03 三人の舞姫
中央に三人が横に並ぶ。
金糸で彩られた色鮮やかな布を待とう舞姫達は、同じような金と銀の装飾品と、薄絹のショールを羽織っていた。
真ん中にいるのは昼間に出会ったナターシャ。青い衣を身にまとい、上半身は膨らみのある胸を隠しているだけで、後は素肌を晒している。腰から下は床につくほどのスカートかと思えば、大きくスリットがあり、布を巻いているだけなのだと理解した。
ナターシャの右。こちらは緑の衣をまとっていた。背中ほどの艷やかな金の髪がよく映えている。深い藍がちらり、と静達がいる方へと向けられた。
そして左側。こちらは赤。背中の真ん中ほどの太い三つ編みが尾のように小さく揺れていた。橙の瞳は僅かに落とされ、どうしては二人に比べて小さく見えた。
いつの間にか、用意されていた楽器が一つ、音を鳴らし、空気を揺らした。
瓢箪、もしくは雫の形を半分に割った形をしている楽器は、ギターの首のようなものがついている。大きさもギターに近い形のそれは、指で弦を弾いて奏でていた。
他にも、形は似ているが首が長く、胴がより小さい楽器は立てておかれ、弓で奏でられている。その横には木管の縦笛に、半円に置かれた大きさが異なる丸い金属の板を叩く打楽器。
まさに異国の音楽が厳かに始まり、舞姫達が揃って動き始める。
そしてすぐ、伊織が袖を引き、静に耳打ちをした。
あの中に、祭事の舞手がいる。
三人とも乱れぬ舞ではあった。
大きく広がる腕。その指先はしかし繊細に最後までゆったりと弧を描く。音楽に合わせてくるりと回れば、薄絹のショールが遅れて広がり、装飾品がしゃらり、と瞬く。床を叩く素足の先さえも、ぴんと伸び、そしてまた床を蹴る。
大きく、繊細で、華やかな美しい舞だ。素人目からしても、ただただ美しさで目が奪われるほどだった。
静は小さく頷き、じっくりと三人の舞を見つめる。その目は楽しむためのものではなく、見定めるものであった。
最後の一音が消える瞬間まで、三人の舞姫は一切気を緩めることなくに美しく舞う。そして音が消え、一拍を置いてすぐに真ん中にいたナターシャが初めて出会った時のように満面の笑顔を静達へと向けた。
「どうでした? 私の舞は」
「とても美しくて見惚れてしまいましたわ」
即座にアンジェリカは感想を伝えると、ナターシャはさらに頬を紅潮させた。そしてアンジェリカが静へと頭を寄せる。わざとらしく翻訳するアンジェリカに、静と伊織はすぐに伝えた。
「お二人も、美しかったと仰っていますよ」
「うふふっ……! じゃあ、私が一番ってことです?」
「あら」
アンジェリカは口元を指先で軽く押さえ、横目でランスロットの動きを伺う。微笑むランスロットの意を正しくくみ取ったアンジェリカは、また静と伊織に問いかけた。
そして同じく、正しくくみ取った静と伊織もまた答えればアンジェリカは少しだけ紫の瞳を丸くした。さらに深く問われた為にそろって答えれば、アンジェリカは満足げに頷いた。
「一番は存じ上げませんが、お二人共に赤い衣をまとわれた舞手を気に入ったようですわ」
「どうしてです?」
「静様は好みだったそうです。それと伊織様が言うには、後もう少しで咲きそう、だそうですわ」
「咲きそう?」
伊織の、見たままの言葉だ。当然ながら言葉の真意が分からないナターシャが首を傾げていると、緑の衣をまとう舞姫が静達へ鋭い視線を向けた。
「こちらに資格がない、と言わんばかりのお言葉ですわね」
丁寧な物言いではあるが、どこか棘があった。
すぐにナターシャが大きく衣を揺らし、詰め寄った。
「イルジナ、言葉を控えなさいよ」
「あら、どうしてですの? ナターシャ姫こそ、選ばれる為に努力をなさっていたというのに、資格が元よりなかったように言われたのですよ?」
「ちょっと!」
確かに、祭事の舞手として努力してきた側からしてみれば不愉快な話ではある。しかしそのように伊織には見えてしまったし、静にしてみればそれ以外選びようがなかったとしか言えなかった。
