02 歓迎の宴
部屋の扉からノック音が響く。ライリーがいち早く動き、扉を僅かに開けるとすぐに静へと振り返った。
「静様。隊長来たんで、外で待ってますね」
『あら、もう来たの? 仕方がないわね。ほら、皆も行きましょ』
ベッドの上で静にぴたりとくっついていたヨカゼが仕方がなさそうに動く。スズカはいつものようにヨカゼの背に乗り、アラレは静に頭突きをするように頭をこすりつけてからヨカゼの後を追った。
そして、アラレはルイスが部屋へと入ってくる直前、一度だけ猫パンチをルイスのブーツに一発かましてから出て行った。
「……何だったんですか。あれ」
「追い出されたからでしょ」
「いつもあれ程静様と共にいるのに?」
扉を閉めつつ顔を大きくしかめるルイスに、静は小さく肩を揺らした。
ルイスはローテーブルに手に持っていた銀のボウルを置く。その中には折りたたまれた布。一体なんだろうかと静が疑問に思うと同時、ルイスが口を開いた。
「静様、少し不用心では?」
一体何のことかと静はすぐにその答えを探し、すぐに見つけた。
「けど、ちゃんと逃げたでしょ?」
甲板での些細な出来事だ。
後少しで王都に到着するという時、静が眺めていると後ろからベルナルトが近づいてきた。だから静はすぐにライリーとジルの間に逃げ込んだのだ。
だと言うのに、ルイスのこの言い草。理不尽ではないかと思うが、人目がある所では常にルイスは離れている。それは言いたくもなるか、と静はすぐにそういうものだろうと想像した。
困った人だ。
静はさらに顔をずいぶんと分かりやすくしかめて拗ねる恋人に、両腕を広げた。
誘われるようにルイスは静へと大きく前へと踏み出し、ベッドに座る静を腕の中へ閉じ込めた。
「……貴方の隣は、俺のものなのに」
「なぁに? もしかしてライリー達に嫉妬してるの?」
「いけませんか」
レイメイの隊長らしからぬルイスの発言に、静は大きく肩を揺らした。
「いや、全く。と言うか、今まで妬いたっけ?」
「そこそこありますよ」
「そうなの? 誰に?」
「ヨカゼが一番多いです。次点でアラレ」
「動物相手かぁ」
確かに、良くはなってきているとは言え、静は今も男性恐怖症を患ったままだ。だから接触することはほぼない。
となると、相手は同性か動物に限られる。なんともかわいらしい嫉妬だった。
静はルイスを隣に座らせてそのまま寄りかかれば、ルイスはいつものように静の腰に手を回した。
「この国では、湯ではなく基本は水で身を清めるらしいです」
「え、お湯じゃないの……?」
「湯の準備もできますが、もう今時期は水とのことです」
「そっかぁ……」
突然の話題ではあるが、もっとも重要な話に静は小さく肩を落とした。
「この後、歓迎の宴があるとのことで、せいぜい着替えか、体を拭うくらいしか出来ませんが」
「着替えます」
「別に手足と背中を拭う手伝いをするくらいですよ? もうすでに着替えで見られているのだから今更でしょう?」
そして話の流れが急に変化したことを察し、静はすぐにルイスから離れようとする。も、ルイスの手はしっかりと静を掴んでいた。
そう言えば、とルイスがローテーブルに置いた銀のボウルを見やり、小さく口元を引きつらせた。
「……あそこに置いてあるのは」
「体を拭う道具ですね」
「最初っから用意してやがって……!」
「暴れないでください」
先程のかわいらしい姿はどこへやら。いつの間にか侍従としての顔を見せるルイスは、迷うことなく静の服へと手に掛けた。
その後、とても献身的に世話をされたぐったりとした様子の静と、無愛想なのは変わらないが僅かに口角がいつもよりも上がっているルイスの姿があったとか、なかったとか。
