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01 王宮裏手の船着場

 王宮の裏手にはいくつもの船が並んでいた。静達が乗船している船よりも小さなものがある他、一目で異国の船であるというのも数多くあった。船自体はメシュラルドの船と大差ないものが多いが、装飾が大きく変わっていた。

 一つはロトアロフでよく見るような装飾がされた船だ。彫刻の他、金属も使われた船はどこか重厚なものを感じられた。

 一つは色鮮やかな赤や緑といった色が使われた船である。下げられている赤い飾りなんて、元の世界で言うところのまさしく中華のそれであった。

 そして最後に一見すると地味な船であるが、船の形が他の船よりも少々長い形をしていた。また、寺社仏閣のような趣を感じられた。


「ドラゴンが下りてくるよ!」


 伊織の声に釣られ、静は並ぶ船から上空へと目を向けた。

 それは空よりも濃く、夏の海の色のように青いドラゴンが大きく旋回しながら目の前へと下りてきた。

 ロトアロフの騎士達が反射的に腰からさげている剣へ手を添える。

 一体どうしたというのか、一気にこの場にぴりりとした空気が満ちる中、二人の少女が降りてきた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 少女達は警戒心なく、静達の前に立つ。

 そのどちらとも褐色の肌を持ち合わせており、片方は細かに編み込まれた腰ほどまでの銀の髪に、薄桃色の丸い瞳が印象的だった。首や手首、さらに足首にまで金と宝石の装飾品を身に着けており、動く度に大ぶりの金のピアスが大きく揺れている。

 さらに衣服に関しては、短い袖に腹部は露出しているが、腰から下はたっぷりの青い布を使ったズボンは着心地が良さそうだとは思えた。

 美しい青の少女だった。

 そしてもう片方。こちらは青の少女よりも背丈は低く、下手をすれば静の方が高いのではないかと思うほどに小柄な少女だった。

 一つに結ばれた肩ほどの太陽のような赤い髪に、赤さが目立つ紫の猫のような瞳が真っ直ぐに静達を見ていた。比べて装飾品はほとんど身につけてはいないが、首から下げている大きな青の石の首飾りはよく目立っていた。

 身にまとう衣服は似てはいたが腹部は隠され、かわりにすらりとした褐色の足は惜しげもなく晒していた。

 かわいらしい赤い少女。その少女は一度、青のドラゴンへと振り向き鼻先を一度撫でる。

 その間に青の少女は笑顔を浮かべ、駆け出した。


「おかえりなさい! ベルナルト兄様!」


 メシュラルドの言葉を発した少女は勢いよくベルナルトへと抱きついた。ベルナルトは表情は変わらないが、目元はすいぶんと柔らかく、優しく抱きしめ返していた。


「ナターシャ、国賓方の前だ」

「ベルナルト兄様、ただいまは?」

「……ただいま戻った」


 仕方ない、というようにベルナルトが言葉を返すと、ナターシャと呼ばれた青の少女は殊更嬉しそうに笑みを深めた。


「またジュナ姫に我儘を聞いてもらったのか?」

「お友達だもの、私達。ね、ジュナ」


 ベルナルトが呆れたように言うが、ナターシャは当たり前のように言ってジュナと呼ばれた赤い少女へと振り返った。


「ええ、もちろん! もう、どうしたのよ。サーリ」


 ジュナは大きく頷きながら、サーリと呼んだ青いドラゴンを落ち着かせようと鼻先を撫でていた。青いドラゴンは頭を緩く揺らしつつ、黄金の瞳を静達へ向けてくる。

 静は何となく、隣にいるライリーにそっと身を寄せた。


「ナターシャ、良いか」


 ベルナルトは今も抱き着いたままのナターシャに呼び掛けつつ、静達を見やる。ナターシャは一瞬、怪訝そうな顔を見せたがすぐに静達を見て気づき、すぐに離れ、ベルナルトの隣に並んだ。

 続いてベルナルトがジュナへと目を向ければ、慌ててジュナはドラゴンから離れてナターシャの元へと駆け寄った。それを確認した後、ベルナルトは軽く手を二人に向けた。


「王族の一人、ナターシャだ。そして、ナターシャの隣にいるのがタリマ・ジャビの姫君、ジュナ姫。あのドラゴンはサーリ」


 紹介されたナターシャは黄金のピアスを揺らして笑みを浮かべ、ジュナはほんの小さく目礼をした。


「はじめまして。皆様とお会いできること、楽しみにしておりました」

「驚かせてしまい、申し訳ありません。お会いできたこと、とても光栄でございます」


 先ほどのお転婆な姿を見せていた二人は打って変わり、瞬く間に丁寧かつ静かな空気をまとう王女達へと変わった。

 すぐさまに応えるようにランスロット、そしてアンジェリカが二人の王女達の前へと出た。


「これは丁寧に。僕はロトアロフの王、ランスロット。隣にいるのが僕の妃、アンジェリカ。まさか、かわいらしい姫君方が出迎えをしていただけるとは思わず驚いたよ。どうぞよろしく」

