偽Aランクと学園長
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アランがものの一分で学園に到着すると、そこは混乱に包まれていた。なにが起きているのかと騒ぎながらも、生徒達は講師に誘導され学園から避難しているようだ。普段なら一歩進むたびに飛んで来ていた冷たい視線も今は感じない。
おそらく講師が演習に出ていたアラン達のことを探しているだろうが、そっちはローズに任せようと決め、アランは真っ直ぐ学園長室へと向かった。
「邪魔するぜ、じいさん」
アランはノックもせずに学園長室の扉を開ける。講師、特にランド辺りが見たら飛んで来て怒りそうな行為だが、中にいたサダルは表情を変えず、驚きもせずにアランを迎え入れた。
「アラン君、だいぶ魔力を消費しているようじゃが、ひとまず無事に戻ってきてくれてなによりじゃ。怪我は……それほどしておらんようじゃの」
魔力によりアランが近付いて来ていることは分かっていたが、サダルはアランの姿を見咎め、ようやく安心しホッと息を吐いた。
「ああ、正直ローズがいてくれて助かったぜ。あのまま戦闘が長引いてりゃ、俺の方が先にガス欠になりそうだったからな」
「やはりアラン君でも黒魔術相手では厳しかったかのう……」
「やっぱりじいさんには分かってたか。黒魔術のことは、俺はちょっと知ってるくらいなもんだが……、こんなことが起きるならあいつらにちゃんと聞いとくべきだったか」
「まあ、君の両親は知識より実践といった感じじゃからな……」
サダルは過去を懐かしむような遠い目で言い、すぐに真剣な表情になって続けた。
「まあそんな話は後じゃ。今はまだやらねばならんことがある」
「ああ、俺もそれを聞きに来たんだ。多分敵の主力は俺らが倒したと思うんだが、たぶんあいつらだけじゃないだろうからな」
正直に言えば、アランには戦況がほとんど把握できていなかった。森で敵を発見できたのは、やたらと魔物との遭遇率が高いことを不審に思い、周囲の音を風属性魔術で集めたからだ。敵の魔力をはっきりとは感じ取れていなかったが、一〇人以上の足音が接近してくるのをアランは聞いていた。
しかし、それはあくまで自分の周囲にいた敵であって、別部隊はアランの索敵範囲外にいるかもしれない。クリス達のように魔力を隠していれば、アランには見つけることは難しい。
アイリスが数回魔術を使用したことだけは分かっていたが、アランも戦闘中であったためアイリスの状況も詳しく理解しているわけではなかった。
まだクリスのような敵がいるなら苦戦は免れない。アランは不安を抱いていたが、サダルはアランの言葉に頷いた。
「ああ、その点については……ひとまず大丈夫じゃ。学園に侵入したものが三人いたようじゃが、三人とも死亡。それについてはいろいろ不審な点もあるんじゃが……今はそれより重要なことがある」
前半の部分を聞いてアランは一安心したが、直後に衝撃の事実を告げられる。
「魔術師一〇人による協同魔術が、この学園を狙っておる」
「じゅ、一〇人だと!?」
アランは信じられないという顔を浮かべる。だが、サダルの目が嘘はないと語っていた。
「敵の狙いは今年の新入生、シャルル・サンドレア君じゃ。サンドレア家のことは知っておるかの?」
「あのイリア一の金持ちっていうあれか?」
「そうじゃ。さっき敵の使いがこの部屋に来おってな。敵は一〇人による協同魔術で脅しを掛けて来たんじゃ」
「じいさんが敵の侵入を許したってのか?」
「あやつは魔術師ではなかった。魔術と関係のないことについては、わしは凡人以下じゃ……。まあそれは今はよい。敵の狙いはシャルル君じゃった。シャルル君が住んでいるのは貴族島じゃから、誘拐するなら学園の方が楽だと判断したんじゃろうな」
アランはだから学園長室の窓が割れてるのかと納得し、サダルの言うことにそれはそうだろうと思った。
ヴェレリアは主に四つの大きな島からなる都市だ。その内二つは一般住宅街と商店街、一つはアランの住んでいる高級住宅街となっており、最後の一つが貴族たちの住む貴族島だ。
貴族島は、貴族以外は許可がない限り立ち入り禁止であり、その警備は他の三島に比べ桁違いに厳重だ。そもそも貴族達自身が優秀な魔術師であるのに加え、雇われている大勢の警備員、学園以上の防御壁の存在もあり、誘拐などほぼ不可能だ。
「なるほどな……。その一〇人の居場所は分からねえのか?」
「残念じゃがそれは分からん。少なくとも一キロ以内にはいないようじゃ」
「まあ一〇人で発動するような魔術ならそのくらいは届くか……」
協同魔術はそもそも、一人では発動できない魔術を使うためのものだ。そうでなればわざわざ発動に時間の掛かる協同魔術を使う意味がない。そのため、一度でほとんどの魔力を使い切ることが前提だ。一〇人分の魔力を使った魔術なら、威力だけでなく飛距離も相当伸びると思われた。
「仕方ねえ。探してくっか……」
「それは無理じゃ」
サダルにも場所が分からないならそれしかない。アランはそう思い部屋を出ようとするが、サダルはそれを止めた。
「無理ってどういうことだよ。場所が分からないならそれしかないだろ?」
「もう時間が迫っておる」
サダルの重々しい口調に、アランも慎重になって聞き返す。
「時間だと?」
「敵の指定した時間まであと一〇分もない。探し出すのは無理じゃ」
「そういやクリスとかいうやつも時間だとか言ってたな……」
