疑惑
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時は少しさかのぼり、同日の朝。
いつも通り遅刻ギリギリに学園へ足を踏み入れたアランを迎えたのは、数多くの視線であった。昨日ローズと対戦し引き分けたのだからそれも当然だろう。
わざと聞こえるように陰口を叩く生徒も無視しながら、アランは特に気にしたような素振りもなく退屈そうに歩く。
だがアランは、教室向かう途中に少し種類の違う視線を感じた。敵意の籠った視線や言葉には慣れているが、そういった類のものではないらしい。そうでなければアランの意識にとまることはないからだ。
少々気になったが、声が小さく会話の内容は聞こえない。学園内においてアイリス以外の誰かに話し掛けるという機能を搭載していないアランは、なるべく気にしないようにそのまま横を通り過ぎた。
教室に着き一番後ろの席に座る。学園には一番後ろは貴族の席という暗黙のルールがあるのだが、アランに躊躇う様子はない。去年まではクラスに二人以上貴族がいたので面倒事を避けるために適当な席に座っていたが、今のクラスに貴族はローズだけであり、特になにも言ってこないので今の席がアランの定位置になっている。
あとはいつも通り寝て過ごそうと、アランが中身の少ない鞄を置いた時だった。
「やあアラン君。今日も相変わらず眠そうだね」
アランのすぐ側で、そんな声がした。
この学園でアランに話しかける生徒などそうはいない。すぐに相手を特定したアランは、振り返りながら言葉を返した。
「なんの用だよ、ルイス・アルバーニ」
「おや、今更フルネームかい? そんな他人行儀なのはよしてくれよ。僕たちは親友だろう?」
「近寄るな、爽やかがうつる」
「相変わらず面白いこと言うね、アラン君。まあ、誉め言葉として受け取っておくよ」
笑顔のまま近寄ってくるルイスにアランは舌打ちして追い返そうとするが、ルイスはそのままアランの横に腰を下ろした。
「おい、お前なあ……」
「気にしないでくれたまえ。僕達の仲だろう?」
「俺はお前の友達になった覚えはねぇ」
「そんなこと言わないでさ。似た者同士、仲良くしようよ」
「似た者同士だと?」
アランからしてみれば、ルイスと自分の似たところなど何一つ見つからない。アランからすればなぜ近付いて来るのかよく分からない面倒なやつだが、ルイスは人当たりがよく友人も多い。
アランの方が勝っているものといえば、偽物と言われている魔術師ランクと、孤独度合いだけだ。……つまり、アランの完全敗北である。
なぜかルイスはアランのことを気に入っているらしく、クラスが分かれた今でもこうしてアランのもとを訪れていた。
ずっと疑問に思っていたことが明かされるとあってアランが興味を示すと、ルイスは自分のネクタイを親指でさし、言い放った。
「僕は入学してからずっとDランク、君はずっとAランク。お互い一度もランクが変わってないじゃないか」
まったく自慢にならないことを自慢気に言うルイス。どうやら謎のシンパシーを感じているらしいが、アランはもう呆れるしかなかった。
「お前が俺に話し掛けんのってそんな理由だったのかよ、聞いて損したわ」
ルイスの胸元には黄色のネクタイが締められている。入学時は一番人数の多いDランクも、二年経てば主に魔導技術の大幅な向上により大抵の生徒がCランクになる。三年生にもなってDランクのままの生徒は一割以下だった。
「まあ、そんなわけで親友の僕には、君に聞かなきゃいけないことがあるのだよ」
「どんなわけだ」
アランとしては全く納得がいかなかったのだが、経験上なにを言っても聞かないことは理解している。アランは早々に諦め、なるべくルイスの言葉に反応しないようにしようと決め……、直後、失敗に終わった。
「率直に聞こう。君とあのローズ君が付き合ってるって本当かい?」
「はぁ!?」
アランは、自分でも驚くほどの大声を出していた。だがその反動か、すぐに冷静さを取り戻した。
「さっきの妙な視線はそういうことか……」
放課後に商店街に一時間もいたら、さすがに何人かの生徒に見られていただろう。廊下で感じた妙な視線に一人納得しているアランに、ルイスが疑問の籠った視線を向ける。
