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影鬼砌ーKAGEONIMIKIRIー  作者: 弌黑流人


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第二十話 同族の気配

沼地の妖精は、虹色きのこを育てるのが何よりの趣味だった。村人たちに一番美味しい初物の味を知ってほしくて、今回子供たちを介して渡すことにしたのだ。村人たちはきのこが群生する時期にしか採取しないため、最高の一品を逃しているのがずっともったいないと思っていたからである。


よく熟し、まさに食べ頃だと思えたその日、あの男が現れた。


「虹色きのこの輝きは私にこそふさわしい。ああ……、なんて美しい虹色」


男は恍惚とした表情を浮かべ、初物を無理やり摘み取ろうとする。


「やめなさい!これはあと一晩置けば最高に良い状態になるの!摘み取れるのはその時なんだから……」


沼地の妖精は、初物を奪われまいと必死に嘘をついた。


(これは村人たちに味わってほしい大切な初物。こんな得体の知れない奴に渡してたまるもんですか)

男は妖精の言葉を受け入れ、手を引いた。


「では、明日の朝摘みに参りましょう。それまで誰にも渡さずにいてくださいね……約束ですよ」


そう言い残すと、男は霧が引き消えるように姿を消した。


「一日の猶予ができたわ。雨の降っていない今日なら、子供たちが仕掛けた魚の罠を見に来るはず。その時に必ず知らせないと……来た!」


沼地の妖精は、怪しい男の気気配が完全に消えたのを確認してから、やってきた子供たちに声をかけたのだった。


そして翌朝、男は約束通り現れた。


「ごめんなさい。あなたが帰ったあとに摘まれてしまったわ」


妖精の言葉を聞いた男は、彼女が佇む小高い土の上に降り立つと、静かに手をかざした。


「凍れ」

「……!」


沼地の妖精は悲鳴をあげる暇もなく、一瞬で凍りついてしまった。


「妖精の氷像のできあがり……これで許してやるとして……、虹色きのこを探すとしますか。たしか、近くに集落があったはず……」


怪しい男は、子供たちが去っていった旅籠秋水のある村へと狙いを定めた。


同じ頃、菫たちは朝から露天風呂につかり、清々しい時間を過ごしていた。


「朝風呂ってこんなに気持ちがいいんですね!癖になりそうです!」


火鍼は風呂上がりに冷やしておいた牛乳を手に取り、腰に手を当てて一気に飲み干す。


「最高っす! 菫さん、火鍼さん、クエストを達成したら、帰りにまた温泉に入りましょうね!」

「ええ、帰りは少し長めに滞在したいですね!」

さゆみと菫も上機嫌で火鍼の隣に横一列で並び、同じように腰に手を当てて牛乳を一気に飲み干した。

「ぷは~! うまいっす!」


三人は楽しそうに鼻歌を口ずさみながら部屋へと戻り、朝食を食べ始めた。


三人娘が朝を満喫している頃、砌も同じように過ごすつもりでいたが、村へと忍び寄る異様な存在に気づいていた。この村に入った直後、入口から村全体を囲むように己の影を楔のように打ち込み、結界を張り巡らせていたからだ。


そして今しがた、その結界を村人ではない異質で不穏な者が通過したのを察知したのである。


「誰かねえ。俺も朝風呂を楽しみたかったのによ。無粋だとは思わねえかい……?」

「はて? かまわず気にせず、知らぬ存ぜずでおればよいものを……凍れ」


旅籠秋水の前に立つ怪しい男は地面に手を当て、沼地の妖精を凍らせたのと同じ術で砌をも凍りつかせた。


「雰囲気からして同族な気もしましたが、この程度であれば気のせいでしょう。さて、虹色きのこが放つ甘い香りはこの旅籠で間違いないようです。楽しみですねえ」


怪しい男は口元からこぼれたよだれを服の裾でぐっと拭い、旅籠秋水の敷居をまたごうとした。

しかし一歩踏み出した瞬間、気配も音もない鋭い一撃が男の背中を襲った。


「なっ! ぐっ……」


怪しい男は激痛に顔を歪めて振り返り、氷漬けにしたはずの着流しの男を睨みつける。


「あんた、同族だよな? 昇天札を割った口かい? 転生なんて嘘っぱちで驚いたろ?」


砌には凍らされた痕跡すらなく、愛刀『木枯らし』の切っ先を突きつけていた。


「われは、氷鬼……おまえは?」

「俺は影鬼だ」

「影を凍らせることはできない……それゆえか……」

「まあ、そういうことだ。で、氷鬼のお前さんが旅籠秋水になんの用だ? そんな物騒な殺気を撒き散らして……人を殺す気かい?」

「われがもらうはずだった虹色きのこをもらい受けにきただけぞ……ぐふっ……凍れ」


氷鬼は斬られた背中に氷を走らせて血を止めたが、立っているのも限界のようだった。


「虹色きのこ……あれは沼地を管理しているこの村のものだって話だぜ。欲しけりゃ殺気を振りまかずに、ちゃんと商談するのが筋ってもんじゃねえのかい?」


砌が氷鬼と睨み合っていると、秋水の建物内から火鍼の声が響いた。


「砌さん、こちらには指一本入れさせませんので、存分にやっちゃってください」


頼もしい援護の言葉に、砌は口元を緩ませる。


「それで? 氷鬼のお前さんは、まだやる気かい?」

「……薄氷霧散」


砌の問いに答える代わりに、氷鬼は自らの体を一瞬で凍らせ、一丸の氷粒となって弾け飛んだ。風に舞う氷の粒とともに、その姿は綺麗に消え去る。どうやら撤退を選んだようだ。


「ふう、一難去ったか」

「砌さん、大丈夫ですか!?」

「今のヤツは何者だったんすか!?」

「お怪我はありませんか? 無事でよかったです」


建物から飛び出してきた菫、さゆみ、火鍼が矢継ぎ早に心配の声をかける。


「お前ら……心配してくれるのは有り難いんだがよ……」


砌は三人の顔を見て、力なく息を吐いた。


「口の周りにご飯粒をいっぱいつけたまま言われても、どうにも締まらねえなあ。ぷっ……ははははは!」


耐えきれなくなった砌が盛大に笑い出すと、三人はお互いの顔を見合わせた。


「本当っす! 菫さんも火鍼さんもご飯粒がついてるっすよ! ははははは!」


指をさして笑うさゆみに、菫がいたずらっぽく微笑む。


「さゆみちゃんだって口の周りについてるよ。火鍼さん、お願い」

「お任せください」


火鍼はさゆみの背後に回り込むと、両腕を脇の下に通して身動きを封じた。


「くらいなさい!」


菫は両手の指をわしゃわしゃと動かしながら、さゆみのお腹へ迫る。


「や、やめるっす! 笑ったのは悪かったっす! それだけは……きゃはははは! やめっ……ひはははは! ごめ……ふふふ、悪かったっすきゃははは!」


お姉さん二人を怒らせてはいけないと、さゆみは身をもって学んだのだった。


「ったく、宿の入口ではしゃぐんじゃないよ。店の人にも他の客にも迷惑だろうが」


砌に窘められ、口の周りにご飯粒をつけた三人娘は決まり悪そうに顔を見合わせると、慌ただしく自分たちの部屋へと戻っていった。


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