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偽Aランクの兄さんは嫌われ者です  作者: 風深 紫雲
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エピローグ アイリスの願い

このページを開いてくださった方に、最大の感謝を。

 学園を救ったアイリスとアランは、サダルの裁量で早々に帰宅が許された。協同魔術を相殺したことやアイリスの倒した三人組のことなど知られたくないことは多かったが、アイリスもアランも魔力枯渇によって身体が怠く頭も回らなかったため、なんとかしておくというサダルの言葉を信用し真っ直ぐ家へ帰ることにした。


「ただいまーっつても、誰もいねぇか」


 玄関の扉を開けそう独り言つアランに、アイリスは先に回り込んで言う。


「おかえりなさい、兄さん」


 アランはそれを見て、ふっと破願した。


「よくやったな、助かったよ、アイリス」

「いえ……」


 言葉を交わす二人の距離は近い。その距離感は、家族というより恋人のそれである。


「あー……つかれた……」

 

リビングに足を踏み入れた途端、アランはそんな声を漏らし、ソファに座り込んだ。


「私も少し……つかれました……」


 そしてアイリスもアランに続く。

それも無理もないことだった。二人はほとんどすべての魔力を使い果たし、魔力欠乏症になる一歩手前なのだ。


 魔術師にとって、魔力は生命エネルギーのような働きもあり、それが足りなくなると魔術の行使だけではなく、身体機能にも障害が出る。二人にとってはここまで歩いて帰って来るだけでも相当な重労働だったのだ。


 サダルが早々に帰宅することを進めてきたのも、早く休まないと危険な状態だったからである。学園で休むことをアランが嫌がることを見越しての意見だったのであろう。


「黒魔術師を倒して、一〇人の協同魔術も撃墜か……。ふっ、やってやったな……」


 アイリスの横でアランが呟く。もうその目は閉じられており、眠りに落ちる寸前といった様子だ。


「さすが、私の兄さんです……」


 アイリスはそう言って、アランに寄り掛かった。その声がアランに聞こえているのかは分からないが、そんなことは気にならなかった。


 それよりも、触れた肩から伝わる熱に意識を持っていかれる。

 普段のアイリスならあり得ない行動だろう。だが、今は理性があまり働いていなかった。

 体内にアランの魔力が残っているせいか、アランの熱がひどく恋しかった。

 魔力低下により心臓の働きも鈍っているはずだが、それでも隣にいるアランのことを思うと胸が高鳴る。


 それがなぜなのかなんてことはもう、二年以上も前から分かっていることである。

 アランは学園に入学する前、父親に連れられ旅をしながら魔術の修行をしていた時期がある。その期間は約二年。修行から帰ってきたアランは、まるで別人のようになっていた。


 もともと魔力保有量の多かったが、アランはその二年でその質を大きく変化させていたのだ。魔導技術が格段に向上したせいもあるだろうが、それとは別の荒々しさのようなものがアランの魔力にはある。

 返ってきたアランの魔術を見て、アイリスは胸がときめいた。それが、アイリスの人生が変わった瞬間だった。


 いつしかアランの姿を目で追うようになり、家事をするのが楽しくなり。

そして、自分はこの人のことが好きなんだな、と自覚した。

 アイリスとアランが混合魔術発動の際に魔力を混ぜなくても魔術が発動できるのは、二人の魔力が似ているから、だけではない。アイリスには深層心理まで、アランの魔力を――――アラン自身を拒絶するという選択肢が存在していないのである。


 羞恥という形で、拒絶しているように見えてしまうことはあるけれども。


「兄さん、起きていますか?」


 ほとんどない意識の中、アイリスはアランに問いかける。アランからの返事はない。

 代わりに、上下するアランの肩がアイリスの頬をなでた。


「兄さん……」


 なにを言おうとしていたのか、自分でも思い出せない。そもそも、言いたいことがあったのかすら分からなかった。

 それに、どうせアランのことだ。言葉でなにかを言ったところで、どうせこの気持ちが伝わることはないだろう。

 微かな苛立ちと、僅かな寂しさと。そして大きな安心感に包まれながら、アイリスはそっと目を閉じた。



 どのくらい眠っただろうか。なんとなく人の気配を感じアイリスは目を覚ました。

 身体のだるさは全く取れていない。どうやらそれほど時間は経っていないらしかった。


(兄さんは……?)


 覚醒しない意識の中、途端に不安を覚えアランの気配を探る。そしてすぐに隣に座るアランに気が付いた。なんてことはない、アイリスは今でもアランの肩にもたれ掛かっており、ただその体勢に慣れてしまっているだけだった。


 不安から一転、一瞬で満たされた気持ちになったアイリスは、再び眠りに就こうとした。

 だが、なぜかすぐに寝られない。その疑問には、すぐに答えが与えられた。


「おーい、帰ったぞー」

「ただいまー」


 そんな呑気な声が、家の中に響く。聞き違えるはずもない、アイリスとアランの両親の声。

 二人の足跡がリビングに近付いてくる。アイリスは出迎えと方がいいのかと迷ったが、動こうとすると、瞼すら開かない。思った以上に身体に限界が来ていたらしい。


「あー、やっぱり寝てやがる」

「そうねぇ」


 二人はリビングに来てアランとアイリスの姿を見咎めたらしい。


「どうも魔力が薄いと思ったら……」

「やっぱりあの不思議な空はこの子たちの仕業なのかしら」

「まあそうだろうなぁ……。ロマニアにいて魔力を感じたんだ。相当強力な魔術を使ったんだろう」


 その言葉に、アイリスは耳を疑った。イリア王国の首都、ロマニアは、ヴェネリアから約四〇〇キロメートル離れたところにある。そこから魔力を察知することも、この短時間でここまで来ることも、普通の人間、魔術師にだって出来るはずはない。

