤油に近い味」
さばいたマグロの一切れを口の中に入れる。
「美味しい」
海の魚は初めてで、生のマグロは、今まで食べたことのない美味しさだった。
「こっちの白い方は、食べれるのか?」
「そっちは大トロ。美味しいぞ」
頭に近い腹部の大トロ。
色が白く、濃厚な脂の旨味ととろけるような食感。赤身とは違った美味しさだった。
大雅は戦利品としてカジキマグロの角をもらう。
曲がった鋭い角は硬くて強靭、しかも軽い。まるでフェンシングの剣だ。
気に入った大雅は、角を何度も振って感覚を確かめる。
「なんでも武器にするんだな、タイガは」
とロッチが感心した。
突然、数隻の小舟が近付いて来た。
「海賊だ!」
乗客の中から声が上がる。
バンダナを巻いた、いかにも海賊らしい荒々しい姿。
水の得意な猫といえば、海猫の親戚か?
鋭いカギ爪の付いたロープが投げられ、そのロープを伝って海賊がデッキの上に乗り込んで来た。
あと9話の予定です。魔法物と違って、盛り上がりには欠けますが、最後まで読んでいただければ幸いです。