「正直言って手詰まりじゃ。敵の攻撃を防御しようにも一人一人の魔術の威力はたかが知れておる。何人ぶつけたところで意味はないじゃろうし、協同魔術を発動するにはもう時間が足らん。まあそれもどれだけ意味があるかは分からんがな」
サダルの言ったことは、アランも同感だった。
「まあ幸い、アラン君の勝利を信じて生徒達はシャルル君も含め全員避難させておる。そろそろ完了する頃じゃろう」
そう言われて、アランは学園内の魔力へと意識を向けた。サダルの言葉通り、ほとんど魔力の反応がない。
ああそうだな、と言いかけてアランは口を閉じた。
学園長室に近付く魔力が一つ。この学園内で最も見慣れた魔力だった。
突然黙り込んだアランをサダルが不思議そうに見ていると、コンコンというノックの音が室内に響く。
サダルが途端に厳しい顔になるが、アランは何食わぬ顔でドアの向こうに立つ人物に言った。
「入っていいぞ」
本来それは学園長であるサダルのセリフなのだが、サダルは咎めなかった。サダルが警戒した視線を送る中、扉はゆっくりと開き、その向こうから美しいペールアイリスの髪――――アイリスが姿を現した。
「失礼します」
アイリスのその声で、驚愕に固まっていたサダルの時が動き出す。
「……アイリス君じゃったのか。どうしたのじゃ?」
「それはもちろん兄さんが心配―――ではなくて、学園長にご報告したいことがありまして」
「ん、聞かせてくれ」
「おい、わざわざ俺の心配してないアピールしなくていいからな?」
アランの突込みには触れず、アイリスはサダルに言う。
「具体的なことでなくて申し訳ないのですが……、どこか遠くからこの学園が狙われているかもしれません」
「なんと……」
アイリスの言葉に、サダルは目を見開いた。
「さすがだなアイリス。今ちょうどその話をしてたところだ」
「そうでしたか。では余計なことを言ったでしょうか」
「いや、これで確信が持てた。感謝するぞ、アイリス君。どうやらもう覚悟を決めるしかないようじゃのう……」
サダルはそう言って立ち上がる。その腰はいつになく重い。
「じいさんも他の奴らと一緒に避難するってことか?」
「ああそうじゃ」
覚悟を決めたというのは嘘ではないらしい。確かにサダルの目に迷いは感じられない。
だが同時に、多大な寂しさを湛えていた。
「いいのか? ここはじいさんの家みたいなもんだろ?」
アランの問いにサダルは首を横に振った。
「家なんかよりもっと特別な場所じゃ。ここにはわしの人生を掛けた研究資料と、それよりももっと大切な思い出が詰まっておる」
サダルがこの学園の学園長になってから五十年以上が経つ。その時間の蓄積をアランは推し量ることしか出来ない。だが、サダルの姿を見ればその悲しみは充分すぎるほどに伝わって来る。
「じゃあ……」
アランが言いかけるが、サダルはそれを遮って言った。
「じゃがな、まだ死ぬわけにはいかないんじゃよ。今この学園に通う生徒が巣立つ姿を見んと、死んでも死にきれんよ」
その言葉で、アランの動きが止まる。アランはなにかに迷っているようだった。
そんなアランの腕を、隣にいたアイリスが強く引く。
「兄さん……」
そしてすがるような目でアランを見上げる。それだけで、アランはアイリスの言いたいことを理解した。
アランはしばらく無言でアイリスと目を合わせ、そして大きく頷いた。そしてサダルを見て言う。
「おい、じいさん」
「なにかの?」
アランの強い声に、サダルが顔を上げた。
「諦めるのはまだ早いぜ」
「……アラン君、もうよい。さっきも言ったが、もう覚悟は出来ておる」
「いや、そんな覚悟なんて必要ねぇよ」
「じゃがもう……」
アランが言うが、もうサダルの中では心が決まっているようだった。だがそれでもアランは続ける。
「敵の魔術は、俺達が防ぐ」
アランはハッキリと、確固たる自信をもってそう言い放った。その言葉に、サダルは言葉を失う。
「出来れば無理させたくなかったんだけどな」
アランはそう言ってアイリスに視線を送る。
「どういう……ことじゃ?」
サダルが戸惑いを隠せずアランに問う。アランは常識ではありえない、だがいたって単純な答えを返した。
「俺とアイリスの協同魔術で相殺するんだよ」
そういうことだろうと、サダルにも分かっていた。だが、それは考えられないことだ。
「アラン君、それは無理じゃ。協同魔術を発動するには時間が足らん。それに……」
「俺とアイリスじゃ魔力が足りない、か?」
サダルの言いたいことを理解し、サダルの言葉をアランが先取りする。
「アイリス……」
「はい」
アランが何事かアイリスに目線で指示を送る。アイリスはそれに答えると、アランから手を放しそして……一瞬だけ、抑えていた魔力を開放する。
サダルは一瞬顔に驚愕を浮かべ、そして直後に大声で笑い始めた。
「ほっほっほ、いやあこれは一本取られたわい」
「これでも同じことが言えるか?」
アランが挑発的に問う。サダルは真っ直ぐアランを見て言った。
「分かった、君たちを信じよう」
「ああ、まあ任せておけ」
アランは笑顔で頷き、サダルに背を向けた。
「もう止めん。だが、充分気を付けるんじゃぞ」
「ああ、もちろんだ。じゃあ行ってくるわ」
「念のため学園長も避難をお願いします」
アランとアイリスはそう言い残し、学園長室から去っていく。
「全く、よく分からん兄妹じゃ」
浮かび上がるのは、昔の記憶。
「まったく、昔のあやつらにそっくりじゃのう……」
アラン達と懐かしい二人組の背中を重ね、サダルは一人そんなことを呟いた。
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