山岳地帯踏破演習
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山岳地帯踏破演習、通称山登り。二年以上の学年が月に一回クラス単位で行うその授業は、多くの生徒が心待ちにしている、一種のイベントのようなものである。
ランクを参考に、実力がほぼ均等になるように数人ずつのグループに分けられ、そのグループごとに学園の裏に広がる森の中を進み、山頂まで登って帰ってくるというシンプルな内容だ。
この演習がイベントと化しているのは、数少ない魔術をほぼ自由に使える場だからだ。
ただの山登りではなく、道中で出くわした魔物を倒しながら進むというもので、山火事を起こす危険があるため炎属性の魔術は禁止だが、それ以外の属性なら初級魔術に限らず使用可能となっている。
Aランク魔術師同士の模擬戦では中級魔術も使用可能だが、それ以外は初級魔術のみ。中級魔術を使える数少ない生徒にとっては特に心待ちの機会であった。
アランとローズは学園の裏、グループ分けの掲示場所へと向かっていた。
「なんでそんな嫌そうな顔してるのよ」
ローズの言った通りの表情で、アランは後ろをとぼとぼと歩いている。
「嫌に決まってんだろ、あんなの」
「グループで一人にされるから? でもそんなのいつも通りじゃない」
「いや、違うな。普段なら俺を置いて他のやつらだけで先に行っちまうだろうが、この演習は安全のために全員行動厳守だろ? なにもしないでゆっくり歩いてると一日中睨まれんだよ」
「それ、あんたが真面目にやればいいだけじゃない」
「お前は楽しいのか? お前からしたらこの山にいる魔物なんて相手にならねーだろ」
ローズの的確な突っ込みには触れずにアランが聞き返す。
「楽しいかどうかは分からないけど、嫌いではないわね。相手が魔物とはいえ、命を絶つんですもの。ある意味模擬戦より貴重な経験だわ」
「つまり、楽しくねーのか。まあお前ぼっちだもんな」
「それは今関係ないでしょう!?」
悲しいかな、発言内容の否定は出来ないローズは若干涙目である。
「まあお前は俺と違って他の奴らがついて行くんだろうが……あ、あそこだな」
そんなことを言い合っている間に、アランは集合しているクラスメイト達を発見した。
「もう、あんたが歩くのが遅いせいで遅れちゃったじゃない」
すでに全員グループ分けを見たらしく、いくつかの集団に分かれて会話している。ローズはアランを置いて掲示板に駆け寄った。
ローズが見ている間もアランは変わらぬペースで掲示板へと向かうが、いつになってもローズが掲示板の前から動かない。どうしたのかと思いつつ、アランは横から覗き込んだ。
上から下に視線をスライドさせていくと、アランの名は一番下にあった。そのすぐ上にはローズの名前。そして二人の名は太い線で囲まれ、横には八という数字が書かれている。
「……あ?」
アランは思わずそんな声を出していた。まさかの二人一組である。
他のグループは五、六人ずつになっているため、三年からは二人グループ、というわけではないようだ。どうやらアランとローズだけが二人組を組まされたらしかった。
「おう、やっと来たか」
二人して固まる第八グループに声を掛けたのは、この演習の担当講師、エルモ・デオラであった。
「エルモ先生、これはどういうことですか?」
ローズがそう聞くと、エルモは投げやりに答える。
「いつも通りテキトーに分けてたらお前らが一緒になっちゃってさ。見つけた魔物を一人で全員倒しちゃう奴となにもしない奴ってことで、もう二人でいいかってね」
「先生、グループが五人以上なのは安全のためなんですよね?」
ローズが言い返すが、エルモは全く態度を変えない。
「お前ら二人ともAランクなんだから大丈夫でしょ。まあもう始めるから、ほら下がって下がって」
これ以上言っても無駄だと判断したのか、ローズは言われた通りに掲示板から離れる。
「気を付けろよ」
その瞬間、後ろからエルモに声をかけられた――――気がしたが、エルモは何事もなかったかのようにクラス全体に向け話し始めた。聞き間違いとは思えないが、声をかけることもできなかった。
「えー、まあ全部いつもと変わんないから、後はよろしく。俺はここで寝て待ってるから。あーそうそう、今回は八番からな。じゃあ」
いつの間に用意していたのか、エルモはそれだけ言って傍に敷いてあったシートの上に横になった。