そう言えば、いつだったか。ルイスに手足だけだが、こうして綺麗にしてもらったことを静は思い出した。
あの時はお互いにまだ自覚がなかったが、本当にあの時と変わらずに侍従として触れてくるのだから呆れてしまうほどだった。
とは言え、あの時よりも主張が強くなり、静が何を言おうと聞き入れない様子だけは少々文句があった。ただ、それ以上に静のどうしようもない我儘に付き合ってくれるのだから、やはり静は黙って受け入れるしかないことを実感した瞬間だった。
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時刻はもうすでに夕暮れ時。
静は伊織に手を引かれたまま、とても大きな部屋へと通された。
高いドーム状の天井は鮮やかな色彩で彩られており、思わず静は目を奪われた。さらにそこから鎖で吊るされている魔具の明かりは、丸いランタンのような形をしており、金属部分はまるで蔦のよう似巻き付いていた。
大きな窓は全て開かれ、外からの乾いた風が通り過ぎていく。そして床には絨毯がいくつも敷かれており、座る場所にはいくつものクッションが置かれていた。
もうすでに国賓であろう異国の者達はそれぞれ絨毯の上に座っていたからこそ、座る場所はすぐに分かった。
「会えることを楽しみにしていた」
そこは真正面の左側。そして、真正面にすでにこれまた豪華な絨毯の上に座っていた褐色の肌の青年は、優雅に微笑んだ。
短い銀の髪に切れ長の赤い瞳。色はヴィートと同じものだったが、目の前にいるその青年はどこか威厳に満ちた笑みを浮かべていた。
「申し訳ない。いきなりこのような宴の場で挨拶をさせてしまって」
「いや、こちらこそわざわざ迎えにまで来てもらった身である上に、このように歓迎をしてもらえるとは思わなかったよ」
用意された場所へと腰を落ち着けた一同の中、よりその青年に近い距離に座ったランスロットが笑顔でメシュラルドの言葉で挨拶を交わし始めた。
青年はほんの少しだけ赤い瞳を丸くし、そしてすぐに笑みをより深めた。
「改めて。僕がこのメシュラルドの王、フェルドだ。こんな若い王で驚いただろうか」
「いや、ロビンから話は聞いていたからそうでもないけど……、ベルナルトとナターシャ姫からは何か聞いてはいないのかい?」
「うん? 何のことだ?」
フェルドはよく分からない、と言わんばかりに大きく首を傾げて見せた。まるで子供らしい仕草であるが、確かロビンが言うにはこの国王はルイスと同い年。つまりは今年で十八歳となる人物だ。
なるほど、だから少しばかりの幼さが今だに残っているのかと静は納得しつつ、宴の為にと侍女達であろう異国の白い服を身にまとう女達が運ぶ大皿へと目を向けた。
「この度、ロトアロフの王となったランスロットだ。本来であれば先んじて知らせを送るべきだったのだけども、王位を継いだのが何せ直前だったものでね。このような形になってしまったこと、申し訳なく思う」
「そうなのか! 素晴らしい知らせじゃないか! ああ、だからベルナルトとナターシャはあんなことを……」
フェルドは知らせがなかったことに対して憤りを見せず、それどころかこれ以上ない素晴らしいことだと言わんばかりに喜んだ。
あえて知らせなかったのだろう、と静はそう思い込むことにし、目の前に置かれた大皿の中身を見る。
香辛料をふんだんに使われた焼かれた肉の塊の山。別の皿には薄焼きの白いパン、のようなものが置かれている。生野菜のスライスだったり、果物だったりと置かれていく。
「あらまぁ、そうでしたのね。それでこれが最初のお役目というところですのね」
するとフェルドが座っている側の反対側から、女の声が耳に入り込んだ。
誰だろうか、と静はようやく顔を僅かに上げる。伊織とヴィンセントもまた同じように目を向けていた。
