第四話 森の美女からの依頼
菫はドライアドの涙を得ることと同じくらい、森の美女と称されるほどの美しさをもつという、ドライアドに直接会えることを密かに期待しているようにも見えた。
「このままその目的地に向かうのか? 俺はまだ冒険者登録とやらを済ませてはいないのだが……そなたたちから報酬の食事を馳走になれるのなら、俺の方は一向にかまわんぞ」
「登録はあとからでも十分にできるし、ちゃんと約束通りの美味しい報酬は渡すから。信じてほしい」
「ふむ、時代は違えど祖国を同じくする者同士、ここはひとつ信用してみるか」
「ありがとうございます。では、遅くならないうちに早速向かいましょう」
菫と火鍼は歩く速さを落とさずに、森の中心にある星樹の湖へ向けて急いだ。半刻もたたずに湖畔の気配が漂いはじめる。
時間は体感で大凡分かれば良いと思ってはいる砌だったが、周りからは砌の時間感覚は驚くほど異常に正確だったらしい。しかし本人はそのことを大して気にもとめていない。
「目的の星樹の湖が見えてきます。砌さん、開けたところに出たらトレントたちの集団がドライアドを取り囲んでいるのが視認できると思います。すべて倒してください」
「承知!」
砌は短く力強い返事を返す。
目の前に現れた星樹の湖は、湖面を青白く輝かせて小さなさざ波を立てていた。その穏やかな景色の片隅に、円陣を組んでいる厳めしいトレントの集団を見て取れた。
「ついてるねえ。太陽の光のおかげで、影がこちらへと深く伸びている」
そう呟くやいなや、影の上に素早く立ち、剣技踏切を一閃!二閃!瞬く間に十体いたトレントを瞬時に半数まで減らした。その群れの中心に、美しい輝きを放つ神秘的な女性が佇んでいるのが見えた。
仲間が倒されたことに気づき、残りのトレントたちが砌たちを明確な敵として認識した。その内3体のトレントが太い幹根を地表から引き抜き、うねうねと不気味に動かしこちらへと迫ってくる。動きは人より速く馬よりは遅い程度だ。
「トレントの蔓は捕まると長引いて厄介です!捕まる前に一気に討伐頼みます!」
火鍼が声高に警戒を促してくる。
「あいよ」
これまた短く返事を返し、こちらへ長く伸びた不気味な影を踏みつけて一閃を繰り出す。核を正確に壊されたトレントたちは、その場にドロップ品をぽつんと落として消えてゆく。
砌たちはドライアドを守ろうとして最後に行手を阻むトレントたちと対峙した。
「残すはあと2体」
2体のトレントは互いに無数の枝をしならせ地面を力任せに叩き出し、たちまち辺り一面を砂埃で覆い尽くす煙幕を張り巡らせた。その煙幕の奥から幾重もの蔓がしなり、鋭い攻撃が繰り出される。
「なんてこと!視界が遮られたら、砌さんの影を斬る剣術が通らないんじゃ!?」
菫は砂埃の向こうに立つ砌の背中に向けて心配の声をあげる。
「なぁに、それしき問題ないさ。砌流剣術読切」
これは一度視認した相手に限り有効となる先読みの接近術。要は集中力を何十倍にも引き上げ、視力、聴力、嗅覚、触覚を極限まで鋭敏にさせて、相手の間合いと攻撃の軌道をすべて避けることを可能にする奥義である。
「懐にさえ飛び込んでしまえば、煙の中でも影は必ず足元にある。それを刺すだけで終い!二段踏切!」
ここで言う二段とは、影を逃さぬ連続刺しを意味する。
最後の二体も見事に撃破し、やがて砂埃が落ち着いて視界が開けてきた先に、ドライアドは逃げ出しもせずその場に静かに佇んでいた。
「砌さんお疲れさまです。私一人では到底無理な相手でした。お見事です」
火鍼にここまで素直に言ってもらえるのは純粋に嬉しい。先ほどまでの厳しい警戒態度が態度だけに、手のひら返しと揶揄する気にもなれず、砌は素直に称賛を受け取ることにした。
「なぁに、火鍼、お前さんだって半分はいけたんだろう? 厄介なのは気づかれてからで、だからこそもう一人前衛、もしくは引きつけ役が欲しかったってのが本音だったんじゃねぇかなって、俺は思ってるぜ」
「……お見逸れしました。そこまで見抜かれていましたか」
火鍼はこれまでの警戒心丸出しの表情が嘘のように、年相応の穏やかで可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「それで、菫!このあとの交渉内容はわかってるわね?」
「ええ。少し緊張しているけれど、まずは落ち着いて話しかけてみる」
菫は決意を固め、ドライアドに声が届く距離までそっと近づき話しかけてみた。
「ドライアドさん、あなたにお願いがあってトレントの守りは崩させてもらいました。どうか私にドライアドの涙、あなたの花を一輪頂戴できないでしょうか?」
「……強力なトレントたちを打ち破るほどの力ある者よ。ならばこの湖に棲まう我の天敵を排除しなさい。さすれば褒美として花の一輪や二輪、喜んで差し上げてもよいでしょう」
ドライアドは澄んだ風が囁くような美しい声音で、菫に試練の条件を提示した。
「湖に棲むモンスターで、ドライアドさんの天敵とはいったい……?」
「ほら、おしゃべりをしている間にも来ますよ」
ドライアドの指摘通り、今まで静かだった穏やかな湖面が激しく波打ち、とてつもなく大きな影が水底から浮かび上がった。
「地割れに気をつけてください!」
「え?うそ!こんなにも大きくなるものなの?」
「あの足は焼き茹でにして食うと美味いのよなぁ。おぬしら、気を引き締めて奴をかたづけるぞ」
水しぶきを上げて姿を表したのは、巨大な赤い甲殻を持った大蟹。固有名レッドシザークラブ。
「この圧倒的な大きさなら、キング級個体であることは間違いないかと……! 砌さん、先鋒は私が出ます! 刃に纏え焔の息吹よ、火遁業火一閃!」
火鍼は忍刀に激しい焰を纏わせてからの一撃を繰り出し、電光石火の速さでレッドシザークラブの左の大鋏を削ぎ落とした。
『キシャアアアアア!!』
けたたましい怒りの叫び声を上げたあと、レッドシザークラブは口元から不気味な黄色い泡を大量に放出してきた。
「気をつけて、痺れ毒よ!その泡や泡から生じる気体は強い痺毒となっているので安易に近づかないで!」
ドライアドが眉間に皺を寄せ、緊迫した声高な助言を投げてかけてくれた。




