兄と妹
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「それで、どうするんですか?」
サダルと別れ学園の外に出ると、アイリスがアランに問いかけた。サダルの言った制限時間まであと五分ほどしかないが、その声に焦りはない。
「場所は分からないんだよな」
「はい……。大きな魔力の矛先がこちらに向けられているような気がするといいますか、強い嫌な予感がするといいますか……その程度のものなんです。すみません」
「いや、謝ることじゃねぇよ。俺とじいさんは全く分からないんだからな。それだけ遠くとなると遠視を使っても見つけられないよな……」
アランは顎に手を当て考える。やがて一つの答えを出すと、うしっという掛け声と共に、徐にアイリスに向かって手を伸ばし、腰に手を回した。
「え、ちょっと、に、兄さん!?」
突然の出来事にアイリスは慌てふためいた。しかし、動くたびにアランの腕に力が込められ、離れることが出来ない。
アランがそのままの状態で魔術を唱えると、二人の身体はふわりと浮き上がる。その高さが学園の建物を超えると、ようやく風が弱まり、二人の身体が自由落下を始めた。
落下の衝撃を恐れ、アイリスがギュッと目をつむる。だが、いつまで経っても衝撃は訪れず、再び浮遊感に包まれた。アイリスが目を開けると、屋上がすぐ目の前まで迫っていた。
あとは着地するだけ。アイリスがそう思い体勢を整えようとした、その時だった。
唐突に、アランの腕がアイリスの膝の裏にも回される。アランはその状態のまま着地し、魔術を解除した。空気の支えを失い、アイリスの身体がアランの腕の中に落ちる。
「―――――っ!」
「よっと」
思うように声が出ず、無言の悲鳴を上がるアイリスを、アランはゆっくりと地面におろした。
「に、兄さん、いいいいきなりなにをするんですか!?」
顔を真っ赤にして怒るアイリス。
「屋上に登った方がいいかと思ったんだが……」
どうしてそんなに怒っているのか分からないが、普段から怒られ慣れているせいでアランはすぐに言い訳モードに入る。
「そのくらい自分で出来ます!」
「なにも言わないでやったのは悪かったけどさぁ」
「それにお……、お姫様抱っこだなんて、私にも心の準備というものが……」
「ん? なんの準備だって?」
「な、なんでもありません!」
アイリスがそっぽを向いて言う。やはりなぜ怒っているのかよく分からないアランであったが、なんでもないと言われてしまっては、もう聞き返すことが出来なかった。
「……それで、結局どうするつもりなんですか?」
自分の中で気持ちを切り替えたらしく、アイリスがアランに向き直って言った。
「もう敵を見つけるのは無理そうだからな。いつでも魔術を発動出来る状態にしておいて、敵が魔術を使ったのを察知して迎え撃つ」
「確かに、それしかないかもしれませんね……」
「敵だってこの学園が見える位置にいるんだ。なら、ここにいれば大丈夫だろ?」
学園の屋上は、周りの木よりもはるかに高い位置にあり、周囲の山々を見渡すことが出来る。アイリスはアランの言葉に頷いた。
「そうですね。……では、兄さん」
そしてアランに向けて自分の両手を差し出した。
協同魔術は通常、二人でも三人でも手を繋いで円になって行う。互いに魔力を相手に流し込み、循環させることによって少しずつ混ぜていくのだ。それには二人なら二〇分、三人なら一時間程度の時間を要する。その作業が不充分だと、魔術発動の際に身体が魔力に拒絶反応を起こし、協同魔術は発動できない。だが、あくまでそれは一般的な話だ。
アランとアイリスには、協同魔術を発動する際に魔力を混ぜるという工程は必要ない。二人の魔力がもともと似ているからだ、とアランは思っている。
なので、アランはすぐにアイリスの意思を汲み取ったが、その手は取らなかった。
「まだ大丈夫じゃねぇか? というか、俺達は魔力を混ぜる必要ないんだから、直前でも問題は……」
しかしアランはそれを言おうとして、半ばで口を閉ざす。アランが言葉を重ねる度に、見るからにアイリスの機嫌が悪くなっていくのだ。
「……あ、アイリス? どうしたんだ?」
アイリスの顔を伺いながらアランが問うと。
「兄さんは嫌なんですか」
アイリスは顔を伏せて低い声で言う。
「嫌ってなにが……」
「そんなに私と手を繋ぐのが嫌なんですか」
「いや、そうじゃないけどさ、ほら、お前だって嫌だろ? さっきだって怒ってたじゃねぇか」
「あ、あれはいきなりだったからで……。そもそも怒っていたわけでは……」
途端にアイリスの声が小さくなる。またなにか言ってはいけないことを言ってしまったのかと怯えるアランだったが、顔を上げたアイリスを見てそれはどこかへ飛んで行った。
アイリスがなにを思っているのかは分からない。だが、その潤んでいるようにも見える瞳を見た瞬間、アランは身体が勝手に動いていた。
「兄さん?」
アイリスは突然手を取ったアランに驚き、アランに疑問のこもった目を向けた。
「悪い。この失敗できない状況で、真面目なアイリスが最善を尽くさないわけないよな」
アランはそう言って自嘲的な笑みを浮かべた。
今が危機的状況であることは当然アランにも分かっている。だがそれでも、面倒くさい、このくらいで大丈夫といった怠慢な心はなくならない。
アランは、自分の当事者意識が薄いことを自覚していた。
どんな状況でも心の底から本気になれない。心の底から恐怖することも出来ず、心の底から喜ぶことも出来ない。
いつからそうなったのかは、アラン自身にも分からなかった。