「よろしくお願いいたします。ナターシャ様、ジュナ様」


 王と言うにはまだ威厳がどことなく足りないように思えるも、王族としての同様の静かな空気をまとうランスロット。そしてアンジェリカの丁寧且つ柔らかな雰囲気に、二人の王女は一瞬だけぴたり、と動きを止めた。

 そしてアンジェリカのカテーシーに合わせて、二人は再度不器用に似たような挨拶をしてみせた。

 はにかむ二人に、アンジェリカは微笑む。と、そろって二人はランスロットを見上げて首を傾げた。


「王様?」

「王子じゃなくて?」


 ナターシャ、ジュナがそろってベルナルトを見上げる。ベルナルトもまた首を傾げる仕草を見せ、そこでようやくランスロットは気づいた。


「ああ、そうか。実はここに来る直前に王位を継いだんだよ」

「なんだ。そうだったのか」

「申し訳なかったね。本当ならば何かしらで先に伝えるべきことを」

「いや、構わない。こちらとしては王自ら来てもらったほうが話は早いからな。それと、こちらの言葉で話をしているが問題はないか」

「少しだけ聞き間違いはしそうだけども、ほとんど問題はないよ。心配してくれてありがとう」


 何せ今日に至るまで忙しない日々であったのだ、というのは言い訳にしかならないだろう。だというのにベルナルトはまるで些細だと言わんばかりの対応を見せた。

 安堵した表情を浮かべるランスロットに、アンジェリカもまたそっと胸をなでおろした。

 どのような些細なことが国際的な問題に発展するのか。長く鎖国に近い状態を維持してきたロトアロフにとって、ましてやその王たるランスロットにとってはその一つでも取りこぼせないものだった。


「そういうことらしい」

「そうだったのね。ねぇ、ベルナルト兄様。それより銀の聖女様は? お礼をお伝えしたいの」

「まさか、その為に待っていたのか?」

「そうよ」


 静はちらり、と横目で伊織を見る。伊織の表情は変わらない様子から、おそらくは嘘ではないはずだと静は判断した。

 天真爛漫なナターシャに、どこか押され気味のベルナルトは無言で静の方に手で指し示した。ナターシャと、そしてジュナがそろって手の先にいる静を見た。間違って伊織を見ても、瞳の色ですぐに誰が銀の聖女かは分かるものだった。


「えぇっと、貴方が……?」


 しかし何故か、ナターシャは困惑する反応を示した。


「ベルナルト兄様、本当に? 確かに銀の瞳だけど……」

「どうして東の人が……?」


 さらにはジュナも困惑したように言葉を零した。

 東の人。それは静の見目をしっかりと見た上で言った言葉であった。

 さて、どうしたものかと静は思案する。

 言葉は通じていないふりをしておかなければならない。だから誰かを通して話す必要があるが、余計に話しがおかしくなりそうな雰囲気も感じられた。

 別に驚かれることには何も静は思っていない。むしろ当然の反応だと受け止めた。何せ聖女だなんて呼ばれている人間がまさかの国外の人間だっただなんて、誰が予想出来たであろうか。せいぜい隣国であろうが、この東というのはきっと海を超えた二か国のどちらかであると静は容易に想像がつくことだった。

 アンジェリカが静に寄り添う。何か伝えることはないかと確認のためだ。

 静は何と伝えるべきかと思いながらも、口を開きかけた。その時だった。



 青梅(あおうめ)! お前、青梅だろう! 一体どこにいたんだ!



