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偽Aランクの兄さんは嫌われ者です  作者: 風深 紫雲
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黒魔術と風の刃

このページを開いてくださった方に、最大の感謝を。

 ローズは少し戸惑ったが、アランの言われた通りにすることに決めた。今の自分では恐怖でまともに戦えないのではないかという不安があるからという理由が一つ。もう一つは単純に、アランのことを信じてみようと思ったからだ。


「行きますよ―――っ! 『黒炎拳プーニオ・ディ・フィアンマ・ネラ』」


 クリスの右手闇に包まれる。魔力そのものの在り方が明らかに異質だ。


「『風拳プーニオ・ディ・ヴェント』」


 アランも同時に詠唱し、地面を蹴る。魔力を体内に循環させている二人は身体能力も大幅に強化されており、一瞬でその距離が詰まった。


 クリスは黒い炎、アランは圧縮した空気を纏わせ、互いに右手の拳をぶつける。その衝突に、再び爆発音が鳴り響く。

 両者の力は拮抗しているように見えた。だが、炎と風という性質から、次第にクリスの炎がかき消され消えていく。

 アランがこのまま押し切れるか―――――。そう思った時だった。

 口を開いていないにも関わらず、クリスの左手に黒い電撃が宿ったのである。アランが驚いて目を見開いたその瞬間、クリスの拳がアランの腹部に直撃。そのまま後方へと飛ばされ、壁に背中を打ち付けられた。

 アランはそのまま滑り落ち、ぎりぎりの様子ではあったが転倒を防ぎ着地した。


「ふふっ、どうやら黒魔術のことは知っていても、その詳細までは知らなかったようですね」


 クリスはようやく微かな笑顔を見せた。だがそれも全くもって明るいものではない。


「黒魔術は魂を消費し行使する魔術……。ゆえに、イメージを固めるなんてプロセスは必要ないのです。黒魔術は魂からそのまま魔術陣を描くのですよ」


「なるほどねえ……」


 もしクリスの言うことが本当ならば、黒魔術の発動にかかる時間は半分以下だ。手数が二倍、威力がほぼ互角とあっては勝ち目などほとんどない。

 だが、アランの目は全く死んでいなかった。ローズはその輝きに賭け、自分は自分の出来ることを、とアランに言われた通り魔術を準備する。


 属性は一番得意な炎属性。使い慣れている『炎槍ランチャ・ディ・フィアンマ』を最高純度の炎属性魔力と、一撃に込められる最大量の魔力で放つと決め、炎属性の魔力を練り始めた。

 ローズの闘志に応えるように、アランは顔を上げる。


「じゃあ俺も隠し事はなしってことで……」


 そう言ってアランは両手に風属性の魔力を纏わせた。

 魔術は片手のみでも発動が可能だが、両手で発動する場合もある。それには二通りのケースがあり、一つは両手の魔力を使ってより大きな魔術陣を描き、魔術の規模や威力の増加を図る場合。もう一つは両手に別々の属性の魔力を練り、魔術陣を二重に展開して二つの効果を持った混合魔術を使用する場合である。


 もちろん後者の方が技術が必要なわけだが、欠点とされる部分はどちらも同じで、それは発動に時間が掛かること、である。片手で発動する魔術と比べると、両者とも練らなければならない属性魔力の量が増えるし、魔術陣を描くのにも時間が掛かる。

 ただでさえ手数で劣っているアランがさらに発動に時間が掛かる魔術を使えば、当然クリスに押し切られてしまう。ローズはそう思ったのだが、アランは予想外の行動に出る。


「『風刃ラーマ・ディ・ヴェント』」


 アランはそう唱えると、両手の魔力を合わせずに、左右の手の先に同時に魔術陣を展開したのである。


「ほう……」


 クリスが興味深そうにその様子を見つめる。

 アランが両手を振り下ろすと、その魔術名の通り、不可視の風の刃がクリスに向かう。クリスは直撃する直前で上体を傾けそれを回避。


 刃はそのまま足元の水を割き、倒木を切り裂き直進し、壁に激突した。

 クリスは大きく抉れた背後の壁を振り返る。


「同時に二つの魔術を展開。しかもこの威力ですか……」


 そして唐突に笑い出した。


「いいですね、いいですよアラン君! 君は黒魔術なんか使わなくても充分異常だ!」


 アランが属性魔力を練るスピードはクリス以上。詠唱の時間を差し引いても、同時に二つの魔術を発動できるなら手数ではほぼ互角だろう。自身の優位性が失われたというのに、クリスはむしろ喜んでいるようだった。