魔術師としては、アランは間違いなく優秀だろう。その膨大すぎる魔力故、小規模な魔術のコントロールが出来ないという欠点を持ってはいるが、それを補って余りあるほどの圧倒的な力が、アランにはある。
だが、人としてはどうだろうか。本当の意味で感情に素直に生きられない自分は、人間としては欠陥品なのではないだろうか。集団から疎外され、孤独に生きるアランはそう考えずにはいられなかった。
そしてそのことに感じる自己嫌悪もさほど大きくはない。
「分かってくれたならいいんです」
そう言って自分の手を握り返してくるアイリスを、アランは眩しそうに見つめる。アランには読み取れないが、その心を真っ直ぐに映しているのであろうアイリスの澄んだ瞳に、救われたような気持になっていた。
「じゃあ、いくぞ」
「はい……」
アランは合図すると、ゆっくりと右手からアイリスの左手へと魔力を流す。反対に、左手からアイリスの魔力がその空いた穴を埋めていった。
徐々に流す魔力を増やしていくと、両手がギュッと強く握られた。
「大丈夫か?」
アランが聞くと、アイリスはその目を真っ直ぐ見つめ返す。
「問題……ありません」
クリスとの戦闘で大規模な魔術を繰り返し使ったせいか、アランは流す魔力の制御が上手く出来ない。そのせいでアイリスに負担を掛けてしまっていることは明白だが、問題ないと言っている以上、ここで止めればアイリスの思いを踏みにじることになってしまう。この状態でも拒否反応が出ずなんとかなっているのは、やはり自分とアイリスの魔力が似ているからだろうとアランは思った。
「あと少しだ、我慢してくれ」
アイリスにそう語りかけながら、アランは自分の中の魔力へと意識を向けた。もう自分とアイリスの魔力の割合は半分ずつになっており、そのほとんどが上手く混ざっている。
流す魔力を少しずつ減らしていくと、それを察知したアイリスからの魔力も同じように減っていく。互いが流す魔力の量に大きな差があると、一方に魔力が溜まり過ぎ、キャパシティオーバーとなり魔力が暴発してしまう。アイリスがアランに合わせる形で、二人の魔力量は完璧に調整されていた。
「よし」
やがて二人の魔力は完全に混ざり、流す魔力も最小限になった。手を離さないのは、そのままにしておかないと次第に身体が自分の魔力に変換してしまうからだ。
二人は呼吸を整え、互いに目を合わせた。
「兄さん、属性はどうするんですか?」
「多分相手が使ってくるのは光属性だな」
「私もそう思います。光属性は距離による威力の低下が少ないですから」
「じゃあ、俺達も光属性だろうな。直接ぶつけて相殺するしかない」
「分かりました。では……」
この二人の場合、属性魔力を練るのはアイリスの仕事だ。アランよりも魔導技術に優れているアイリスが魔術陣を描き、保有魔力量の多いアランがその魔術陣に魔力を流す。二人の長所を最大限に生かした発動の形である。
全体の魔力の二割ほどが光属性魔術に変わると、アイリスがふーっと息を吐く。アランはその魔力の質の高さに驚かされた。
「終わりました」
アイリスが報告し、アランが頷く。
「そろそろか……」
「少しずつ、魔力が分かりやすくなっています。発動段階に入ったのだと思います」
目を閉じて敵の魔力を探ったアイリスが言った。
繋がれた手はとても小さいが、アランにはアイリスがとても頼もしく思えた。実際、アイリスとでなければ不可能な作戦だ。もしアイリスがいなかったなら、アランも今頃は他の生徒達のように避難していただろう。
いや、そもそもアイリスがいなければ自分の人生がどうなっていたかさえ……。
「兄さんの右斜め後ろ、南東方向から来ます!」
アイリスがそう叫ぶ。もうアランにも、その魔力が感じ取れるようになっていた。
「ありがとうな、アイリス」
アランがボソッとそう呟く。それがアイリスに届いたのかは分からない。
そして二人は同時に大きく息を吸い―――――
「「『太陽光』‼」」
大声で、叫んでいた。
直後、アランの後方に半径五メートルはあろうかという巨大な魔術陣が現れる。
その細部まで精緻な模様の描かれた、アイリスの魔術陣。瞬間的に膨大な情報を描くその想像力と処理能力は人知を超えていた。
間を空けずして、そこに大量の魔力が注がれる。
もはやそれは、人間一人で操っていいようなものではない。その荒々しい魔力は、伝説上の存在である龍そのもののようであった。
魔力が魔術陣を通過し、大量の情報が書き込まれ変質。魔術陣の指示通りに、一筋の光となって放たれた。
その放たれた先、はるか遠くに見える山の山頂から、同時にもう一つの光の筋が飛来する。
人の目では捉えられるはずもない、光速で進む両者は放たれたその瞬間に衝突した。
膨大なエネルギー同士が魔力という媒介を得てぶつかり合う。
光が止まった。
一瞬、ほんの一瞬の出来事である。お互いがお互いの光を喰らい発散させてゆく。
刹那の戦いを制したのは、アラン達の魔術であった。微かに残った輝きが遥か彼方へと消えていく。
数舜遅れて、空を割る大爆発が巻き起こった。爆音と爆風が、ヴェレリア全土を襲う。
記録に残るその日の天気は快晴。しかし、人々の記憶に残った空模様はそれと一致しない。
その日の空は、空ではなかった。人の、自然の力すら遥かに超えた魔術の衝突は、その圧倒的なエネルギーの余韻で空に蜃気楼を浮かべた。
空に逆さに映るヴェレリアの街。その異様な光景は後に、ヴェレリアの民のみが知る幻の都市として、語り継がれることとなる。
この回が一番書きたかった話でした。
次で最後になると思います。
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