舞は同じだった。しかし、何かが違っていた。ただ、それが静の好むものだった。ただ、それだけだったという話だった。
「大丈夫。お二人とも、分かっていて答えてくださったから」
焦りを見せるナターシャに、アンジェリカはにこやかに言葉を挟める。次いで、ランスロットがずいぶんと素直に気まずそうに顔をそむけるフェルドへと微笑んだ。
「しかし、このようなことになるとは予想はしていなかったのかな。フェルド陛下」
「……それは」
絞り出すフェルドの声は、どこか幼い。最初の若いながらも威厳なんて、そこには欠片がなかった。
すると、まるで周囲はそんなフェルドをかばうように口々に言いだしたのだ。
「責めないでくださいな。提案したのは、わたくしですの」
「それで僕が言いくるめたんだ」
「面白そうだからってどうにか頷かせたんだよ」
「だから止めたというのに……」
翠蕾がすぐ様に己の非を認めたかと思えば、さらにギークが続く。黄金のカップを置いた煌河が申し訳なさそうに頭をかき、そうしてエリアスが額を抑えた。
つまりは、これはフェルド本人が画策したものではなく、周囲が唆したものだという事に他ならなかった。
さすがの予想外の事態にランスロットは一度天井を仰ぎ見て、大きく息をつく。そうして改めてフェルドへと顔を向けた。
「詳しく話を聞かせてもらいたいな。けどその前に……、申し訳ないけれども、彼女達の衣服を……」
「衣服?」
彼女達、というのは未だに中央にいる三人の舞姫達だ。フェルドはよく分からないと言わんばかりに眉を顰める。が、すぐにエリアスが助け舟を出してくれた。
「フェルド陛下、ロトアロフはとくに凍土の地。文化的にも肌を露出させるようなものはあまり好まれていないのです。ラグニフォルスも同様ですがね」
「ああ、そういうことか! それはすまない!」
ようやくランスロットが言っていた意味を理解したフェルドはすぐさまに三人を下がらせるように手をあげた。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
静は目の前の肉に続き、みずみずしい野菜を咀嚼する。伊織はロトアロフでは食べられない果物に舌鼓を打つ。その間にアラレやヨカゼ達は、それぞれ用意された食事をあっという間に耐えらげて今、それぞれ満足げに伏せていたり、丸くなっていたりと思い思いに過ごしていた。
「彼女はナユカ。僕の婚約者なんだ」
あれからすぐ、着替えを済ました赤い衣を身にまとった舞姫、ナユカを隣に座らせてフェルドが紹介する。どこか俯きがちで、全く視線は合わなかった。
そんなナユカに、フェルドを挟んで反対側に座っているナユカが身を乗り出した。
「もう義姉様! せっかく選んでいただいたっていうのに、そんな顔しちゃ駄目よ!」
「ナターシャ。まだわたしは結婚をしていない。それにこんな騙し討のような……」
「けど、お二人は分かっていたのだから良いじゃない!」
どちらの意見も分かる。静は内心頷きつつ、さっぱりとした果実の香がついた水をごくりと飲み込んだ。
「えっと、先程のもう一人の女性は」
「あの子はイルジナ。高位神官の一人で、義姉様にいっつもいじわるする子です」
結局戻っては来ていない緑の衣をまとっていたイルジナについてランスロットが尋ねれば、ナターシャは分かりやすく頬を膨らませた。そしてすぐ、ナユカは顔を上げてゆるく首を横に振った。
「ナターシャ。そんなことを言っては駄目だ。イルジナはわたしに礼儀作法を教えてくれているんだぞ」
「それでも細かすぎるし、いっつも偉そう」
「それは……なんとも言えないが。けど、舞に関しては同じく真摯だっただろう?」
「……そうだけどぉ」
どうやらいろいろと厳しく、真面目な人らしい。そして舞に関しては、ナターシャが言い淀むほどに本気で向き合っている人だとも。