「あれはそんなんじゃねぇよ。ただあいつにちょっと絡まれてただけだ」
「絡まれてたって……あのローズ君が君に話し掛けて来たってことかい」
「ああ、そういやあいつってそんなキャラだったな……」
言ってからアランは気が付いた。アランの中では、昨日だけでローズのイメージが大きく塗り替えられているが、ローズは学園内では未だに孤高の存在だ。
「あのローズ君がねぇ……、これは面白くなってきたね」
ルイスがにやにやと謎の笑みを浮かべ呟く。
「なにがだよ」
「君はまだ知らない方がいいかもね。っと、噂をすればってやつだ」
ルイスの言葉につられ視線の先を追うと、そこには教室に入ってくるローズの姿があった。
「じゃあ、楽しんでおくれ」
そんな言葉を残し、ルイスは唐突に去っていった。
「なんだったんだあいつ……」
言いながらアランが自分の夢の世界へ向かおうとしていると、ルイスと入れ替わりのようにローズがアランの元へとやって来る。
その様子を、クラスメイトだけでなく他クラスの生徒までもが息を呑んで見ていた。どうやらルイスが聞いてきたことはすでに多くの生徒に伝わっているらしい。
ローズはアランのすぐ近くまで来ると、意外そうに言った。
「あんたって友達いたのね」
「お前は出合い頭に喧嘩を吹っ掛けるチンピラかなにかか」
アランは思わず即座に言い返す。だがローズは取り合わずに続けた。
「まあいいわ、そんなことより私と……勝負しなさい!」
決めポーズなのか、昨日と同じ格好で言い放つ。それを聞いた周りの生徒達が、後ずさって身構えた。そんな状況にアランは大きなため息をつく。
「しねぇよ。というか、お前もそんな状態じゃないだろうが」
「え……?」
ローズは意外そうに目を開く。そしてそのままの状態でしばらく固まっていた。
「なんだよ」
遠巻きに見られているのなら気にならないが、言葉を交わした後に視線を向けられたまま固まられるというのはアランであってもさすがに無視出来ない。
「あんた、やっぱりいつもそうしてなさいよ」
なにを言っているのかよく分からいといった様子のアランに、ローズは大きくため息をつく。
「まあいいわ、今日はあんたの観察眼に免じて勝負はしないでおいてあげる」
言葉のわりにローズが嬉しそうなのが気になったが、ローズの言動にはもともと謎が多すぎる。別のことが聞きたかったアランはそれを優先し、隣に腰かけたローズに言った。
「お前がつかれてんのって、もしかして見合いのせいか?」
アイリスから聞いた通りならば、昨日ノルザリア家の馬車に乗った貴族と見合いをしていたはずだ。実際に当たっていたらしく、ローズは少しだけ驚いた後またもや大きくため息をついた。
「ばれちゃったのね……まあいいわ、隠すようなことでもないし」
「貴族が結婚だなんて大ごとじゃねーの?」
「な、あんたなに言ってんのよ! け、結婚なんかしないわよ!」
ローズは突然声を張り上げた。それまでの声は聞こえていなかったらしく、周囲で二人の様子を伺っていた生徒達が息を呑む。
「なんだ、しねーのか」
「当り前じゃない、今回が初めてじゃないし」
「そういうもんなのか? 庶民の俺には分からないことだな」
「もう一〇回目よ。毎回毎回つかれるわ」
「モテない奴らが聞いたら怒るぞ?」
「別に私を好きになってくれているわけじゃないもの」
ローズは寂しそうにそう言った。
貴族についての知識に疎く、他人の気持ちを理解できないことに定評のあるアランであったが、この時ばかりは違った。
ローズは肩書に恥じないように努力している人間だ。実際に学園でも貴族だから、だけではなく魔術師としての実力で、その立ち振る舞いで、多くの人望を集めている。だからこそ貴族令嬢という肩書きだけで見られがちな見合いが好きではない。
AランクでありながらAランクでない、偽Aランクのアラン。肩書きを捨てたアランには、少しばかりローズがまぶしく映った。
「それでも父には申し訳ないと思っているわ。いっそ兄か弟がいてくれればなんて思ったこともあったくらい」
「男兄弟がいたらなんか変わんのか?」
「そういえば貴族じゃない人達は、子供同士では結婚しないんだったわね」
さらっと言ったローズに、アランは目を見張る。