 だがアイリスはすぐに自分を納得させた。アイリスやアランからしても、この二人は異常なのだ。だってこの二人は……。


「あなたが突然帰るって言った時のあの子の表情、思い出しただけでもう……」

「まあ国王になったばっかりだからな。仮にも英雄なんて呼ばれてる俺達との友好は大事にしたいんだろう」


 父親、ジェラルド=レイヴェルト。

 母親、エレナ=レイヴェルト。


 この二人は、伝説の英雄なのだから。

 童話に語られる伝説の英雄。それは当時の国王が、二人の活躍を物語にしたものだった。


「新しい子には悪いことしたわね……」

「息子と娘の一大事かもしれないというのに、あんな式典なんてやってられるか。まあ、あとはあいつがなんとかするだろ」

「あの人が王座から退いたから息子君が国王になったのよ? 前国王に頼ってる姿なんか見せられないんじゃない?」

「んーそうかもしれんな。まあ、俺には関係ないことだな」

「もう、あなたがそんなんだから、アランが不良になっちゃうのよ?」

「学園での評価なんて放っておけばいいだろう」

「そういうところを言ってるの!」


 まるで新婚のように、楽しそうに会話をする二人。アイリスはそれを微笑ましく思うと同時に、羨ましくもあった。

 二人の間には距離感がない。互いに自然に接しているのにバランスが取れていて、楽しそうで、自分とアランとは違うなぁ、とどうしても思ってしまう。


「まあ、とにかくこいつらが無事でよかったな」


 話を逸らすジェラルド。見なくてもエレナの不満気な表情が頭に浮かんでくる。

 だが、二人は予想以上に心配してくれていたらしい。


「そうね。二人とも相当つかれてるのね。よく眠って……」


 その気配と声から、エレナはかなり顔を寄せていることが分かる。

 寝たふりがバレたかと焦るアイリスだったが、このまま貫き通すことしかできない。


「どうかしたのか?」

「いえ、よく眠ってるわ。それにしても、仲良さそうに眠ってるわね、二人で並んで……」


 言われて、アイリスは急に羞恥心が膨れ上がった。アランの肩から頭をどけたい衝動に駆られるが、今動けば起きていることがばれてしまうのでそれも出来ない。


「昔は仲良かったんだがな……。最近はあんまり話さないし、喧嘩でもしてるのか?」

「あら、あなたったら、その鈍感さは治らないままね」

「どういう意味だそれは」


(も、もしかして、お母さんには私が兄さんのことをす、好きってばれてますか?)


 そしてアイリスが心の中で問い掛ける。


「あなたやアランみたいな鈍感さんには、自分から攻めないとだめってこと!」


 その言葉が、アイリスの心をズガーンと打った。


(やっぱり兄さんには、私から言わないと気付いてもらえないんでしょうか……。いえいえ、そもそも兄さんと私は兄妹ですし……)


 そしてその事実が重くのしかかる。これが、アイリスの一番の悩みだった、いや、悩みというよりは、諦められないことというべきだろうか。そればかりは、悩んだところでどうにもならないことだ。


「でも、どんなに仲が良くても、結婚させてあげることは出来ないのよね……」


 アイリスの心を代弁するように、エレナが呟く。他人の口から改めて聞かされ、アイリスの心は余計に沈む。

 もう寝てしまおう。アイリスがそう決意した時だった。


「そんなことになるとは思えないが……。結婚なら、させてやれるぞ?」

 

(え?)

「え?」


 アイリスの心の声と、エレナの声が完全に一致する。アイリスが自分の口から声が出たのではと錯覚するほどだ。


(お父さん、それってそういうことですか?)

「あなた、それってどういうこと?」


 完全に一致している二人の疑問に。


「あれ、言ってなかったか? 一応このうちは貴族なんだぞ?」


 ジェラルドはあっけらかんと、そう言ってのけたのである。


「えぇ!? 聞いてないわよ、そんなこと!」

「そうだったか……。いやすまんすまん。金は全部あいつに返しちゃったし、特になにも変わらないから言い忘れてた」

「それはそうかもしれないけど、普通言うでしょう?」

「悪かったって」

「もう……」


 その後もエレナの軽い説教は続いていたが、もうアイリスの耳には入ってきていなかった。


(私たちが貴族……。貴族は兄妹での結婚が認められてる……!)


 今にも暴れだしそうな心臓を、必死に落ち着かせる。だがそれでも、高鳴る胸は止まるところを知らない。


 そしてついにたった今知った事実を、諦めかけていた最大の願いを。

 心の中で、叫んだのだった。


―――私は兄さんと、結婚出来る!

今回で投稿を終了します。

読んでくださった方、ありがとうございました!

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