後に残された生徒達はもう慣れたもので、エルモのことは無視してグループのメンバーとの会話に戻る。アランとローズは顔を見合わせた。
「ねえ、どうすんのよこれ」
「あいつが適当なのはいつも通りだろ。まあさっさと行こうぜ、なんでか知らねーが俺達かららしいし」
演習では、他のグループと距離を取るためにタイミングをずらしてグループごとに出発する。山は全体が草木の生い茂る森になっており、道というがほとんどないため、出発を少しずらすだけで他のグループと同じ道を通ることはほぼなくなるのだ。
「まあそうね、なにか聞こうにももう寝てるし」
「ある意味すげぇな。俺だってあと一〇秒は掛かる」
「あんたが睡眠で悩んでないことだけは分かったわ」
ローズが呆れながらも森へと足を踏み入れる。アランもそれを追うように歩き、第八グループの山登りが始まった。
三〇分後、二人は川辺で魔物の群れと戦闘を行っていた。
「『雷矢』」
ローズがそう唱えると、最後の魔物、ヴォルペに電撃が一直線に向かっていく。電撃の直撃を受けたヴォルペは身体をビクビクと痙攣させ、その後絶命した。
ローズはふーっと息を吐くと、アランを振り返る。
「やけに魔物が多いわね。一番だとこうなるのかしら。……この辺で少し休憩にするわ」
「俺はつかれてねーけどな」
「それはあんたがなにもしてないからでしょ」
訂正しよう、戦闘をしていたのはローズ一人である。
アランは横目で睨んでくるローズを無視し、川辺に腰を下した。
「それにしてもやっぱ優秀なんだな、お前」
「な、なによ急に」
突然のアランの誉め言葉にローズは身構える。だがアランは寝ころんだままその調子で続けた。
「さっきのB級の奴も混じってただろ? あれを一人で倒すなんてAランクじゃなきゃ厳しいだろ。特に経験の浅い学園の生徒にはな」
「そんなにちゃんと見てたなら少しは手伝いなさいよ」
ローズはそう言いつつも、アランの隣に腰を下す。木々の間を抜けてきた風が二人の髪を揺らした。魔物との戦闘で気を張り詰めていたローズの心に弛緩した空気が流れる。
「こうしてると、演習中だっていうのを忘れそうになるわ」
「ああ……」
アランが相槌を打つ。普段なら気にならないその声に、ローズはどこか違和感を覚えた。気になって寝転がるアランの顔を見下ろすが、ただ寝ころんで目を閉じているように見える。
ローズは気のせいだったのかと視線を川に戻すが―――その瞬間ゾワッと全身に鳥肌が立った。
思考よりも本能が働き、ただ危険を伝えてくる。だがそれと同時に手遅れであることも理解していた。それでも反射的に魔力を身体に巡らせ、ダメージを軽減しようとしたのは、やはりローズが優秀であったから出来たことであろう。
来るべき衝撃に備え、同時に恐怖から目を閉じる。だが、ローズを襲ったのは予期していた魔術による攻撃ではなかった。
『ドオオオオオオォォォォォォォンンンンンンンンンッ――――――――――』
鼓膜が破れるかというほどの爆音と、立っていることすら困難な爆風と振動がローズを襲った。
それらが収まらない中恐る恐る目を開くと、視界は真っ白な霧に包まれていた。
突然の爆発発生から約五秒。並の魔術師なら混乱するだけであろう状況下で、ローズは優れた魔術的感覚のよってなにが起こったのかを正確に把握した。
炎属性魔術による奇襲と、それを防いだ水属性魔術の衝突。一瞬で水が沸騰、水蒸気となり爆発が起きたようだった。
魔物の中にも魔術を使う種類も存在する。だが、炎属性魔術を使用したのは確実に気配を消した魔術師だった。なぜ仕掛けてきたのか、これほどの爆発を引き起こせるほどの魔術師に、どうして気付けなかったのか。それはまだ分からない。
だが、ローズの恐怖にも似た驚愕の矛先はそれではない。ローズが発動まで気付けなかった炎属性魔術による攻撃を防いだ水属性魔術。状況からしても感じ取った魔力からしても、それを使用した可能性のある人物はただ一人。だが、相手の魔術が発動してから迎え撃つなど、ローズの常識ではあり得ないことだ。
風が霧を払いようやく自由になった視界の中、ローズは水属性魔術の発動手、アランを探す。
いつの間にか立ち上がっていたアランは、じっと一点を睨みつけていた。
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