それは悪いことをしたなと静は思いながら、今度は異なるスパイスで煮込まれたスープを飲む。こちらも肉が入っているが、ずいぶんとさっぱりとしている。
「そう。それで、どうしてこんなことをしたかっていうとなんですけど。立場とか、そういう面倒な派閥のせいで、今回の祭事の舞手を選ぶのがすっごく大変になっちゃって。フェルド兄様が皆様に相談したら、それなら初めていらっしゃるロトアロフの人達に選んでもらおうってことになったんです」
「なるほど。確かに名案ではあるけども、相手によっては少しばかり亀裂が入りかねない方法ではあるね」
「けどもフェルド兄様なんですもの。そんなことは起きなかったでしょう?」
なるほど。それならば周囲から文句は言われない。何せ、相手は何一つだって分からないのだから。
ナターシャとランスロットの会話を聞きつつ、静は横目で中央にいるフェルドを見やる。
「……その、本当に申し訳がなく……」
そこに座っているフェルドは威厳なんてものは欠片も消え、どこかそのあたりにでもいそうな、よくいる青年の雰囲気を漂わせていた。おそらく、この姿が素なのだろう。
しかしフェルドは若くして王になった。そして結果を出している。でなければ周辺国がこうして一同を会するはずがなく、さらに言えば誰もがフェルドに協力的な行動を取るはずがなかった。
王としての器が備わっている。まさにカリスマと言うべきものだった。
「けど、お答えくださったのは結局お二人だけ。他の皆様はどなたが良かったと思いましたの?」
ナターシャの問いに、ランスロットが小さく唸った。
「そうだな。僕としてはナターシャ姫だったかな。アンジェはどうだった?」
「そうですわね……。イルジナ様でしょうか」
「まぁ!」
嬉しそうに声をあげるナターシャにつられ、アンジェリカが微笑む。そしてランスロットはヴィンセントへと顔を向けた。
「ヴィンセントは誰が良かった?」
「答えるのは控えておこう」
「それは残念」
ヴィンセントは物静かに黄金のカップを傾け、ゆったりと酒を飲んでいる。どうやら出されている酒は葡萄酒らしい。奈緒の土産に丁度よいかも知れないが、買っても良いものかと静は小さく首をひねった。
「どうかしたのかい?」
「えっと……。お二人、とても似ているなぁって」
「ヴィンセントは僕の実弟でね。とは言え、我らが神に仕えていることもあって王族からは籍を抜いているんだけども」
王族の血筋を持ちながら、籍を抜いている。つまりは王位継承権がないということだ。
さすがにこの事実は周辺国も知らなかったらしく、ランスロットとナターシャの会話に耳を傾けていた全員が一斉に顔を上げた。
「うん? そちらは神に仕える為に籍を抜かねばならんのかい?」
何本もの葡萄酒の空瓶を脇に転がしているヘルガは灰の瞳を細め、緩慢に首を傾けた。
神官というのだから、もう少しばかり清楚だと思えばタリマ・ジャビの方はそのあたりは緩いのかもしれないと静は想像した。
ヴィンセントもまた、琥珀の瞳を細めて小さく、喉の奥を鳴らすように笑った。
「決まりはない。事実、今回は国に置いてきたが俺の護衛騎士は貴族の籍を抜かぬ者もいる。ただより強い信仰心を持つ者は、貴族であろうと平民であろうと籍を抜き、我らが神に仕えている」
「ってことは、えぇっと大神官殿? も同じように?」
「似たようなものだな。まぁ、神殿に身を置いている時点で家名は名乗れんから籍を抜かずとも対して変わらんが」
「そうなのかい? 何でまた」
「我らが神を前に、たかが人間の身分なんてものは無意味であり無価値である。故に我らはただの人間として御前に祈りと願いを捧ぐのみだ」
「なるほどねぇ……。確かに、ああ分かるとも」
ヘルガは黄金のカップを床に置き、大袈裟に両手を広げる。鮮やかな刺繍が施された白い衣服が翼のように広がった。
「我らが神は海なんだ。あの海を前にすれば、人間なんていうのはずいぶんとちっぽけなものさ」
「ほぉ、海か。生まれてこの方、海は見たことがないんだが、それほどのものなのか」