「失礼いたしましたわ。わたくしは翠蕾。隣にいらっしゃる焔瑞の国王、豪景の妻ですの。これらはわたくしの息子達ですわ」
つやつやとした金の髪は、頭の上でリボンのようなわっかを作られ、そこに繊細な銀細工の簪が彩られていた。動く度にしゃらり、と音がしそうな翠蕾と名乗ったその人は、いわゆる漢服のような薄い緑の衣服を身にまとい、赤い瞳を細めて隣にいる大男を見上げた。
国王と呼ばれたその大男、豪景は口を開かず、わずかに眉をひそめただけだった。こちらも同じような漢服のような濃い緑の衣服を身にまとっている。たっぷりとした黒い口髭に太い眉、鋭い鳶色の瞳。衣服の上からでもかなり筋肉質であることが分かるほど。
静はアンジェリカと伊織の間に座っている上に、間から狼達が顔をのぞかせているというのにほんの少しだけ肩を小さくした。
「母上。私達をこれら、とおっしゃるのは止めていただけませんか。風宇と申します。そして隣にいるのが」
「隼偉」
「メシュラルドの言葉を未だに覚えていないので、私が代わりに話をしているんですよ。ああ、聞き取りは問題ありません。それと見ての通り双子になります」
そして、息子達と紹介された男二人はそっくりな顔をしていたが色ははっきりと異なっていた。
風宇と名乗った白服の男は黒髪。そして赤い瞳を持っていた。隼偉は対し、黒い服に金髪に鳶色の瞳。襟足に一本の三つ編みを垂らしている上に、同じ形の色違いの服装という姿だった。
まさしく中華。王宮裏手の船着き場で見た、中華風の船はこの者達の船であることに間違いはないだろうと静は内心頷いた。
「この流れなら僕も名乗ったほうが良いかな」
そして静達の前にいる集団の中から、一人のひょろりとした褐色肌で金髪の男が口を開き、青い目を細めて微笑んだ。
柔らかく、ゆったりとした口調でずいぶんと人の良さそうな雰囲気はあった。ただその手には黄金のカップを持っていたわけだが。
そして集団の中にはあの船着き場で出会ったジュナの姿があった。
「タリマ・ジャビの国王、ギークだ。隣にいるのが我が妃のミュゼ。娘のジュナと、息子のユーグ。そして我が国の神官、ヘルガだ」
「名乗るにしても、酒片手にするのはいかがなものかと思いますがねぇ?」
「そういうヘルガこそ、ずいぶんと酒を飲み進めているようだけど」
「気のせいですよ」
ギークと名乗った王は肩を揺らしながら黄金のカップを傾けた。ミュゼと紹介されたその女性はジュナと同じ眩しい赤い髪は男と見紛うほどに短く、意思の強そうな紫の瞳は呆れたようにギークを見つめていた。
そしてジュナと、その隣にいる赤い髪の少年は丸い紫の瞳をまっすぐに静達に向けていた。年の頃はジュナよりも下であろう。ジルよりもリオンに歳が近そうに見えた。
さらに神官だと紹介されたその女性、ヘルガは灰の瞳を細めてへらりと笑い、同じように黄金のカップを傾ける。羽飾りで彩られた銀の髪は、少しばかり遠目からでも傷みが見えた。
全体的にメシュラルドの者達と似たような衣服であるが、金銀のような装飾品はほとんどなく、青い石や羽根飾りといった素朴なものが多く、そしてはっきりとした色合いの刺繍模様が良く目立った。
「んん? 俺達か」
「もう兄様。僕が代わりに言いますから」
「おー」
タリマ・ジャビがいる隣。少し洋を足した和装に近い衣服を身に包んだ三人のうち一人、襟足で一つに結んだ黒の長髪に黒目とずいぶんと見慣れた見目をしている男がぱっと顔を上げる。が、片手には同じように黄金のカップを傾けており、手酌で自ら注いでいた。ついでに言うと、少しだけこぼし、青い衣を汚していた。
それを見かねた隣にいる同じように襟足で一つに結んでいる黒の長髪の少年は、赤い瞳を吊り上げて大きく息をついた。先ほど紹介されたユーグと年の頃は同じであろうに、ずいぶんとしっかりとしている印象だった。