「私たちの計画はまだまだ序盤の序盤。君みたいな大物とやりあう予定などなかったですが、うれしい誤算です! さあ、楽しみましょうアラン君!」


 クリスは興奮した様子でアランに語り掛ける。対するアランはもう一度両手に刃を準備することで答えた。

 再び両者が地面を蹴る。またもや互いの右拳がぶつかり合い、その衝撃で水が足元から押し出され周囲の壁に押し寄せる。一瞬姿を覗かせた地面にクリスが左手を付けると同時、アランが左手を振り上げた。


 超至近距離で放たれた刃をクリスは回避できず直撃。しかしクリスの発動した土属性魔術により槍のように尖った地面がアランの腹部を突く。


 二人は互いに後方へと飛ばされ、壁に激突した。

 直後、クリスの飛ばされた側の土煙の中から土の槍が飛び出し、アランの飛ばされた場所へと突き刺さる。


 ローズが声にならない悲鳴を上げた。だが、槍の刺さった周辺の土煙が一瞬で払われたかと思うと、そこから一つの影が飛び出す。

 アランはクリスの放った土の槍の上を疾走していた。魔力循環による身体強化だけではなく、追い風によってそのスピードを数段上げている。


 一瞬でクリスの元へたどり着いたアランが右手を振るう。クリスは風属性魔術によりそれをなんとか回避するが、すぐさまアランの二本目の刃が迫る。クリスは最も高速で発動可能な炎属性魔術でそれを迎え撃ち、激突の後爆風が発生。二人の間に再び距離が生まれた。


「なんて戦いなの……」


 自然とローズはそんなことを呟いていた。

 学園での模擬戦など比べることすらおこがましいほどの高速かつ超威力の魔術戦。自分が入り込む余地なんて初めからなかったのだと思い知らされる。


 アランとクリスはほとんどインターバルを挟むことなく魔術をぶつけ合っていた。普通ならとっくに魔力が切れているはずだが、二人の魔術は全く衰えを見せない。

 お互いに攻撃が当たらないまま、とてつもなく長い一分間が経過する。もう二人が何度魔術を使ったか分からない。


 戦闘の爆発音のせいでローズにアランの詠唱の声は聞こえないが、この一瞬も油断できない激しい戦闘の中で、一度も間違えずに的確な魔術を唱えていることも驚きだった。

 だが次第に戦況に変化が訪れる。少しずつだが、クリスが攻撃性の魔術を発動する頻度が減っていた。

 そしてローズは重大なことに気が付く。アランが最初に打った一手が、今のこの状況を作り出しているということに。


 魔術には、連続で発動する場合、同じ属性の魔術の方が属性魔力を練る時間が短縮されるため、短時間で発動出来という特性がある。それを利用し、アランは先ほどから風属性魔術か使っていない。しかし対するクリスは、主に炎と雷属性の魔術を場面によって使い分けている。


 その理由は二人の足元にあった。そう、アランの生成した大量の水である。

 アランの使用している風属性には、本来土属性で対抗するのが有効的だ。だが、土属性魔術は魔力変換効率が悪く、基本的に地面の土を操る形で発動するため、アランの魔力が混ざった水に手を浸けて発動することになる。それでは時間的にも威力的にも満足に発動することは出来ない。


 アランは大量の水を生成することで敵魔術師達の戦力を削ぐだけでなく、クリスとの戦闘を優位に進めるための手を打っていたのである。

 そしてローズが息を呑んで見守る中、ついにアランの攻撃がクリスの防御を上回り、アランが右手で放った刃がクリスの身体に直撃した。


 クリスはそのまま急降下し、大量の水しぶきを上げながら地面に叩きつけられる。

 だがまだ充分なダメージではなかったらしい。クリスは少しふらつきながらも立ち上がった。


「ふふ、強いですね、君は。どうです、今からでも私達の正義に協力しませんか」


 クリスは力のない声でアランに言った。アランも態度には出していないが、相当消耗していたのだろう。攻撃を中断し、クリスに言った。


「お断りだ。俺は正義にも悪にも興味はねえ。そんなめんどくせぇもんには関わりたくもねぇよ。だからお前ももう関わってくんな」


「おやおや、それは非常に残念です。ならばなんとしてでもここで倒さねばなりませんね」


 言い終わると同時にクリスが戦闘態勢に入る。アランも魔術を唱え両手に刃を構えた。

 これが最後のぶつかり合いになる。ローズはそう予感し、自身も魔術発動に備えた。


 そして今一度アランとクリスが跳躍する。互いの全力を込めた、最後のぶつかり合いであった。

 刃と拳が激しくせめぎ合う。大量の魔力同士の衝突が地を揺らし暴風を生み出した。


 空中で静止し魔術をぶつけ合うアランとクリス。だがその均衡はいつまでも保たれるものではなった。

 少しずつ、少しずつアランの刃がクリスの拳を押し返してゆく。やがて炎は消滅し、クリスの身体は後方に飛ばされた。壁に衝突したクリスをアランが追撃。またもやクリスは左手でそれを迎え撃つ―――――かと思われた。しかしクリスが発動した魔術は炎属性でも雷属性でもない、攻撃性のない逃げの風属性魔術であった。


