第五話 木漏れ日亭にて
「それならまかせて! 包囲結界状態異常耐性付与! 私の魔力が持つ限り有効だから、魔力が尽きる前に倒してください!」
菫が補助魔法で戦闘不能を避ける。
「まかされよ! その巨体が裏目に出ているぞ赤蟹さんよお!」
とは言え、レッドシザークラブの影は湖面にあった。砌は湖の縁ぎりきをりまで走り跳躍。ちょうど火鍼が残った右の大鋏を斬り落としたところへ、湖畔に揺らめく影の中、核とおぼしき一点へ落ちてゆく。
「砌流剣術見切」
影を踏まずに影を斬る剣技である見切は読切と性質は同じだが、全体の身体向上を図る読切とは逆に、見切は見る力を強化した術である。目で殺すを会得できないか模索していた頃に得た副産物的剣技、そう剣技。
砌は十歩離れた所に立てた針の穴に向かって、糸を通すことが可能なほどの精密動作をやってのけるのだ。揺らめく湖面で核が波打ちぼやける。砌が湖面に着水する寸前、核の形を正確に捉える。
「お主のような巨漢相手だとやりやすいわなあ」
楽勝と言わんばかりにレッドシザークラブの影を斬り払い倒すことに成功した。ドロップ品はレッドシザークラブ本体そのものだった。
「砌さん大丈夫ですかー?」
菫が湖に落ちた俺を心配しているすぐ横で、火鍼の「今夜は鍋にしましょう!」と飛び跳ねて喜んでいるのが見えたところまで見届けて、砌は完全に溺れた。
「気が付きましたか?もう、泳げないなら先に言ってください」
どうやら火鍼に助けてもらったようだ。寝ていた体を起こし二人に詫びと感謝を伝える。
「いやあ、すまんすまん。助かった! この通り恩に着る」
砌は居住まいを正し、手をついて頭をさげる。
あわてた菫が頭を上げてくださいと言って木製の容器に水を入れて渡してくれた。着ていた服は濡れておらず魔法で買わせてくれたのだろう。
「おかげでドライアドの涙と呼ばれる花を3人分いただくことができました。これは砌さんの分です。受け取ってください」
菫から渡されたそれは、白百合のような甘い香りのする大きな花だった。
「ほお、これまたずいぶんと大きな白百合だ。そんでもって香りがいい。ずっと嗅いでいてえくらいだ」
砌がそう言うと、二人は言いにくそうに苦笑いしてくる。
「どうした? 花を愛でるおっさんが珍しかったか?」
「いえ、そうではなくて、その花の匂いには酩酊状態になる作用がありまして、半刻も嗅いでいると泥酔状態になるほどの強い度数だそうですよ」
二人はまだ酒の飲める歳ではなかったから、ドライアドに匂いを嗅ぐのは辞めるようにと言われていたそうだ。そういう砌も酒は強いほうじゃないので嗅ぐのを控えることにした。というのも、これ以上、若いおなごの前で痴態を晒す訳にはいかんからな。
「ところでここはどこだ?」
どう見ても先ほどの場所とは違うところにいる。木材のよい香りがして、手入れの行き届いた温かみのある、休息にもってこいの部屋だと砌は思った。
「ここは私たちが砌さんと出会った町にある宿『木漏れ日亭』の一室です。空き部屋が大部屋しかなくて3人一緒の部屋なんです」
「そうか……、って俺を担いでここまで運んだのか! 大変だったろう?」
「いえいえ、ドライアドさんの配慮で星樹の森のはずれまで転移させてくれたんですよ。そこからは町まで戻りこの宿の荷車を借りて運んだんです。大変だったのは二階に上がる時に身体強化が切れてしまって、砌さん、身軽そうなのにずっしりと重かったです。細身なのに筋肉質なんですね」
菫が詳細を教えてくれた。そう、砌は重い。重いがゆえにどう足掻いても溺れてしまうのだ。
「二人とも世話になった。本当にすまぬ。この通りだ。感謝する」
砌は謝罪と感謝をいっぺんにして頭をさげる。
「……そこで、砌さんも目覚めたことですし、部屋を出て行ってもらってもいいですか……?」
菫が申し訳なさそうに言ってくるので、目的の解呪をするためだと砌は察しをつけた。
「相わかった。薬がその鎧に効くといいのお。では、一旦お暇いたす。報酬の食事は忘れとらんからな。む!下の方から美味そうな匂いがしてくるぞ!」
鼻をひくつかせて匂いの出どころを探る仕草が動物じみていたからか、火鍼に「犬みたいですよ」と笑われてしまった。
「察しの通り、これからビキニアーマーの解呪を行います。砌さんには一階の食堂で待っていてください。なんなら何か注文して食べていてもいいですよ。レッドシザークラブの一部の素材を売ったお金がここにあります。これは砌さんの取り分ですのでどうぞ受け取ってください。それと蟹鍋にも付き合ってもらいますからそのつもりでいてくださいね」
火鍼から鐘を受け取り1階へと続く階段を探して降りてゆく。
(あの二人には言わないでいたが、確かあのビキニアーマーという破廉恥な装備の注釈に、『この娘の裸を人前で晒させる訳にはいかん!決して離れてなるものか!』ってあったが……、今回ばかりは年貢の納め時だよな。薬には勝てまいて。二年近くもよく頑張ったと俺は思う)
つまり、マントで完全に隠してしまえばやすやすと外れたのではないか、と今更ながらに思う砌だった。
「だが、おかげで眼福ではあったな。……うむ。」
興味を示さない態度を装いつつも、目をつむり思い出せるほどには、しっかりと目に焼き付けていた砌であった。