「兄妹で結婚だと!?」
「ええ、貴族ではよくあることだわ。というか、優秀な血を守るためにそうすることの方が多いくらいよ」
そう聞いて、アランは納得した。魔術師としての才能は、親からの遺伝によるものも大きい。優秀な家であり続けるために、貴族が貴族のためにそういう法律を作ったのだろう。
「父は私の将来が心配なのよ。だからお見合いの話を持ってくるんだけど、私の望まない結婚をさせる気はないらしくてね、決定権は私にあるの。その優しさに甘えてちゃってるのは分かってるんだけどね」
貴族では望む相手との結婚は難しいというのはアランでも知っていた。だが、知識として知っていてもそれが自分の常識になるわけではない。
「まあいいんじゃねーの、お前の好きなようにすればさ」
結婚相手の選択は当然、当人の意思が尊重されるべきだ。アランは思ったことを素直に口にした。だがローズはなぜか不満気である。
「なによ、他人ごとみたいに……」
「そりゃお前のことなんだからな」
「はぁ……もういいわ、あんたに他人の気持ちが分かるはずないもの」
「んなこと……あるか」
否定しようとしてすぐに思い直す。そもそも人間との会話が絶望的に少ないアランに、他人の気持ちを学ぶ機会はなかった。
「あんた、家族とはどうしてるわけ?」
「なに言ってんだ、家族には気なんか使わなくていいだろ」
アランにとっては何気ない一言。だが、ローズはそれを聞いて何事か考え込んでしまった。
「そうね、そうかもしれないわ」
やがて吹っ切れた様子でアランに言う。
「あんたみたいなのを育てた両親がどんな人なのか気になるわ。ああ、でも意外とまともだったりするのよね、そういうのって」
ローズに言われ、アランは両親の顔を思い浮かべる。その瞬間、アラン背筋に冷たいものが走った。
「いや、全然まともじゃないぞ? 俺達のことをほったらかして旅行ばっか行ってんだ」
「仲良さそうでいいじゃない」
「あいつら帰りにチンギャーレとか持ってくんだぞ?」
「えぇ!? それA級指定の魔物よね、あんたの両親って何者!?」
ローズの驚きも当然だった。人間の中にも約一割の魔術師がいるように、動物の中にも魔力を持った生物が存在する。それらは危険度によってランク分けされており、A級ともなれば、並のAランク魔術師数人でようやく倒せるかどうかの強さである。
「まあとにかくまともじゃないんだよ」
「それはちょっと……そうかもしれないわね」
ローズは若干引き気味だ。
「よくそれであんたの家族が成り立ってるわね。というか、あんた普段どうやって生活してるのよ」
「うちには優秀な妹がいるんだよ」
「あ、もしかして、その妹さんって今年の新入生だったりする?」
魔術師の子供は魔術師なので、アランの妹が魔術師であるのは当然だ。だがアランはローズの聞き方に違和感を覚えた。まるで心当たりがあるような言い方だ。
「ああ、そうだけど……」
「やっぱりそうなのね……」
アランの思った通り、ローズにはアイリスについてなにか覚えがあるらしい。だがローズはそれ以上はなにも言わず、話題を戻した。
「その様子じゃ、妹さんも大変そうね」
「まあ、妹には迷惑掛けちまってんな」
「あんた、妹のことは気に掛けてるのね。もしかして、シスコンなの?」
「そんなんじゃねーよ。ただ、あいつに見放されたら俺は死ぬしかないってだけで」
「超絶シスコンじゃない!」
「だから違うって。飯作ってんのが妹なんだよ」
「はぁ……、思わぬ強敵だわ」
ローズが小声で何事か呟くがアランには聞こえない。そこで『時告鐘』が鳴る。普段なら講師が教室に入ってくるはずなのだが、今日は違った。
「時間ね、早く行くわよ」
ローズが立ち上がる。その瞬間、二人に向いていた視線が四散した。そんなことは気にも留めずにローズは教室の出口へ向かう。
「おい、どこ行くんだよ」
状況の掴めないアランがローズに聞くと、ローズは呆れ顔で振り返った。
「あんた忘れたの? 今日は月に一回の山登りの日じゃない」
それを聞いたアランの心情は、顔を見れば誰しもがすぐに理解できたであろう。気が付けばアランは、思ったことをそのまま口に出していた。
「うわ、めんどくせぇ……」
読んでくださりありがとうございます。




