第七話 顔芸
少しして、、菫は帽子で隠していた顔を出して砌に礼を言う。顔はまだほんのり紅潮していた。
「えへへ、ありがとうございます。この衣装は魔法少女コスチュームと言って私の専用装備なんです。武器はここでは出せませんけど、武器も可愛いんですよぉ」
菫の反応も良い。トレントやあの赤蟹を討伐するよりも難易度が高かったように感じるのはなぜだ。深い安堵とともに妙な疲弊を起こしている。
「それで何を食べてたんです? お酒は飲んでますか? 頼みましょうか?」
火鍼がお品書きを見ながら世話を焼いてくれる。
「にぎり飯と豚汁。まさか、異世界で俺の好物があるとは思わなかったぜ! 驚いた驚いたっと、酒は二人が来てからにしようと思ってたからな、まだだ。とは言え、俺はあんまし飲める口じゃないんでな。一杯だけ、このにぎやかな宴に水をささねえ程度には酔いたいかねえ」
「わかりました。私たちはまだ飲めませんが、三人で乾杯をしましょう。お姉さん!エールひとつと葡萄のあれを2人分お願いします!」
「あいよ!お兄さんの注文した唐揚げだよ。レモンはお好みで掛けておくれ!飲み物はすぐ持ってくるからね!もうちょい待ちな!」
「唐揚げですぅ! 小腹が空いてきました。つまみ食いいきます! はむ! ……うまい、うまい、うまいぞぉー!」
両頬に掌を当て、カウンターの奥にある厨房へ向けて歓喜の雄叫びをあげる。それを聞いたみんなが菫の真似をして「美味いぞ」の掛け声がこだましだした。
すっかり人格の変わった菫に圧倒されつつ、砌と火鍼も唐揚げを口にほおばった。
「こ、これは! うまい! うますぎる!」
「な、な、な、なんて美味しさなんでしょう!」
「唐揚げ恐るべし……」
「ほーら、飲み物持ってきたよ! ってもう、食べちまったのかい! ははははは! おかわりはいるかい?」
愚問。愚問なのだ。ゆえに三人は息ぴったりと言い切った。
「おかわり大盛りで頼みます!」
「あいよ!」
「それでは飲み物も来たことですし、僭越ながらわたくし菫が音頭をとらせていただきます。砌さんとの出会いに、火鍼さんの思いやりに、そしてドライアドの涙に、感謝を込めて、乾杯!」
「乾杯!」
その後、砌は年齢を聞かれた。
「確か数えで……22だな」
その年齢に菫も火鍼は度肝を抜かれたように、珍妙な表情で固まった。
「私はてっきり30歳くらいかと思ってました。5歳しか変わらないんですか?」
「本当なんですか? 数え間違いではなくて?」
「ふたりとも存外に失礼なことを言う。さすがの俺も傷つくぞ」
と言って、眉尻を下げて悲しそうな表情を作ってみせると、ちょうど口に含んだところの酒ではない葡萄の飲み物を、二人同時に吹き出して大笑いしだした。
「ぷーーー!げほっ、げほっ、あは、あははは、や、やめて、し、しぬ……はははは……ふー、くふふふふふふっ」
「ぷーーー!あーははははは、もう!吹き出しちゃったじゃないですか!あは、ははは、はぁはぁ、絶対……絶対、その顔は、ふ、ふふふ、傷ついてないですって! その顔は! あは、あははははは……くるしい……」
二人が吹き出した葡萄の液体をすべて顔で受け止めた俺は、怪我もしていないのに大惨事この上ない顔となって、二人をさらなる笑い地獄へといざなってやった。
一夜明けて目を覚ます砌。
「……うぅ……いてて」
「あ!やっと起きた」
「嗜む程度とか言ってどんちゃん騒ぎに混ざるからそうなるんですよ」
火鍼、菫の順に声がする。頭が痛い。のどが渇く。これが二日酔いというやつか……。前いたとこじゃ、あんなに飲んだことなかったのと、強い酒も初めてだった。
「不覚……」
「不覚じゃないですよ。まったく。砌さんを二人で担いでベッドに寝かせるの大変だったんですから」
「ひとつしかないベッドで高いびき……やってくれましたね」
「……二人はどこで寝たんだ?まさか、床に?」
「野外用のテントを貼って寝ましたよ。床の上になんて寝れません。それにいつもの習慣ですから」
「ああ! 菫、ばらしちゃだめって言ったのに! もう!」
「……まだちょっと思考が追いつかなくて整理できないんだが……、あれか? ベッドを独り占めしたこと、気に病まなくてもいいってことだろうか?」
「はい、そうですよ。ふふふ。火鍼さんは何か企んでたようですけど。ねえ?」
菫がいたずらっぽい笑みを浮かべて火鍼を横目で見る。
「ぐぬぬっ。菫がばらすから。良心の呵責に苛まれた挙句、昼食をおごらせる策が叶わなくなりました」
火鍼は残念そうに肩を落とす。
「……その、部屋の中にテント? そのテントとやらはどのようなものなのだ?」
「えっと……見せたほうが早いですね。これです」
昨日と同じように何もないところから取り出したように見えた。そのテントとやらは二人ほどの人が入れる布と竹のように撓る骨組みを組み合わせた小さな家といった具合だ。床面になるところはぎっしりと綿でも詰まっているのだろうか、ほどよい硬さの弾力が押した掌に返ってくる。そこで砌は、昨日から気になっていたことを聞いてみることにした。