「なんだって? 海を見たことがないなんて冗談だろう? そちらの国だって海に面しているはずだろうに」
「残念ながらな。なぁ、兄上」
大きく驚きを見せるヘルガに、ヴィンセントは肩を揺らして笑いつつ、話をランスロットへと投げかけた。
ランスロットは仕方がないと言わんばかりに肩をすくませて見せた。
「確かに海には面しているんだけども、どこも崖が切り立っている上に狂暴な魔物が多く住み着いていてね。よっぽどの冒険者ではない限り近づく場所ではないんだよ。だから国民のほとんどは見たことがないんじゃないかな」
「そんなに強いのかい? ということは狂暴なドラゴンが?」
「いや、僕達のところにドラゴンはいないんだよ。ワイバーンは大量にいるんだけど。それより恐ろしいのはスライムでね」
「……スライムがどうして?」
ヒルダは興味深げにさらに問う。他にもようやく顔を上げたフェルドや、他の国々の者達もしっかりと耳を傾けていた。
どうやらロトアロフという国の内情についてはあまり知られていないらしい。
確かについ最近になって、通信機なんていう便利なものが使われるようになったくらいだ。情報伝達にもまだ限りがある世界であり、ロトアロフはほぼ鎖国していたような国だ。それならば知られていないのも仕方がないことだと静は納得した。
「こちらのスライムは冬に活発に動くんだけど、それ以外は基本地面の中にいるんだ。雪が積もれば、スライムの巣穴も分からなくなるから、うっかり落ちてしまって捕食、なんてことは多々あるし、下ばかりに気を取られていると木の上にいるスライムが落ちてくるしで大変で」
「……確かに。あれらはそうした狩はするが」
「そして何より、数と冷気。あの繁殖力に、常に冷気をまとっているから本当に厄介すぎるんだ。ワイバーンもスライムの捕食対象になっているくらいだ。そして冬に活発になるということは、雪でこちらの動きも制限される。その中で襲われたら死を覚悟しなければいけない」
ヒルダは口元を引きつらせる。それはヒルダだけではなく、他の者達も同じ様子だった。
だからランスロットは安心させるように微笑み、さらに説明を付け加えた。
「ああ、でも安心はしてほしい。スライムが動きだすのは冬になってからで、且つ王都よりも北の地が生息地だから。たまに南にもいるけど、それほど脅威にはならないよ」
「いや、十分に脅威だが?」
「待て。つまり、お前達がいる場所はなかなかにやばいってことだろ?」
ヒルダと煌河が全うな事を言い返すが、ランスロットはそれが分からないというように僅かに首を傾げた。
「別に定期的にスライムは討伐しているから問題ないよ。それに冬の騎士達の良い訓練になるんだ。僕も参加していたんだけど、だんだんと癖になるというか。ああ、けど、即位してしまったから今後はあまり参加出来ないのが残念だよ」
「待て。俺はその話、聞いたことが無いぞ」
おっと、まずいな。
兄上?
本当に残念がるランスロットだが、そんなことをしていたとは知らなかったヴィンセントは、わざとらしく美しい笑みを浮かべた。
ランスロットは即座に微笑むが、強く動揺しているのか言語がロトアロフのものへと戻ってしまった。合わせてヴィンセントも元に戻して問い詰めるように呼び掛ける。
これは兄弟喧嘩でも始まるのだろうかと、静は少しだけうきうきとしながら様子を見る。が、残念ながらランスロットはそれから逃げるように、わざとらしく声を張った。
「そう、それで。今回、ここに来るからと試しにいろいろと作ってみたんだよ。そのスライムを使って」
「おや。それは是非ともお聞きしたいですね」
「興味深い。私も聞かせていただきたく」
すぐさまに食いついたのはエリアスと風宇だった。しかしどこか食い気味であったことから、二人も話を切り替えようとしてくれたらしい。
なかなか良い人達だと静は思いつつ、静は今度は果物へと手を伸ばすことにした。