 もとから押し切られることを前提とし、準備していなければ発動できなかったであろうその魔術。

 アランはすでに左手を振りかぶっており、もう発動は中断できない段階まで来てしまっている。


 ―――――外した。ローズはそう判断した。これまでクリスの動きを完璧に読んでいたように見えたアランだったが、ここへ来て読み違えた。しかもこのままだとアランが次の魔術を発動するより前に先にクリスの魔術がアランを襲うだろう。

 もうここで私がやるしか―――。そう思いかけた瞬間であった。


 アランはクリスのいない壁に向かってその刃を放っていた。その圧縮された空気は衝突と共にそのエネルギーを周囲に放出。アランの身体は大きく飛ばされ、クリスの頭上へと躍り出た。


 クリスも、ローズも、自分の目を疑った。爆風で狙った位置に飛ぶのは、制御された魔術で飛ぶのとはわけが違う。壁との距離、壁表面の形状、周囲の空気の流れなど、様々な要素が関わってくる状況の中、あの一瞬ですべてを計算し実行するのはほぼ不可能だ。だが、それが偶然ではないことは一目見て分かる。


 アランは、その右足の先にも、魔術陣を浮かび上がらせていたのである。右手、左手に続き三つ目の魔術。クリスが避けることまで予測した上で、アランはそれを準備していた。

 魔術による防御は間に合わないと判断したクリスが、魔力を集中させアランの攻撃に備える。

 胸の前で腕を交差するクリスを、アランは全力で地面に蹴り飛ばした。


「ローズ!」


 アランがローズの名を叫ぶ。言われなくとも、ローズはここしかないと理解していた。


「『炎槍ランチャ・ディ・フィアンマ』‼」


 ローズの持てる魔力を全て用いた、超高火力の魔術が落下するクリスを襲う。その豪炎はクリスの魔力防御をいともたやすく破りその身を焦がす。そしてアランの作った土の壁を溶かし、大穴を開けてようやく消滅した。


 アランはクリスのすぐそばに着地し、様子を伺った。


「ちゃんと気を失っていやがんな……。つーか今ので死なねぇって、どんだけタフなんだこいつ……」


 ローズは大きくため息をつくアランに駆け寄った。


「あんた、大丈夫?」


「ん?」


 ローズが聞くと、アランはなにを聞いているんだという表情で見返す。


「なんでそんな呑気そうなのよ。服だってボロボロじゃない」


「……あぁ」


 ローズに言われて自身の身体を見下ろしたアランが、納得したように相槌を打つ。


「ダメージがあるのは服だけだ。俺が怪我して帰ると妹が怒るしな」


「全く理由になってないんだけど。まあそんなことが言えるなら大丈夫ね」


 ようやく安心できたローズは、ほっと息を吐く。


「今のを見て、分かったことがあるわ」


 そして、そう切り出した。


「ん? なんだよ」


「あんたが普段真面目に戦ってない理由。あんた、魔力の制御が出来ないのね」


 ローズの見る限り、アランは攻撃魔術も、回避のための魔術もほぼ同じ強さで発動していた。攻撃と同じ威力で自分自身に移動用の風を当てるなど、危険極まりないし、そもそもその必要がない。


「まあ、そうだな」


 さすがに誤魔化すことはしなかったが、アランはそれだけ言うと、再びクリスに視線を戻す。


「さて、こいつはまあ後で来るだろう王国軍に任せるとして」


 そして、両手に風属性魔力を纏わせた。


「ちょっと、なにする気?」


「これで終わりだとは思えねぇ。こいつらだけじゃ誘拐の脅しにはならないからな。まあとりあえず。爺さんに報告しに行ってくるわ」


 アランは次の言葉を待たずに『風道ストラーダ・ディ・ヴェント』を発動し爆風と共に去って行ってしまう。

 ローズはその背中にため息をつきつつも、胸の内の高揚感を自覚しなにも言わずに見送った。


(そう、あんたはやっぱり凄いやつよ。あの時私が憧れた強い魔術師……)


 そしてアランが完全に見えなくなってから小さく呟く。


「まあちょっと、シスコンだけどね」

読んでくださりありがとうございます。

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