第二十一話 迫る影と次なる手
「さっきの男は、子どもたちが採取してきた虹色きのこが目的だったんですか……。採取じゃなくてもらったんでしたね」
「沼池の妖精さん……大丈夫でしょうか……」
「見に行くっす!」
「行ったところでだ……もう遅いだろう。あいつは瞬間的に標的を氷漬けにするのを得意とする野郎だったからな」
「そうっすか……一目会ってみたかったっす……」
「……」
重苦しい沈黙が部屋を包み込み、全員の気持ちが沈んでいく。
「あの傷じゃあすぐには戻って来ねえとは思うが、嫌がらせに何かしてくるかもしれねえ。菫、この村全体に魔物や魔人避けの結界って張れたりするかい?」
「えっと、魔物避けは魔法を使わなくても結界石を配置して幾重にも張り巡らせば、術者の魔力量によって強度も上げられます。ただ、魔人や魔王クラスには通用しません……」
菫は己の無力さを痛感するように、悔しそうに俯いた。
「……あの男、氷鬼と言いましたか……砌さんとはどんな関係なんですか? 教えてください」
一番聞きづらいであろう問いを、火鍼は意を決して直球で聞いた。
「……氷鬼とは同族で間違いない。だが、知り合いでも仲間でもない」
砌は眼光を鋭くしながらも、包み隠さず正直に答えた。
「嘘はついてないですよ。私、嘘ついてたら判っちゃうんです」
菫が自信ありと言わんばかりに胸を張る。その隣でさゆみは、菫の自信が詰まっているであろう豊かな胸元にまじまじと目を奪われていた。
「菫さんが言うなら間違いないっすね」
(さゆみよ、菫のどこを見て納得しているんだ……)
砌と火鍼は顔を見合わせ、内心で呆れながら呟いていた。
「同じ鬼の二つ名持ちがこの世界にいるとは思わなかったが、俺がいるんだからあり得る話ではあったな」
「氷鬼の男に仲間がいると仮定して、この村でじっくり対策を練るのはどうでしょうか?」
「露天風呂が満喫できるしな」
砌が場を和ませるようにからかうと、三人からくすりと笑いが漏れた。
「俺は今から遅めの朝飯にするから、女将さんに事情を説明しといてくれねえか」
「はい。女将さんはもちろんのこと、あとは村長さんにも伝えときますね」
菫たち三人は砌の部屋を出て、各々で行動を開始した。菫は旅籠秋水の女将さんのところへ、火鍼は村長宅へ、さゆみはクルトとサニーのそばへと向かった。
一方、砌は朝飯を手早く済ませると、さゆみも気にしていた妖精がいるという沼池へと単身足を運んだ。
「……氷の残滓か。氷漬けにされたのは間違いねえようだが、砕かれたわけじゃなさそうだな……連れ去られた? 何のために……」
砌は沼地最奥にある沼池の真ん中、小高い土の上に立ち、鋭い眼光でぬかるみを観察する。得られたのはわずかな氷の残滓と、妖精の存在が皆無であること。そして……。
「チッ……囲まれちまったか」
砌があたりを見回すと、水面からいっせいに沼河童が飛び出し、怒号を上げて襲いかかってきた。
「ぎぎゃがあああ!」
「こりゃあかなりお怒りのようだ。妖精を奪われて気が立ってやがるな」
砌は迫り来る沼河童の鋭い鉤爪攻撃を紙一重で次々と躱し、最奥の位置から沼地の入口まで風のように全速力で駆け抜ける。
「なんとなく理由は分かるだけに、お前らを討伐はしないでやるよ」
沼河童たちは砌を取り逃がしたことに憤慨し、天を仰いで雄叫びのような声をあげた。その響きは遠くハニーコットン村まで届いていることだろう。彼らは沼地自体に固執しているのか、森を抜けてまで砌を追っては来なかった。
砌は村に帰り着くと、そのまま村の中心にある村長宅へと向かった。
村長宅に入ると、火鍼と菫、村長の三人で真剣な表情で話し合っていた。
「砌ってもんだ、邪魔するよ」
砌は村長に名を名乗り、向かいに座る菫の右隣に腰を下ろす。
「ちょいと報告なんだが、沼池の妖精が消えていたぜ。ありゃあ連れ去られたとみていい痕跡だった」
「なんと! 沼地の守り神のような存在が……! 沼河童たちはどうしてますか?」
「沼地から出る心配はなさそうだが、近づかないほうがいい。かなり殺気立ってたからよ。間違いなく見境なく襲われるぜ」
「わ、わかった。村人たちには沼地への立入禁止令を出すとしよう」
そう言うと村長は控えていた使用人の一人に声をかけ、今言った指示を急ぎ村中に伝え回るよう命じた。
「ということは、滞在中に楽しみにしていた川魚料理は食べられないってことですかあ……」
火鍼と菫はほぼ同時にガックリと肩を落とした。意気消沈とはまさにこのことだろう。
「まあまあ、この村は鶏料理も美味いですから元気を出してください」
あまりの落ち込みぶりに、村長は苦笑しながら代替案を出して慰めた。
「鶏! 新鮮なものは刺し身にして食べられると聞きましたが、こちらでもできますか!?」
さっそく火鍼が目を輝かせて食いついた。切り替えの早さと食い意地だけは彼女の大きな取り柄だった。
「ええ、できますとも。秋水の女将さんに頼んでみるといい」
「ったく、食欲の権化様だな火鍼は。くくっ」
砌が楽しそうにくぐもった笑いをこぼす。
「いいじゃないですか! 川魚料理なんて一度しか食べてないんですよ! もうあと三回は食べてみたかったです!」
「ふふ、鶏料理に期待ですね、火鍼さん」
菫が興奮しきった火鍼を優しくなだめにかかる。
「ところで結界の話なんだがよ。俺のは敵の侵入を察知するだけだが、その分広範囲に張り巡らせることができる。菫が張る結界の外側に俺の影結界を重ねさせてもらうぜ」
「わかりました。頼もしいです。この後すぐ村の境界に魔防結界を張りに行きますね」
今後の警戒対策について話がまとまったところで、一行は旅籠秋水へと戻ることにした。今夜の新鮮な鶏料理に期待を大きく膨らませて、にっこにこの笑顔を浮かべた火鍼を先頭にして。