少年は居ずまいを正し、紫の衣の裾を整えて丁寧に自己紹介をしてくれた。
「葦原国から参りました、第二王子の天音と申します。こちらにいるのが第一王子、つまりは僕の兄である煌河。そしてこちらの方は巫女の鈴乃。それと狼の白露です」
酒を飲む男、煌河はにこやかに笑い、とてもしっかりとしている天音は額を抑えている。その二人の様子をにこやかに微笑み見るのは、対して床につきそうなほどに長い銀の髪に赤い瞳の鈴乃と紹介された女性であった。
巫女というように、その姿はまさに巫女服にどことなく似ており、色はまさにそれであった。そしてその隣にいるのが昼間にであった黒銀の狼、白露であった。
「こうしてお会いすることが出来るとは思いませんでした」
そして最後。葦原国の隣にいる、男女の二人の内、赤い髪に青い瞳というどこかミラベルを彷彿させる色を持つ男がずれ落ちる眼鏡を指先で軽く押し上げた。
衣服はロトアロフでよく見るもので、女性はアンジェリカと同じように薄手の涼し気にみえる薄い青のドレスを身にまとっていた。
「ラグニフォルス。王弟のエリアスと申します。こちらは僕の婚約者であるユリアーナ。しかしながら……ずいぶんと大人数と、言いますか」
「事情と要望に答えた結果としか言えないのだけどね」
エリアスと名乗った男はさも不思議と言わんばかりに綺麗に眉を顰め、対してランスロットはわざとらしく大きく肩をすくませる。
そしてユリアーナと紹介された女性は、緑の瞳を細めつつ、背中程まである胡桃色の髪を優雅に後ろへ流し、興味なさげに視線を横へとずらした。
あらあら、とアンジェリカがほんの小さな声で呟いたのを静は確かに聞いた。
同じく困ったように微笑むランスロットはさて、と静達を一瞥した。
「僕のことは先程も名乗った通りだから割愛させてもらうとして、僕の隣にいる彼女は妻のアンジェリカ。順に、銀の聖女である静様。金の聖女である伊織様。大神官殿のヴィンセントだ。それと後ろや間にいる狼達や動物達は、こちらの聖女様方のお付の子達でね。とても利口なんだ」
「そういえば、そちらの黒銀の狼は、白露殿と同じように話した、と」
「諸事情があってね。葦原国から我が国へと迷い込まれてしまっていたらしいんだ。僕達はヨカゼと呼ばせてもらっているよ」
「なるほど。それともう一つ、気になることが」
「何かな?」
「そちらのお二方、どうも東の……それこそ、焔瑞か葦原国のご出身のようにも見えるのですが」
矢継ぎ早に問いかけるエリアスに、ランスロットは一切慌てる様子もなく答えた。
「こちらの方々は我らの為に降り立ってくださった方々でね。確かに見目はそちらに近いが、そのどちらでもないのは確かだよ」
「そうですか」
さすがに正直に、静達が異世界から召喚された、とは言わずにそれらしいことをランスロットは答える。対してエリアスはそれ以上は問わずとも、その視線は疑いの色が滲んでいた。
それはそうだろうな、と静は理解している。当然ながら周囲の者達も同様に疑いの色を静達へ向けていた。メシュラルドの王、フェルド以外。
「さて互いの名前を知ることが出来たし、遠慮なく食べてくれ。それと歓迎の意として、是非とも我が国の舞を見てほしい」
周囲の様子を一切気にする様子は一切なく、フェルドは笑顔を静達へと向けながら軽く手をあげた。
それに合わせてゆっくりと両扉が開かれ、色鮮やかな衣装を身にまとう三人の舞姫達がゆったりと姿を見せた。
静はわぁ、と小さく声を漏らしつつ、お腹が空いてしまったので一先ずはと目の前にある肉の塊と薄いパンのようなものを皿にこそこそと移動させるのだった。




