第十九話 沼池の出来事
ぬかるみに潜んでいた影が一斉に大人たちへと向かって襲いかかる。
「沼河童の群れだ!」
「瓜花を手にしていないのにどうして!?」
「虹色きのこに反応しているんじゃないか!?」
「くそ!いいから走れ!」
大人たちは沼池の入口、見切りたちの方へと全力で走って沼河童から逃げる。
沼河童が子供を背負った二人に手を伸ばす。捕まる瞬間、鉄製の大槌が沼河童たちの顔面をとらえ、はじき飛ばす。
「ばぎゃっ!」
一番奥の沼池のところまでふっとばされた沼河童たちは大の字になって気絶したようだ。
「急げ!今のうちだ!」
砌の掛け声が、後ろの状況を確認しようと立ち止まった大人たちの背中を押す。
「そうだ!行くぞ!」
砌たちは殿を務めながら沼地を抜けて、沼河童が追ってこない森林地帯まで来てようやく走るのをやめて、大人たちの息を整えさせた。
「た、助かった……はあ、はあ」
「ふう……かん、げほっげほっ……しゃする……」
四人の大人たちは息を切らせながら感謝の言葉を口にした。
「あんたらが村から飛び出していくのを見てただ事じゃないと思ってな。事情を聞いて後を追ってきたんだ」
砌がかいつまんで説明する。
村につくと村の住民たちがこちらに気づき、心配そうに駆け寄ってくる。
「クルト!サニー!大丈夫なの!?」
「ノノンさん大丈夫だ。眠り粉を吸ってしまったみたいで、解毒薬を飲ませてあるから直に起きるだろう。家まで連れて行くよ」
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか」
「礼ならこの人たちにも言ってくれ。この人たちの探知魔法がなきゃ気づけなかった」
「あ、あなたは先ほどの。一緒に探してくださったんですね。ありがとうございます。皆さんもうちに来てください。旅籠にはまだ空きはありますので泊まれますよ」
どうやらノノンは旅籠の女主人で、子どもたちの母親だった。
子供たちを捜索に来た男たちは、村の奥にある広い畑で綿花を育てている農夫と養蜂家だった。
そして、この村の名前は 『ハニーコットン』といい、二つの特産品をそのまま名前にしていた。のどかな風が吹き抜ける、どこか温かみのある村だ。
砌たち四人はノノンの家兼宿の『旅籠秋水』で部屋を借りてくつろいでいた。
砌が二階の一人部屋で寝転んで畳の感触と懐かしい匂いを堪能していると、三階の四人部屋から菫、火鍼、さゆみが砌のいる部屋へ押しかけてきた。
「砌さんも私たちと同じ部屋でよかったのに、一人だと寂しくないっすか? 私がこっちに来ましょうか?」
「何言ってんだ! ばれたらロザーナに締め上げられちまうよ! 菫、火鍼、さゆみから目を離すんじゃないぞ! いいな!」
砌はさゆみの言葉に青ざめながら、菫と火鍼に厳重注意を約束させる。
「ふふふ。そんなことさせませんよ。菫も抜け駆けはなしですからね」
火鍼が菫を牽制する。
「何を言ってるんですか? 抜け駆けをするのは火鍼さんでしょ?」
なにやら二人の笑顔が不思議な圧力を帯びていたので、深く踏み込まないように話題を変えることにした。
「それにしても三人はお手柄だったな。おかげで宿代を割安にしてもらえたのはよかった。それに期待してほしいと言われた夕飯の川魚料理も楽しみだな」
「はいっす!少し小腹が空いてますけど、夕飯まで我慢するっす!」
「それならまだ時間もありますし、携帯食を食べませんか。ほらこれ、羊羹なんですけど」
「うわぁ、羊羹食べるっす!」
菫が人数分の羊羹を取り出して三人に手渡す。二口で食べ切れるほどの大きさに整えられた和菓子を、備え付けのお茶を淹れて味わい、ゆったりとした時間を楽しんだ。
「そういやあ、なんで沼河童たちは瓜花を採取していないのに襲ってきたんだろうな?あの虹色きのこのせいとは思えんのだが……」
「どうなんでしょう?沼河童が虹色きのこを好むということを皆が知らなかっただけかもしれませんし、クエストが出てたら調査してみます?」
「なるほど、それもいいな。何か裏がありそうな気もするし」
「こんにちは。クルトとサニーです」
くつろいでいると部屋の入口からかわいらしい子どもの声が聞こえた。
さゆみが和室から出て入口のキーロックを外しドアを開ける。
そこには、沼地の奥で気を失っていたノノンの子どもたち、クルトとサニーの姿があった。すっかり顔色も良くなっている。
「あの、助けてくださり、ありがとうございます」
和室に通すと、二人は姿勢を正して丁寧にお礼の言葉を述べた。
「大事に至らなくてよかったっす」
「ノノンさんも安心したでしょう?」
さゆみと菫が二人の緊張をほぐそうとやさしく微笑みかける。
「お母さんにはこっぴどく叱られました……」
「……でも、虹色きのこを採取できたことは、とーっても喜んでくれたよ」
クルトとサニーはこの時期にはめずらしい虹色きのこを見つけて採取した経緯を詳しく説明してくれた。
「最初は入り口付近の沼池で設置していた罠籠を回収して回ってたんです」
「それでね沢山採れたから帰ろうとしてたの。そしたらね、奥から不思議な声が聞こえてきたんだよ」
サニーがその時の状況を思い出すように視線を中空へと向ける。
「声? それは誰の声でしたか?」
火鍼が耳を傾け、静かに問う。
「うんと……声のする方にお兄ちゃんと向かってみたらね、真ん中の盛り上がった土の上に虹色きのこを抱えた妖精さんがいたの」
「妖精さんは僕たちを見てにっこり笑うと、その場所にきのこを置いてどこかへ消えちゃったんだ。まるで僕たちに拾ってほしそうに……」
兄のクルトが思い出すように言葉を継ぎ足す。
子供たちの幻想的な話に、砌たちは顔を見合わせ、沼池で起きた奇妙な出来事の裏に隠された何かを感じ取っていた。