 また別の言語の言葉がよく響いた。

 どうして別の言語だと分かったのかと言うと、これはもう感覚であった。聞こえの違いというべきか。ほんの僅かなことであったが、違うことが分かるおかげでうっかり話すようなことは今のところ起きてはいなかった。

 それよりも、だ。

 その声の主のことだ。

 静達は一斉に声の主へと目を向ける。よく通る若々しい男の声であるが、そこそこ低い。だから大きな男が近くまできたのかと誰もが想像したのだが、それは見事に裏切られた。

 何せその声の主は、黒銀の狼であったからだ。


「ああ、この狼は葦原国のもので言葉を交わせる……のだが」


 突然やってきた狼に、ベルナルト達は驚く様子を見せなかったがしかし、すぐに目を丸くした。

 駆け寄ってきた黒銀の狼はまたもう一度、青梅、とヨカゼを呼んだ。そしてすぐ、ヨカゼは機嫌がとても悪そう唸りながらも可愛らしい声で、その狼と同じ言語で声を発したのだ。



 ちゃんと話すわよ! 後、今の名前はヨカゼ!

 ヨカゼ? 鈴乃(すずの)が泣くぞ。

 待って。やっぱりこの気配、鈴乃なの? どういう事よ、白露(はくろ)。

 契った。

 祝えば良いのか、怒れば良いのか分からないわ。

 お前に怒られる筋合いは無いと思うんだが?

 そうね。



 しかし、やってきた黒銀の狼がずいぶんと落ち着いていた様子を見せていたおかげでヨカゼはすぐに落ち着きを取り戻した。

 どうやらお互いを知っている上に、この狼は葦原国出身の狼だと言ったベルナルトの言葉から、青梅と呼ばれたヨカゼはその国の出身であることを静は今になって知った。


「……話しているな?」

「うーん……。どこから話すべきかな……」


 ベルナルトが呆気にとられる中、ランスロットは本当に困ったように笑みをこぼしながら遠くへと目を向けていた。広大な地平線からランスロットは天を仰ぎ、小さく息をついた。


「一先ず、中へ移動しても良いかな。さすがに日差しが暑くて」

「……ああ、そうか。そうだな。それにそれほどの厚着のままでは余計に暑いだろう」


 ロトアロフの中では夏着に該当するような衣服であるが、それでもこの国にとっては厚着と該当されるほどだった。

 当然ながら暑さ対策をしているわけだが、直接あたる日差しの鋭さは想像以上のものだった。

 ベルナルトはすぐに頷き、ようやく王宮へと進んだ。王女達はその場に留まり、突然やってきた狼はまた飛ぶように駆け、一足先に王宮の中へと姿を消していった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 用意された部屋は、想像していたよりも簡素、に見えた。しかしよくよくと見れば壁や窓には彫刻が施されていたり、壁を飾っている色鮮やかな布は妙に細かい模様が施されていた。

 基本は床に座るのだろう。厚手の絨毯の上にはいくつものクッションが並べられている。とは言え、ベッドはあり、二人でまだ大きいと思えるほどの大きさだった。

 静はクッションが置いてある絨毯の上に座る。すぐにヨカゼがぴったりと静にくっつき、きゅうと鳴いた。


『あのね、兄弟なのよ。白露とは』

「そうなんだ」


 百年以上ぶりの再会だというのに、あの会話はなかなかに素っ気ないものなようにも聞こえた。だがヨカゼは普通の狼ではなく、元の国で神に仕えていた神使である。だから百年程度ではまだ素っ気ないもので済まされるのかもしれない、と静は勝手に想像した。

 しかしどうやら、それは静の少々思い違いがあるようだった。


『静。私ね、ロトアロフにいようって決めたの。だから帰らないで静の側にいるわ』

「……そっかぁ」


 もうすでに、ヨカゼの中には帰るという選択肢は無かったことを静は今、初めて知った。

 同じ室内にいるエリカの耳に、ライリーはこそりと口を近づけた。何を聞いているのかは分からないが、エリカは変わらずに無言で首を横に振るだけだった。


『エリカに聞いても仕方がないわよ。だって私が帰らないって言ったの、今が初めてだもの』

「うぅ……聞こえてたんですか」

『もちろんよ』


 どうやら今の話を前から知っていたかの確認をライリーはエリカにしたらしいが、無駄骨だったようだ。

 静はそんな決意に満ちたことを言いながらもぴったりと静にくっつくヨカゼの頭を撫でる。それからアラレも珍しく、静ではなくヨカゼにくっついているし、スズカはヨカゼの腹の中に入り込もうとしていた。


『あらあら』


 ヨカゼは困ったような声を零したが、どこか嬉しげに弾んでいた。


「ねぇ、ヨカゼ。ありがとうね」

『お礼なんて言わないわ。私が、静達といたいと思ったの。それだけよ』


 それだけ、と言ったヨカゼの留まってくれる理由に、静はただただ嬉しくて撫でる手を止め、今度はヨカゼの頭を抱きしめた。

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